04
「二人ともっ!私たちの新しい友達を紹介するね!?彼女は鞠子ちゃん!私たちと同い年なんだよ!」
「どもどもぉー鞠子どぅえーっす!月夜ちゃん、星那ちゃん、よろしくぅー!」
「……どうも…」
「……よろー…」
それは、百梨たちが十二歳になったある夏の日のことだった。二人の前に、百梨が一人の少女を連れてきたのだ。
両親に先立たれ、頼る親族もいなくて、今日食べる物にも困るような状態で各地を転々と放浪していたときに、偶然千本木家の敷地の近くを通りかかり、そこで力尽きて生き倒れていたという少女。どこを見ているのか分からないような糸目で、口は常に三日月のように孤を描いて微笑んでいる彼女は、「住むところが見つかるまでは、好きなだけ私の家にいていいよ!」という百梨の言葉に従い、その日から千本木家の屋敷で一緒に暮らすことになった。
自分と同い年だという鞠子のことを、百梨は月夜たちと同じように出会った瞬間から友人として迎え入れ、最大限の親しみをもって彼女に接した。しかしその一方で月夜や星那は、自分たちの計画に無関係の彼女と仲良くするつもりなどは毛頭なく、適当な理由をつけてさっさと屋敷から追い出してしまおうと考えていた。
それは、今百梨に対してやっているような友達ごっこの演技を、鞠子に対してもしなければいけないというのが面倒くさいという理由もあったが、それ以上に、彼女たちはその少女が百梨のそばにいることをとても厄介なことだと考えていたからだった。彼女たちは鞠子のその顔に、おぼろげながら見覚えがあったのだ。
そして、その日の夜。早速それは起こった。
明かりが消えて真っ暗な百梨の部屋に、うごめく人影がひとつ。それは部屋の主のものではない。百梨は今、天蓋のついた豪奢なベッドに横たわり、寝息をたてながら、胸を静かに上下に動かしている。その人影は、百梨を起こさないように物音をたてないように細心の注意を払いながら、貴重品がしまってあるキャビネットの引き出しをゆっくりと開けた。
ビクッ!
急に背後に気配を感じて、その影が振り向く。見ると部屋の入り口に、廊下の夜間灯のオレンジの明かりを背に受けた二人の少女の姿があった。月夜と星那だ。二人は百梨の部屋を物色していた鞠子に、厳しく睨みをきかせた。
「…ここで、何してるんすか?」
いつもと違う、どすの聞いた星那の声。
鞠子も昼間の明るい様子とはうってかわって、二人を見下して挑発するような声の調子で、それに答えた。
「んふ……ええ?忘れちゃったの?百梨ちゃんが、自分のベッドは一人じゃ大きすぎるから一緒に寝よう、って言ってくれたんじゃない?その誘いを断ったあんたたちの方こそ、ここには用がないはずでしょ?自分の部屋で寝てるんじゃなかったの?」
「分かりました。では質問を変えましょう。貴女のような人間のクズが、この家に何が狙いでやってきたのですか?」
その月夜の言葉を聞くと、鞠子は嬉しそうに細い糸目を見開いて、それからまたすぐに細めた。月夜と星那はそれを見て薄気味悪い気持ちになり、眉間に皺を寄せた。
「嬉しぃ、覚えててくれたんだぁ…」
鞠子は、もともと二人と同じ孤児院にいた少女だった。
やはり二人と同じような境遇で、親を亡くして身寄りがなくなって孤児院にやってきた彼女だったが、性格は二人とは全く違っていた。とても明るく、いつも誰に対しても笑顔を絶やさず、孤児院の職員たちからの評判も良い。そんな風だったので、比較的すぐに養子にもらってくれる人が見つかり、彼女は孤児院を出ていくことが出来た。
