イレク=ヴァド
「いいか、クロード。この世界には数多くの種族が住んでいる。人間なんてむしろ少数派なくらいだ」
「はい」
今日は座学の日だった。理由はと言えば外が雨だからである。
「例えばクロウはエルフの傍流、オレはドラゴニュートだ」
「ケイさんドラゴニュートだったんですか?」
「まぁな。ドラゴンへの変身能力もあるタイプのドラゴニュートだ」
道理でやたらとバカ力だと思った、とクロードが納得する。
火の魔法以外ろくに使えなかったり、正気の沙汰とは思われぬ魔法の使い方をするのもその辺りに由来するのだろう。
ドラゴンは存在そのものが魔法に近しく、魔法生物の中でも最も魔法に近い存在なのだ。
呼吸をするように魔法を使うどころか、呼吸そのものが魔法である場合すらもある。
火の魔法以外ろくに使えないところからすると、恐らくケイは火竜の類なのだろう。
「今日は大ざっぱに各種族の説明をしていく。軽くでも傾向を知っておけば色々と役に立つ」
「はい」
「じゃあ、まずはオレの種族であるドラゴニュートから教えていってやろう」
ドラゴニュート。竜人とも言われるその種族は、かなり希少な種族であり、傍流の少ない種族でもある。
ケイはドラゴニュートの中でもスタンダードなタイプで、人間型、竜人型、竜型の3形態をとる事が出来る。
中には竜人型と竜型しか取れないタイプの者、逆に人間型と竜型しか取れないもの、竜人型にしかなれない者も居る。
そう言った無数の亜種が居るが、共通している事は一つ。
ドラゴニュートが亜人間の中では純粋な戦闘力でトップクラスに位置する種族である事だ。
人間型では人間とさほど変わらない者も多いが、竜人型になれば強靭な肉体に強固な鱗に覆われた体を持ち、更にはドラゴン・ブレスを使用する事が出来る。
ドラゴニュートの戦士は一般的な人間の戦士20人分に匹敵すると言われるほどだ。
そして、竜型に変身すれば、その戦闘力は一部の英雄と言われる程の力を備えた人間でなくては拮抗する事すらも不可能。
たった1匹で町1つを壊滅せしめる事が可能な戦闘力は、ドラゴニュートが最強クラスの亜人間であることの証明だった。
「欠点はあんまりないが、寿命が長いから成長が遅い事が多い」
「寿命が長いと成長が遅いんですか?」
「別に? 寿命が長いとやること成す事なんでものんびりしてるってだけだ」
「そういう事ですか。寿命が長ければあくせく生きる必要はないですもんね」
「そういう事だ。この辺りはエルフなんかも同じだな。エルフの方がドラゴニュートより寿命が短いが」
エルフ。森の賢人とも言われる種族。
代謝能力が非常に強く、自然毒に高い耐性を有する特徴がある。
エルフは数多くの傍流があるが、どのエルフも押しなべて長寿であり、若い姿のまま生涯を過ごす。
その長い寿命は武技や魔法、そして芸術方面の研鑽に費やされる事が多く、どのエルフも一流の戦士や魔法使い、あるいは芸術家としての実力を有している。
また、エルフには菜食を好む者が多い。
森の中で暮らすエルフは類稀な狩人としての腕をも有するが、基本は菜食だ。
平素から食べ慣れた物を好むのは当然であり、何らかの主義主張があるわけではないと言う。
そして彼らに寿命と明確に言えるものは無く、外的要因が無い限りは不老不死であると考えられている。
「エルフには数多くの一族が居る。剣に秀でる一族、弓に秀でる一族、魔法の研鑽に励む一族、芸術を好む一族……エルフも十人十色さ。種族の特色はあっても、型に嵌めたわけじゃねえんだ」
「そうですよね。人間に魔法使いが居るように、エルフにだって戦士はいますよね」
「そういう事だ。エルフも亜人間、デミヒューマンの一種。人間と比べれば確かに身体は虚弱だがな。エルフは堅物が多いが、ちゃらけた奴だって中には居るさ」
クロードがついと首を動かす。
そこには鼻歌を歌いながらパン生地を捏ねているクロウが居る。
ケイと同じくクレシェード家に入り浸っているクロウは、ヒマつぶしがてら度々こういった力仕事を請け負っていた。
それはこの家に限らず、ヒマつぶしに外をぶらついては近隣住民の手伝いなどもしていた。
