オーゼイユ街
とりあえず、その日はもうクロードの魔力が空っぽだからと言う事で魔法の修行はお流れとなった。
ならば剣の修行でも、と言う事になるのだが、現状のクロードでは剣の修行は危険すぎる。
周囲をなんとなく把握して、高い危機察知能力を備えているとは言え、眼が見えないことには変わりないのだから。
とは言っても打ち合うのが危険なだけで素振りくらいは問題ないと言う事で、家の前で軽く素振りをやる事となった。
「剣は適当に振ってりゃいいってもんじゃない。目標を持って振りな。あの憎いあんちきしょうめをぶった切ってやるとかでいい」
「特にそう言うのはいないですけど……」
元々交流自体が少ないので、クロードの知り合いは殆ど居ない。
知り合いはケイが筆頭で、はす向かいのマーサおばさんとかそのくらいだ。
その中で憎いあんちきしょうめが出来るわけもない。
「あー、じゃあ、野菜を切るとか」
「……剣で?」
「……とにかく敵を倒す事を考えて剣を振りやがれ」
曖昧な指示になんだかなぁ、と思いつつも、クロードは剣を握る。
木剣とかではなく、ケイに貰った真剣だ。
練習用の剣とかじゃなくていいのか、と聞いたが。
素振りなのだから実剣の感覚を掴んで置け、と言う事で本物を使って素振りをする事となっている。
「余り無理をしても体によくないからな。とりあえず体作りって事で、無理のないようにやっておけ」
「はい」
それから、クロードの生活はゆっくりと体力づくりをして、ケイの要領を得ない説明で魔法の練習。残った魔力で魔結晶を作る。と言うサイクルとなった。
遊びの時間と言うものは無かった。
もともと、クロードに友人の類はいない。
眼が見えないのだから、友人が出来たところでろくに遊ぶことも出来ない。
そしてクロード自身、友人を作って、その友人に気を遣わせるようなことをしたくは無かった。
そう言った理由もあって、クロードは友人を意図的に作らずにいた。
なにより、冒険者になると言う目標がクロードにはある。
世界に無数に存在する未知。魔法と言う神秘の力。喪われた古代文明。
この世界は未だ未知の部分が多い。それを求めさすらい、見た事の無い物を見つけ出す。
そんな、夢に溢れた事を生業とする冒険者になりたい。
そのためには1分1秒ですら惜しい。
友人を作って遊ぶことも確かに大切で、楽しい事だ。だが、それ以上にクロードは冒険者になりたかったのだ。
1度決めたのならば一直線。猪突猛進の青春少年には遊んでいるヒマなどなかったのだ。
剣の修練を初めて数日。毎日くったくたになるまで頑張るクロードは毎日よく眠った。
そして今日もクロードは夕飯前のお昼寝をしていた。
「姐さーん! 姐さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
「うるせぇぇぇぇ! クロードが起きちまうだろうがぁ!」
しかし外から聞こえてきた喧しい声で意識が覚醒する。
クロードの意識を呼び覚ましたのは、どこからか聞こえてきた少年の声。そしてそれを怒鳴りつけたケイの声だった。
「すんません姐さん! そんで姐さん、頼まれてたもん買ってきましたぜ!」
「あ? 頼んだもん? ンなもん頼んだか?」
「ひでぇ! 練習用の木剣持ってこいって言ったじゃねえですか!」
「ああ? ああ、そう言えばそんなもんも頼んだな。ご苦労、寄越せ」
「へい」
横柄な態度でケイが何者からか剣を受け取る。
先ほどからクロードの感覚で捉えているのは見知らぬ人物だった。
色彩的には何も見えないので詳しい事は分からないが、どうやら少年らしい。
「んお? ああ、クロードの坊ちゃんですかい」
見られて、いや、この場合はクロードに意識を向けられている事に気付いたのか、少年がクロードに向き直る。
そして、その少年はクロードの頭を撫でようとする。
