09
「ただいまぁ…」
力なく家のドアを開ける。いつもみたく誰もいないと思ったから、リビングが明るく照らされてるのに気づいて、少しひるんでしまう。
「あ、お帰りぃ。遅かったじゃなぁい」
看護師のお母さんは、勤務時間が不定期で土日も帰って来ないことなんてザラなんだけど、不定期だからこそ、こういう風に何でもない平日が一日休みだったりする。
「あ、そっか。明日から夜番だから今日休みだったんだっけ…」
あのあとも適当にかなたに学校を案内してたんだけど、途中でちょっと体調悪いとかいって、さっさと一人で帰っちゃった。オンちゃんがすごい心配してくれたのがちょっと申し訳なかったけど、あんまり誰とも話したくない気分だったから。
いつもの平日は、帰っても私一人。適当にスーパーかコンビニで買った晩ごはんを食べて、10時過ぎ位にお父さんが帰ってくるまでは、そのまま一人の時間を満喫しちゃうんだけど。
「ごはんどぉするぅ?澪湖ちゃんリクエストしてくれれば、お母さん久しぶりに料理しちゃおっかなあ?」
今日みたいなお母さん休みの日には、なるべくお母さんには体休めてほしいから、いつもなら私が用意するんだけど…。
「…うん、何でもいいや」
それだけ言うと、自分の部屋に入っちゃった。ちょっと態度悪かったかも。でも、しょうがないじゃん。
「あーあ…」
適当にバッグを投げて、制服のままベッドに倒れ込んだ。
「最悪…」
いや、そんなに悪い日じゃなかったと思うけど。天気はよかったし、遅刻の罰が思ったよりは軽かったし、お昼休みにいつも競争率激高のレモンクリームメロンパンが奇跡的に買えたし。最悪っていったら小学生の時のインフルエンザにかかったときの方が何倍も辛くて最悪だったし、昔飼ってた猫のミイちゃんが死んじゃった時なんて、涙枯れるってくらい大泣きして…。
うそ。やっぱダメかも…。だってさ。
…一目惚れと言うのは嘘じゃない。だが、よお子さんが荊に向けたあの目。君を傷つける者を許さない、どんなことをしても君を守る、という彼女の強い意思に満ちた目を見たとき、さらに惚れ直した…
私、多分初恋だったんだよ?その初恋の相手が女の子だったなんて、それだけですごいもうショックだったのに。
…ああ、心配しないでくれ。あたしが好きなのはあくまでよお子さんの方だから。君にはなるべく迷惑かけないようにするよ…
そうだよ。私が好きになったのは、かなただよ。かなたにとり憑いてる化け物なんかじゃない。
だから、かなたが女の子って知ったあとでも……それでもいいやって、思ったのに。頑張ってみよう、って思ったのに…。
…女同士だものな、気持ち悪いよな。大丈夫、君とあたしはただの友達でありたいと思ってるよ。もちろん、君が良ければだがね…
「そんなの、良くないよ……」
私はベッドに顔を埋めたまま、どこにも届かないくらい小さな声で呟いた。