高レベル冒険者の身体能力は凄まじく、町で出るちょっとした力仕事ならば片手間でこなせるのだ。
その明るく気さくな人柄は近所の評判もよく、近所の子供たちのいい兄貴役のようなこともしている。悪ガキたちの大将と言ったところだ。
こんな懐っこい人柄のクロウだが、これでもエルフである。
確かにエルフのイメージとは別物だな、とクロードが頷く。
「ちなみに、ケイさんはドラゴニュートの中だと一般的な性格なんですか?」
「どうだろうな。ドラゴニュートの典型って言うほどのものはないからな。個体数が少なすぎて、そう言う偏見すらできない」
「あ、なるほど……」
「ともあれ、ドラゴニュートも居ないわけじゃないからな。探せばオレ以外にも1人くらいはこの町に居るんじゃないか?」
「そうなんですか……同じ種族なのに交流とかないんですか?」
「ないなぁ。基本的に竜族って言うのは個人主義だからな。血族の繋がりもろくにない。始祖竜の繋がりの方が強いくらいだ」
「始祖竜と言うと、アトラースのことですよね」
「そうだよ」
この世界で一般的なアトラース教の主神であるアトラースだが、その正体はドラゴンである。
要するに、アトラースはドラゴニュートの類なのだ。
まぁ、ドラゴンは力強さの象徴なので、もしかすると時代が下ってそう言う伝承が出来ただけなのかもしれないが。
いずれにせよ、ドラゴンたちは自らがアトラースの末裔だと言う自負を持っている。
そう言った理由で始祖竜と言われるアトラースへの畏敬の念は強いのだが……結局、本当にアトラースの血族なのかすらも分からない。
そのアトラースとのつながりの方が強いと言うのだから、血族の繋がりがどれだけ薄いか推して知るべしと言ったところか。
「ま、ドラゴニュートのことはどうでもいいんだ。次は、ハーフリングだな」
「小さい人のことですよね」
「そうだ。コイツもデミヒューマンだな。ハーフリングの特徴はやっぱり小さいことだな」
ハーフリング。人間の半分ほどの背丈を持つ種族。
ハーフリングもまた数多くの傍流を有し、中にはエルフに似た特性を持つ種族も居ると言う。
彼らハーフリングははしっこい者が多く、光り物に眼が無いと言う不思議な習性を持つ。
そういった光り物を集めるために冒険者になるものも多く、えてしてそう言った光り物は同族の者への贈り物に用いられる。
彼らは贈り物をもらうのも贈るのも大好きなのだ。
彼らの寿命は基本的に人間とさほど変わらないが、長寿なものは200歳ほどまで生きる。
また、彼らの成長は早く、ほんの8歳ほどで成人と認められる。
成人した彼らは大抵の場合は旅へと出るが、そうでない者は家で平穏な生活を送る事を好む。
両極端で落ち着きのない種族と言う見解は偏見ではなく、確かな事でもあった。
「ハーフリングの中で1番強力な種はエルスマウ族と言われる種族だ」
「本当に色んな傍流が居るんですね」
「まぁ、異次元から来たやつとかも居るからな。エルスマウ族はある異次元から来た絶滅寸前のハーフリングたちだ。今でも個体数はほんの200体前後だそうだ」
「そんなに少ないんですか?」
逆説的に言うと、200体前後しかいないと言うのに強力な種だと言われる程にエルスマウ族は強力なハーフリングだと言う事だ。
「基本的に、エルスマウ族に寿命と言えるものは無い。そして魔法への適正はエルフを超え、小柄な肉体に不相応な身体能力はオーガに匹敵する」
まるで僕の考えた最強の超人と言わんばかりの存在だ。
「ただし、エルスマウ族はハーフリングの中でも臆病な方だ。わざわざ外に出向くような奴はほぼ皆無だそうだ」
「じゃあ、会う事も無いんでしょうか?」
「変わり者はいつの時代にだっているから会う事もあるかもしれんぞ」
「そうですね。じゃあ、心の片隅くらいにはとどめておきます」
「ああ、そんくらいの気構えで十分だろう」
出来るものなら1度会ってみたいな、とクロードは思いつつもケイに続きを促す。
「次、セリアンスロープ、獣人のことだな。これは特色によって呼び方が変わる。猫科の特色を持つ連中はワーキャットだとか、犬系の特色を持つ奴はライカンスロープだとか」