「おい、クロードに触るなよ。バカが伝染ったらどうしてくれんだよ」
その前にケイが引き離してしまった。
「ひでぇ! 俺ぁそんなバカじゃありませんぜ!」
「24足す57は?」
「71でしょう? ですよね?」
「救えねぇ」
どうやら繰り上がりがダメらしい謎の少年はがっくりと肩を落とす。
そこでクロードがその少年に向けて手を伸ばす。
今まで自分が接したことのある人物が、母親であるカレンと、隣に住んでいるケイしかいないのだ。
新たに現れた人物に興味が出るのも当然だろう。
「おいおい、クロード。このバカに触るとバカが伝染るぞ?」
「そんな事ありませんよ」
「それでバカになったらどうすんだ。カレンに怒られちまうだろうが」
さんざっぱら愚弄されている少年はいじけ切ってしまい、部屋の隅でキノコでも生えそうな暗さを醸し出している。
「うっ、うっ、うっ……姐さんひでぇや……お、俺、こんなに姐さんのために頑張ってんのに……! うっ、うっ、うっ……」
「なにマジ泣きしてんだよテメーは……お前がバカなのは今に始まった話じゃねーだろうが。1足す1を3と間違えた時はもうダメだと思ったね」
それはマズすぎるのでは……とクロードが思うが、ケアレスミスと言う可能性も無いではない。
疲れている時に、2と書いたつもりで3と書いてしまっていた……と言う事も……あるのかな?
自分の希望的観測にすら自信を持てないクロードが、思わず少年を可哀想なものを見る目で見てしまう。
幸い、クロードは目を閉じているので気づかれなかったようだが。
「それに、お前の価値はそこじゃねえだろ? 小器用に頭を回すのなんざ、もっと適役の奴にまかしときゃいいんだ」
「でも、姐さんは強いのに頭もいいじゃねーですか」
「お前から見りゃ誰でも天才だろうが……」
まぁ、2桁の足し算すらできないのでは、3ケタの足し算が出来る相手でも天才に見える事だろう。
つまり、この少年は小学生にすら負けるのである。
「あの……頑張ってください。頑張って勉強すれば、きっと頭も良くなりますから」
「ううっ……クロード坊ちゃんは優しいなぁ……」
馬鹿にされてると思わない辺り、この少年は結構純朴な性質らしい。
そして、クロードが自ら手を伸ばした事で少年がクロードの頭をようやく撫でる事が出来た。
「いやぁ、子供の髪の毛ってどうしてこんなやわっけぇんでしょうね。弟やら妹が生まれた時も思いましたが、子供はどこもかしこもやわっこい」
「子供ってなぁそんなもんだろ」
なんてことを話している少年とケイ。
その最中、クロードがそっと少年の頬に手を伸ばす。
「顔を触ってもいいですか?」
「ああ、いいっすよー」
「ありがとうございます」
クロードが少年の顔をぺたぺた触る。
こうしないと顔だちがいまいちよくわからないのだ。
「うわぁ、お兄さんかっこいいですね」
そして、その少年がびっくりするくらいの美少年だという事に気付いた。
目鼻立ちがパッチリとしていて、睫毛も長くてと言った調子で、驚くほどの美少年ぶりだ。
将来的にはさぞかし女泣かせになりそうな容姿だった。
「え? いやぁ、照れちまうなぁ。もっと言ってくれていいっすよ?」
「調子に乗るな」
ケイに拳骨を喰らって少年が呻く。
「ケイ、このアホの名前はアンソニー。村人Aって呼んでいいぞ」
「姐さん、適当なこと教えんでください。俺の名前はクロウですぜ?」
「じゃあ村人Cだ」
「そこは変わんないんですね……」
「お前なんかその程度で十分だ。で、このクロウはオレの下僕その1だ。弾除けにはなるかなと思ってたんだが、いつの間にか剣くらいには使える奴になってた」
「姐さんひっでぇ……」
人を人とも思わぬ痛烈な外道発言。
元々冒険者だから、ケイの人物評価はシビアかつドライだ。最初、クロウはその程度の力量しかなかったのだろう。