だが、どういう訳だか一ヶ月もすると、そんなできすぎなくらいに素晴らしい彼女が里親から愛想をつかされ、孤児院に送り返されてきてしまう。孤児院の職員たちはおかしいと思いながらも、その後でまた別の家に送り出しても、またすぐに送り返されてくる。
実は、明るく元気な姿は彼女の表の顔で、鞠子は裏では、動物や弱いものをいじめたり、他人から金品を盗むのを何とも思わないような、どうしようもない問題児だった。彼女のその顔は、月夜たち一部の人間しか知らず、彼女は孤児院でも、もらわれ先の家でも、そんな風に二つの顔を演じ分けて、自分の欲望のままに好き勝手に生きてきたのだった。
彼女と会うのは、二人が零子に連れられて孤児院を出ていった日が最後なので、実に六年ぶりだ。だが月夜も星那も、百梨が新しい友達と言って彼女を連れてきたその瞬間に、彼女の問題ある性格のことを鮮明に思い出していた。さらに言えば、そんな彼女が偶然こんなところにくるはずがないということも、分かっていたのだった。
また一変して、無邪気で明るい態度に戻る鞠子。
「てか、えー?『人間のクズ』って何それぇ?ひっどぉーい!久しぶりなのに、随分な態度じゃなーい?しかも『何が狙い』とか言っちゃってさー……それ言うならー、あんたたちの方じゃなーいのぉー?この、何不自由なく恵まれた環境で生きてきた甘ちゃんから、ごっそり貰えるだけ貰っちゃおうって思ったのは、あんたたちの方が先輩だって聞いてるんだけどぉー?」
月夜はいまいましそうに、下唇を噛む。
「…何を言ってるのかしら?あんまりつまらない冗談を言うようなら、お嬢様の友人としてふさわしくないという理由をつけて、この家を追い出すわよ?」
「あっはははー!お、嬢、様、だってー!」
鞠子は声をあげて笑う。
「まあ、よっくも化けたものだねー。院じゃあ中身空っぽの廃人みたいだったのにぃ、今じゃあ世界有数の資産家のお抱え家庭教師ぃー?いやー、それともそこでぐーすか眠ってる『お嬢様』お気に入りのー、愛玩動物かなぁー?」
星那が鞠子に飛びかかろうと足を踏み込む。月夜はそれを手で静止して、軽く首をふる。鞠子は一瞬驚いて後ずさるが、危険がないとわかると、その糸目をうっすらと開いて星那を睨みつけた。
「おい……行動には気を付けなよ?もし私に対してなんか乱暴なことでもしようもんなら、困んのはあんたたちだよ?折角、一生懸命だっせぇ演技して手に入れた『お嬢様の友達』っていうポジションも、私があのバカにちょっと告げ口するだけで、台無しになっちゃうかもしれないんだぜ…」
そしてすぐ、また元通りのおどけた調子に戻る。
「ってかさぁー、勘違いしないでよー!?私別にー、あんたたちのこと非難してる訳じゃないんだよぉー?むしろ尊敬ー?しちゃってるかもぉー。だってだってお二人とも、高校卒業するころには世界一の大富豪になってるんでしょおー?超超超超のつく超お金持ちでしょー?あっこがれっるー!」
「やっぱり、あんたは知ってるのね……」
零子と交わした例の契約は、おそらく今までの人類史上でも例を見ない額の金額が動くことになる、歴史的なビックディールだ。だから月夜たちは、その件について細心の注意を払ってきたし、契約のことを今まで誰にも話してこなかった。零子と自分たち、それから契約に携わった一部の人間以外には、あの契約を知る人間がいるはずがないのだ。……にもかかわらず、目の前の鞠子は契約の内容を知っている。だとしたら、その理由はおそらく一つしかない…。
鞠子は人差し指を立てて、チッチッチッと横に振る。