「エルスマウ族みたいな違いはないんですか?」
「あるんじゃないか? オレはよく知らん。元々オレも異次元出身で、そっちの方じゃセリアンスロープはセリアンスロープってくくりだったからな」
「そうだったんですか」
この世界では異次元と言うものが非常に身近だ。
先ほどケイが言ったようにエルスマウ族が異次元から一族ごと来訪して定着したように、異次元から来訪した者と言うのは数多い。
この世界は人種のるつぼともいえるような状況になっており、この世界に最初からいた種族がどれなのかも分からなくなっていると言う。
「それでセリアンスロープだが、セリアンスロープはドラゴニュートと同じく、人間形態、半獣形態、獣形態の3種がある。中には完全な獣化が出来ないやつや、人間形態が無いやつも居るが」
「じゃあ、普段から猫耳とかある人も居れば、普段は人間と変わらない人が居るって事なんですね」
「そういう事だ。半獣形態の身体能力はドラゴニュートを超えるほどだ。訓練してない人間相手なら、そいつの知覚能力を速度で振り切る事も出来る。要するに目に見えない」
「そんなレベルなんですか……凄いですね……」
「訓練してる人間や冒険者でも、素早いやつなら動体視力を振り切って消えたように見せるくらい簡単にやってのけるからな。セリアンスロープの身体能力は最高レベルだ。ま、オレには負けるがな」
自信満々なケイの発言にクロードが苦笑しつつも、気になった事を尋ねる。
「獣形態って言うのはどういうものなんですか?」
「そのまんまだ。とは言え、本物の猫と変わらないちびっこいやつに変身したり、凄まじくでかい狼になったりする奴も居るんで一概にどうとは言えん。オレの知ってる中で一番でかいのは、山よりでかい狼になるやつが居た」
「山より、ですか?」
「大きさで言うと5000~6000メートルくらいあったんじゃないか。体高だけで」
もはや理解の範疇にある大きさではない。クロードは理解を早々に諦める。
「まぁ、そう言う桁の違う奴と会う事なんて早々ないから安心しろ」
「……たまにはあるんですか?」
「…………さて、次はヴァンパイアだ」
「答えてくださいよ」
「ヴァンパイアは血を吸う種族だ。不死者の一種として扱われる事も多いが、この世界では基本的にデミヒューマンの一種だ」
「誤魔化さないでくださいよ」
「ヴァンパイアにも色々と種類がある。日光が完璧にダメなやつ。生まれた時から日光を苦としないやつ。後天的に日光を克服可能なやつ。死者が甦って吸血鬼になるもの。生まれながらに吸血鬼であるもの。人間から吸血鬼になるもの……この世界で1番多いのは、先天的に日光を苦としない者で、生まれながらに吸血鬼である者だ」
「ヴァンパイアの説明でうやむやにしようったってそうはいきませんよ」
「うるせーな! たまにはあるかもしれねーけど早々会う事はねーよ! あったら諦めろ! 勝てねーから土下座してでも生き残りやがれバーカバーカ!」
なぜ最後に罵倒されたのかは分からないが、とりあえず答えてもらえたのでクロードは頷く。
「それで、ヴァンパイアと言うのは後天的に人間から成る事が出来るんですよね?」
「ああ、そうだよ」
「ハーフリングなんかのデミヒューマンはどうなるんですか?」
「吸血鬼になるに決まってるだろ?」
「種族特有の弱点とかどうなるんですか?」
「ヴァンパイアの特性で上書きされるが、場合によりけりだ。火に耐性がある種族のはずなのに、ヴァンパイアになった事で火に弱くなるやつもいれば、逆に火に耐性のあるヴァンパイアになるやつだっている」
そこらへんのことはよく分かっていないと言う事らしい。
そもそも、他種族をヴァンパイアに変える事の出来るヴァンパイア自体の数が非常に少ない事も理由の1つである。
何より、身勝手に他種族を変質をさせるような真似は無用な諍いを招く。
ヴァンパイアは基本的に自尊心が強く、他者を見下す気質のある種族で、気にせず変質させるような真似も過去にはしたのかもしれない。