今はそれなりに信用されているようだが。
「しっかしまぁ、姐さんが子守たぁなんというか……めっちゃ似合ってるっすよ、姐さん」
「それ褒めてんのか? けなしてんのか?」
「さぁ……?」
今、ケイはエプロンをつけて暇つぶし半分程度の調子でお菓子を作っていた。
お菓子を作れるかどうか、クロードには完全に未知数だったが戸惑っている様子も無いので問題なさそうだった。
……自信満々にとんでもない調理をしていると言う可能性もあるが。
「んで、うわさのカレンさんはどこっすか?」
「カレンに粉かけたら殺すぞ」
「んなことしねえっすよ! 挨拶くらいしとこうと思ったんすよ!」
「そうか。カレンなら就活だ」
「しゅうかつ、ってなんすか」
「就職活動」
そう、現在、カレンは就職活動中だった。
クロードの眼帯が取れた事もあってか、あるいは別の理由もあってか、カレンは職を求めていた。
幸い、ケイと言う子守をしてくれる知り合いもあって、カレンはここ最近就職活動に精を出していた。
とはいっても、なかなか働き口は見つかっていないようだが。
「はぁ、大変っすねー。俺らは気楽な冒険者っすけど」
この少年も冒険者と聞いて、クロードが目を見開く。
眼を閉じている事に慣れきったクロードが目を開くのは、こうして驚いた時くらいだ。
「お兄さんも冒険者なんですか?」
「そうっすよ? なんと、姐さんより先輩なんすよ、俺は」
「そして金が無くてオレをカツアゲしようとしたところ、オレにボコられて下僕になったんだ」
「姐さん、それ言うのはやめて欲しいっす……」
食い詰め冒険者だったらしい。
とは言え、今の今までしっかり生き延びているのだから、それなりの腕はあるのだろう。
「お兄さんが冒険した時のお話、聞かせてもらえませんか?」
「もちろんいいっすよー。どんな話がいいっすかねー? 俺が唯一の魔法使いとして活躍した時の話とかどうっすか?」
「え? お兄さん魔法使いなんですか?」
「そうっすよ。お兄さんは魔法も使えて剣も使えるすっげー魔法使いなんすよ。アームドメイジっつうんすけどね」
クロードがケイに視線、この場合は顔だが、ともかく向けると、ケイが顔を逸らす。
「ケイさん?」
「なんだ?」
「魔法使いの知り合いはいるけど、全員責任ある立場で迂闊に動けないんじゃ?」
「…………クロウが魔法使いとか完璧に忘れてたわ」
その言葉にクロウがショックを受けたようにうなだれる。
「ひでぇっすよ、姐さん……」
「いやほら、お前はなんつうか弓使いとしての方がイメージ強くてな。魔法もそんな得意じゃねえだろ? そういう事もあって、なんかな?」
「魔法も結構使えるっすよ! そりゃ本職には負けますけど……」
「分かったよ! 悪かったよ! オレが悪かったから喚くな! あと、クロードに魔法教えてやれ」
「え、ああ、魔法教えるんすか? そんくらい別にいいっすけど……戦闘用っつうと、触媒使う魔法しか使えないっすよ」
「役に立たねーなテメーは。クロードに触媒買う金なんかあるわけねーだろ」
「アームドメイジはみんなそうっすよ! 動作要素を物質要素で補うんだから!」
「んじゃ、物質要素要らねえ魔法は」
「コモン系ならイケるっすけど、戦闘にゃ使えねえっすよ? それ以外も補助が大半ですし」
「何でもいいから教えてやれ」
「はぁ、分かったっす」
そうしてケイとクロウの会話が終わり、クロウがクロードへと向き直る。
「とりあえず、基本の基本っつうことで、【ディテクトマジック/魔法探知】とか【アプレーザル/鑑定】とかっすかね? あー、見た感じ剣士の訓練積んでるんすかね? そんなら【キーンエッジ/鋭い刃】とかもあるっすよ」
「どんな魔法なんですか?」
「そのまんまっすよー。ディテクトマジックは周囲の魔法の気配を感じるクソ魔法っす。ぶっちゃけよっぽどのヘボでもねえと使い道ねえっす」
