ニューベリーポート
その日の昼時、今日も仕事が見つからなかったと残念そうな顔で帰って来たカレンと一緒にクロードは料理に励んでいた。
銀髪の女性と、光の当たり加減で銀髪にも見える金の混じった灰髪をした少年が作業をする姿は、仲睦まじい親子の姿だ。
眼帯が外れた頃から、クロードはカレンにいろいろな手伝いを申し出て許可されるようになっていた。
それ以前は何を言っても手伝わせてくれなかったのにだ。まぁ、視界が無い子供に手伝いをさせるのも危険だから当然だが。
依然として視界が効かないのは一緒だが、今のクロードは周囲の状況があいまいにだが把握出来て居る。
そう言った事もあって、調理そのものの手伝いもさせてくれるようになっていた。
「クロードがお手伝いしてくれるから、すごーく助かっちゃうな」
「これくらい当然ですよ」
子供は親の手伝いをして小遣いをねだるものだ。
まぁ、小遣いをねだるつもりはクロードにはなかったが。使い道が無いのだし。
そして、その手伝いと言うのは、クロードが魔法で火を出して、料理の手伝いをすると言うものだった。
クロードコンロ。維持費0円のエコな調理器具である。
「お前の火、便利だなぁ」
「ほんとほんと、便利っすよねぇ。姐さん火力馬鹿っすから、火で料理しようとしたらフライパンが蒸発しちまうし」
「オレだってそんくらい調整出来るわい! ……ちと難しいけどな」
ケイとクロウはテーブルに座ってその光景を眺めている。
あれから幾度となく来訪を重ねているクロウは食事を共にする機会が出来て居た。
今日もまた、クロードに魔法を教えた後にカレンに昼食に誘われてこういった状況になっている。
「僕の火、戦闘にはあんまり使えませんもんね」
クロードはケイとクロウに投げかけられた言葉に苦笑する。
クロードは火属性の魔法に余り才能が無かった。いや、才能はあるのだろう。ただ、性格的に向いていないらしい。
才能があっても、それを活かし切れるかは本人次第、と言う事なのだろう。
ケイ曰く、炎を使うなら後先考えず何でも燃やし尽くす勢いでドカンとやる、とのことらしい。
残念ながらクロードは猪突猛進な性格ではあるが、何でも燃やし尽くすほど破滅的ではないし、後先を考えないわけでもない。
そう言うわけで、ケイがさらっと鉄を蒸発させたりするのと比べ、クロードは出力の調整は得意でも、最大出力は余り高くなかった。
人間を焼き殺す程度は容易いのだが、冒険者として戦っていくならばあまりにも非力だ。
これがクロードとケイの違いだった。希望と憎しみ。その違いは大きな違いとなって表れた。
人の生活を助ける火としての炎。敵を焼き尽くすための火。
そんな風に、2人の火は形は同じであれど本質は全くの別となって表れた。
さて、その火の魔法。練習で多少マシにはなるが、他の魔法を学んだ方が効率的であるとのこと。
ならばさっさと他の魔法を学び始めた方がいいと言う事で火属性の練習は終わりとなった。
ケイは少し残念そうだったが、剣を教えるんだからまぁいいか、と言った様子だった。
一方クロウはと言えば、俺にも弟子が出来たイヤッホオオオオオオオオオオ! ヒエエエエエエエエッ! ハッハッハッハ――――っ! ひゅーらりほぉぉぉぉっっ! ヒャーハハハハゲホゴホッオエッ笑いすぎて苦しい……え? もっと苦しくしてやろうかって? あっちょっ姐さん調子乗りすぎましたすんません姐さん実は魔法教えられないの残念がってあっやめてふむのはやめてあっあーっあばらがぐえっ! ぐぎゃああああっ! と言う様子で転げ回るほど喜んでいたが。
そうして練習が終わりとなった火の魔法は、こうして代金ロハのコンロとして大活躍しているのである。
残念ながら使用できるのはクレシェード家だけであるが。
「クロード、そろそろ火を止めて。あとは余熱でやれば大丈夫」
「はい、母さん」
言われた通り、クロードが火を止める。
そして、フライパンの上でちゅわちゅわ音を立てて焼ける肉の塊を見た。
なんと、その肉は牛肉である。しかもステーキ肉と言われる分厚いもの。
この世界で牛肉はとても高い代物だ。少なくとも簡単に手が出せるものではない。