しかし、そんな真似をしていれば誰かが激怒してヴァンパイアを滅ぼしにかかってもおかしくない。
ヴァンパイアが桁外れに強力な生物であったならばそうはならなかっただろうが、生憎とそうではない。
さほど強力な種族ではないため、迂闊に他種族を敵に回して滅ぼされでもしたら溜まったものではない。
そう言った理由もあり、ヴァンパイアは滅多に他種族をヴァンパイアに変える事がない。
不可抗力的にヴァンパイアになるような行為をせざるを得ない場合でも、抗吸血鬼化薬などもあるという。
「まぁ、出会う事の多い異種族はこの辺りか?」
「ドワーフとかはいないんですか?」
「居るさ。だが、出会う事は少ない。アイツらは安定を好む種族じゃないが、住処を好き好んで離れる種族でもないからな。アイツらは山を掘っくり返して酒飲んでりゃ満足な奴らだから見かけることはないだろ」
酷い評価だが、世界を見て回って来たケイが言う以上は間違っては居ないのだろう。
それがただの偏見であると言う可能性も無いではないが。
「じゃあ……脳みそを啜る種族とか」
「ブレインサッカーのことか? あのタコ助どもとは早々逢う事はないし、会ったら終わりだ。永遠に逢わないことを祈っておけ」
クロードの言った存在は、人の脳髄を啜る事に悦びを憶える最低の存在だ。前世では創作物の中だけに居た存在だが。
それはこの世界では脳喰らいと称されて存在するらしく、その恐ろしさはクロードの知るものとそうは変わらないようだった。
「えーと……じゃあ、巨人とか」
「探せばどっかに居るんじゃねえの。この世界で見た事は1度も無いが」
「うーん……妖精、とか」
「どっかには居ると思うが、宝くじ当たる方がまだ確立高いくらい少ないぞ。大体にしてあんな浮ついた野郎どもと会話してたら頭がおかしくなるぜ」
「空飛んでる人と話すと頭がおかしくなるんですか?」
「浮ついたって言うのはそう言う意味じゃねえ」
「そうですか。じゃあ、蜘蛛人間とかはいるんですか?」
「そりゃセリアンスロープの範疇……かな? まぁ、居るんじゃないか?」
「じゃあ、怪奇トカゲ人間は?」
「居るんじゃねえの」
「バッタ人間。キックが強い人は?」
「以下同文」
「夢がいっぱいだなぁ!」
この目で見る事が叶わないのが口惜しいが、きっと改造されたバッタ人間も居るのだろう。是非とも逢ってみたいとクロードが願望をたぎらせる。
残念ながらバッタのセリアンスロープが居たとしても、改造手術でそうなったわけではないのだろうが、彼には関係ないようだ。
「まぁ、色々と希望をたぎらせるのは勝手だが……」
「と言うか、ケイさんってドラゴニュートなんですよね? 竜人の姿をみてみたいです」
「やだ」
「なんでですか?」
「恥ずかしいんだよ。てか、お前が見るとなると触る必要があるだろ」
「えー……」
ケイにも羞恥心があったのだなぁ、とクロードが何か妙な得心をする。
まぁ、女性なので当然と言えば当然なのだろうが……むしろ、不躾な事を言ったクロードの方が失礼なのかもしれなかった。
「ケイさんが嫌ならしょうがないですね。わがままを言ってごめんなさい」
「いや、いいさ。さて、座学はこれくらいにしておこう。外の天気もちょうどいい塩梅になって来た」
そう言ってケイが目を向けた先には窓がある。
少し歪みのあるガラスがはめ殺しにしてある窓の先には雨が上がった空があった。
「そろそろ剣の修行といこうか」
「はい」
「それで、このまま剣でいっていいのか? 別の武器に鞍替えするってのもありだぞ。棍棒とか」
「棍棒ですか。きっと鍛えれば棍棒でドラゴンだって倒せますよね」
「蛮族の勇者でもやらんぞそんな自殺染みた真似」
「名前は「ああああ」ですね」
「ひっでぇ名前だな」
「お供の名前はもちろん「いいいい」に「うううう」です」
「その部族じゃそんな適当な名前を付けるのが流行ってんのか?」
「きっとドラゴン退治に飽きてしまったんでしょう」
「……お前、たまにわけわからんこというよな」
そう言った戯言を交わしつつ、ケイとクロードは外へと向かう。
剣の修練は毎日やるもの。1日でも休めば取り返すのに3日はかかるのだから。