「クロードは感知能力は高いからディテクトマジックは要らねえな。ありゃ魔法の気配感じ取るだけの魔法だろ」
「そうっすよ。とすっと【キーンエッジ/鋭い刃】辺りっすかね。剣の切れ味をちょっとだけよくする魔法なんすけど」
「その辺りの魔法が必要になるのは本格的に剣の練習する辺りからだな。【アプレーザル/鑑定】を教えてやれ」
「分かったっす」
あれよあれよという間にクロードの学ぶ魔法が決定されていく。
なんだかなぁ、と思わないでもないが、ケイの言う事は理に叶っている。
そのため、なにも言わずに指示に従う。
「んじゃ、まずは魔法の基本からっす」
「はい。でも、ケイさんから少しは教わってますよ」
「じゃあ姐さんから聞いてるっす? 動作要素、物質要素、音声要素の3要素の話なんすけど」
「なんですかそれ?」
「姐さああああん! なんで教えてねーんすか! これじゃ魔法使えねーっすよ!」
「うるせーな! 知らなくたって使えるだろーが!」
「使えるだろうけどガタガタっすよ! 普通誰もやらねえっす! アームドメイジも省くのは動作要素だけっすよ!」
「オレは何も使わねえんだよ!」
「そりゃ図形要素だけで魔法使う姐さんの方がおかしいんすよ!」
「オレは何も使わねえって言ってるだろうが!」
「図形要素まで省いちまったらそれもう魔法って言えねーっすよ!」
何か変だなとは薄々感じていたのだが、どうやらケイの使う魔法は何かおかしいものらしい。
ケイの言いたいことがさっぱり分からないのはそれとは別口だが。
「もしかしてクロード坊ちゃんにそのやりかたで教えてたんすか!?」
「んなわけねーだろ! 図形要素くらいは教えたわ!」
「図形要素だけで魔法使おうとしてたんすか!?」
「えっと……何か変ですか?」
クロードが教えられていたのは、魔法の必須要素である図形要素のみだ。
それさえあれば魔法を使う事が出来るからそれだけ覚えておけと言われたのだ。
そして、ケイが目の前で魔法を使って見せ、クロードがそれを真似する。
そんなやり方で魔法の練習は行われていた。
「あーもう……全部ちゃんと話すっすよ。まず、魔法の4大要素っす」
魔法は図形、音声、動作、物質の4大要素で構築される。
物質を使用しない魔法も数多いが、基本的にその4大要素は必須だ。
熟練した魔法使いならば、図形要素以外を省いて魔法を使う事は決して不可能ではない。
しかし、初心者がその方法を使うのは決して勧められたものではない。
魔法が発動すらしないので、魔法に慣れる事すら困難だからだ。
最初は全要素を満たして魔法を使う事に慣れてから、徐々に図形要素以外を省く練習をするのだ。
そして、初心者は練習用の装備をする事も当然だと。
練習用の杖や魔導書などがあり、それらを使う事で魔法が安定し、発動の感覚をつかみやすくなるのだと言う。
「そういうわけで、姐さんに教えられてた方法はめっちゃ上級者向けっすから、今は忘れるっす」
「ケイさん……」
「……最初から最高の方法で学んだ方が楽だろ?」
「初心者にとっての最高の方法はこっちっすよ! それは熟練者にとっての最高の方法っす!」
全く持ってクロウの言う通りだ。
さて、そういうわけで、クロードの魔法の練習は全く様変わりする。
「さて、【アプレーザル/鑑定】を教えるっすけど、これはそんな難しい魔法じゃねーっす。動作要素も簡単っすよ。こうやって手をくるくる回すだけっす」
∞の字にクロウが手を動かす。その動きは手馴れたもので、こういった動作を幾度となく行ってきたことがよくわかった。
「音声要素も殆どねえっす。最後に【アプレーザル】って宣言するだけっすから。まぁ、大半の魔法はこうっすね。詠唱までするのはかなり上位の魔法だけっす」
「物質要素は無いんですか?」