さすがに一生かけても食べられないとかではないが、平均的な収入のある家庭でも月に1度食べられるかどうかと言ったところだ。
なぜなら牛と言う生物は基本的に全くもって畜産に向かない動物だ。
現代日本を知るクロードとしては驚くような事なのだが。理由はと言うと、牛は太らせるのに大量の穀物が必要だからだ。
中世の西洋では、王や貴族ですらもなかなか食べる事が出来なかったほどだという。
この世界は牛を肥え太らせて食肉に出来る程度の余裕があるらしいが、やっぱりお高い代物だ。
それが今、クレシェード家の食卓に置かれようとしている。
この肉の出所はと言えば、クロウだった。
お世話になりっぱなしですいません、食費代わりにたまにはうまいもんでも……と言う調子で持ってきたのだ。
もちろんクロードは喜んだ。なにしろ生まれてこの方、牛肉を食べていない。基本的に豚ばかりだった。
そしてカレンはと言うともっと喜んだ。クロードと違って、牛肉の価値と言うのが骨身に沁みて分かっているのだ。
そういうわけで、本日の昼食はランラン気分のカレンと、ちょっと浮かれ気味のクロードが居た。
ケイとクロウはと言うと苦笑気味だ。成功した冒険者は大金持ちなので、牛肉など食べ慣れているのだろう。
昔も自分はあんな風に、牛肉と言えば喜んだなぁ……などと思っているのだろうか。
まるで昭和の戦後世代とその後の世代のようである。
実際2人ともそれくらい歳は食っているのだろう。まぁ、ケイもクロウも年齢不詳だが。
いや、クロウは永遠の11歳前後なので年齢不詳ではない。
きっとかつては11歳らしく可愛く喜んだのかも知れないが、今は11歳の貫禄が出て苦笑気味なのかもしれない。
となると、将来的に11歳らしく、牛肉は硬くて入れ歯が無いと食えんわいと言うのだろう。
そして更に将来的には11歳らしく、婆さんや飯はまだかのう……はいはい、ご飯はおととい食べたばかりでしょう、となるのだろう。
最終的には11歳前後らしく冷たい墓土の中で眠るに違いあるまい。人間だれでも最終的に辿り着く終の棲家である。
きっと11歳になると、中学校入学、高校入学、大学入学、新卒社員としての初々しい活躍、やがて結婚、そして子供が生まれ、子供たちの成長に涙し、子供たちが巣立って穏やかな老後を送り、やがて孫が生まれ、孫の成長に再び涙し、幸せな老後を過ごした後に天へと旅立つのだ。たぶん旅立つのは12歳の誕生日前日である。
なんとも11歳と言うのは波乱万丈の歳である。
まぁ、永遠の11歳とか言う意味不明な存在はおいといて、今日の昼食は大変豪勢なのだった。
豪勢な食事を前にすると、人は自然と笑顔になる。今日の昼食は、いつもよりずっと笑顔に溢れていた。
「うんうん。こうして喜んでもらえると、持ってきた甲斐があるっす」
持ってきたクロウもニコニコ顔だ。
人の役に立つのが嬉しいのだろう。
パシリに使われる奴の典型である。
「まぁまぁな肉だな」
そしてケイはと言うと別に笑顔でも何でもない。
むしろぶすっとしている。この一家の面倒を見てきたのは自分だと言う自負があるのだろう。
そこで横から出てきたクロウが感謝されてる状況がなんとなく面白くないのだ。
面倒くさいやつである。
「クロード、一杯食べて大きくなるんだよ。お母さんの半分わけたげよっか?」
「大丈夫です。と言うか、割ときついです……」
クロードはまだ3歳である。ステーキ1枚で十分と言うか、むしろ十二分であり、腹十二分目になるとそれはもう外に出てしまっている。
「そっかぁ。でも、毎日頑張ってれば、きっとそのうち沢山ごはんも食べるようになるよ」
「そうですね。でも、いきなり量を増やしたりしないでくださいよ?」
幾ら成長に従って食べる量が増えるからと言って、明日にはフードファイター並みになるわけではないのだ。
「まぁ、無理して吐いたりしたら勿体ないから程々にしとけ。何事も程々が一番だ」
「え? 姐さん程々なんて言葉知ってたんすか?」
「お前の頭を程々に握りつぶしてやろうか」
「やめてほしいっす。姐さんにアイアンクローされたらザクロみたいになるっす」
クロウとケイは相変わらずの漫才を繰り広げている。
今日もクレシェード家の食卓はにぎやかだった。