「身寄りがなくって未成年のあんたたちに選択肢が無かったのはわかるけどさぁー。契約の代理人にはもうちょいましな人間を選べたら良かったよねぇー?孤児院の院長のあの強欲ババア、ちょーっと金渡したらすーぐに内容を話してくれたよぉー?あはは、あはははー!」
立ち尽くす二人に、ひとしきり乾いた笑いを向けると、鞠子はまた百梨の部屋の引き出しに戻った。
「これから私ー、しばらくこの家で『お仕事』させてもらうことにするからねぇー?だってここ、まるで宝の山みたーい!適当に売りさばいても一財産築かせてくれそうな物がー、すっごい無造作にゴロッゴロ転がってんのよー。もう目移りしちゃうー!」
そう言って彼女は、彼女の言う『仕事』を再開した。顔には下品な笑顔を浮かべている。
二人はそんな彼女を見ていることに堪えられず、部屋を出て行くことにした。去り際に、月夜が吐き捨てるように呟く。
「せいぜい……バレないように静かにやることね…」
「えー?バレる訳なんてなーいじゃーん?だってだってー、あんたたちが私を守ってくれるんだからぁー!ね、そうでしょ?」
月夜の足が止まって、その場から動けなくなる。
「これからあんたたちはぁー、絶対に私が捕まらないように手伝わなきゃいけないんだよー?もしかしてそれに気付いてなかったー?だってさー、だってだってさー……」
チラリと百梨の眠るベッドに目を向ける鞠子。彼女は先ほどと変わらず、可愛らしい寝息を立てながら目を閉じたままだ。鞠子は続ける。
「私ー、もしこの手癖の悪さが誰かにバレて、捕まっちゃったりしたらー、すっごいショック受けると思うんだー。もうショック過ぎてー、ついつい口が滑っちゃうと思うんだよー。言わなくてもいいことまでー、洗いざらい喋っちゃうと思うんだよー。そーしーたーらー…いくらなんでも、あのおバカなお嬢様だってー、貴女たちのことを敵だってわかるでしょー?散々自分のことを騙し続けてたあんたらのこと、当然許すわけなんかなくってー…良くて私刑、最悪の場合、どっかの地下室とかに幽閉して、生かさず殺さず一生拷問…、なーんてことだってあるかもねー。まあなんにせよ、あんたらの壮大な計画は、その時点でぜーんぶ水の泡になっちゃうってわけー。あはははー!」
小さく舌打ちする月夜。星那は鋭い眼光で、ずっと鞠子を睨み付けていた。
「ま、そーゆーことでー、同じ穴のムジナちゃん同士ー、これからはお互いに庇い合っていこーよー?心配しなくてもぉー、ここで気が済むだけ稼いだら私はとっとと消えるからさー。それまでは私たちぃ……仲良く、一緒に、遊びましょー……ね?」
そう言って、坦々と室内を物色する鞠子。月夜と星那は、そんな彼女をどうすることも出来ずに、ただただ立ち尽くすばかりだった。
その次の日から、千本木家の屋敷ではよく物が無くなるようになった。
「あ、あれ?お母様から誕生日に頂いたネックレスが……。昨日までは、確かにここにあったのに……」
「えぇー?あのおっきな紅水晶のやつだよねー!?もしかして百梨ちゃんなくしちゃったのー?たーいへーん!ねえー月夜ちゃん!星那ちゃーん!百梨ちゃんのネックレスなくなっちゃったんだってー!?どこにいったか知らないかなぁー?」
「……さあ…」
「……知らないっすね…」
「そーなんだー…あー、そういえば昨日ー、百梨ちゃんあれー、ゴミと間違えて捨ててなかったっけー?」
「う、うぞっ!?気付かなかったぁ……。ううぅ……またお母様に怒られるー……」
無くなったものは、屋敷中を探してもほとんど見つかることはなかった。そして結局最後には、いつも注意力の足りない百梨がうっかりなくしてしまった、ということでその話しは決着して、誰もそれを気にしなくなってしまうのだった。