「一応あるっすけど、意味ねえっすよ? そりゃ発動率はあがるっすけど、正直なとこ物質要素無しで発動しねえんなら才能ねえっすから魔法使うのは諦めた方がいいっす」
「そうですか」
とは言え、物質要素無しでも成功させる自信がクロードにはあった。
なぜならば、クロードはケイの無茶苦茶な教え方でもある程度の成果を上げていたからだ。
つまり、クロードは既に図形要素だけで魔法を発動させる事に成功しており、魔法を扱う事には多少なりとも慣れていたのだ。
とは言っても、成功させるまでに何百回と挑戦してようやくだったのだが。
その時は自分に才能が無いのかと思っていたが、ケイの教え方が悪かっただけだと知って安心していた。
「それじゃあ、行きます」
くるくると手を廻しながら、先ほどクロウが構築した図形要素を思い出しながら空中に描き出す。
不思議な事に、魔法を使おうとして図形要素を思い出すだけで空中には図形要素が描かれる。
人間には生得的に魔法を使うための能力が備わっており、その能力が無意識に魔法式を描画してくれる、という事らしい。
図形要素は空中に不思議な図形を描き出す事で行われる。
図形の持つ意味を複雑に組み合わせる事で作られるもので、深い知識を持つ者ならば未知の魔法であっても図形要素を見ただけで効果が分かるのだという。
そうでなくとも、図形要素さえ知っていれば、相手が使おうとしている魔法を知る事が出来る。
図形要素についての習熟は魔法使いには必須。魔法使いでなくとも冒険者ならば必須と言う事らしい。
そして、図形要素が完成し、そこに魔力が満ちると、クロードに確信が訪れる。
これで行けると。
「【アプレーザル/鑑定】」
宣言したと同時に、クロードの脳裏に情報が奔った。
名前:クロード・クレシェード
称号:魔法初心者
年齢:3
レベル:2
職業:エラーチャイルド
種族:デミヒューマン
HP 24/24 +2
MP 4612/4616 +46
STR 3
VIT 1
INT 58
MR 87
DEX 8
AGI 3
自分の身体能力などを記した情報だった。
MPだけやたらと突出しているのは、ケイの言った通り悪魔の子だと言うところに由来するのだろう。
INTの方は全く分からないが。
「出来たっすか?」
クロウの声にクロードの意識が現世に戻る。
「はい。自分の能力が見えました」
「うん、完璧っす。あとは何回も練習して、魔法の感覚を掴むんすよ。そうすりゃ音声要素も動作要素も省けるっす」
「へぇー、そうなんですか」
空中に再び先ほどと同様の図形要素が描かれていく。
先ほどよりも遥かに高速で構築されたそれに魔力が満ち、何ら宣言されることも無いままに図形要素が発動の形跡を示して弾ける。
名前:クロウ・シンフォニエ・アルタリオス
称号:母なる神の騎士
年齢:永遠の11歳前後
レベル:???
職業:アームドメイジ
種族:ディヴァインスピリット
HP ??/?? +??
MP ??/?? +??
STR ???+???
VIT ???+???
INT ???+???
MR ???+???
DEX ???+???
AGI ???+???
「うおっ! 俺のステータス勝手に見るなんてずるいっすよ!」
「え、あ、ごめんなさい。失礼でしたか?」
「いや、俺は別にいいんすけどね。たぶん殆ど見れなかったでしょうし」
確かに、見れたのは称号や職業、種族程度のもの。年齢はと言うと、あれは見れたうちには入らない。
称号ばかりは分からないが、職業や種族は目で見ればわかるだろう。クロードには分からないわけだが。
「でも、【アプレーザル/鑑定】を勝手に使うのはマナー違反っすよ?」
「はい……ごめんなさい」
ついいけそうな気がしたのでやってしまったクロードだったが、確かに礼を失した行いだった。
それ故に素直に謝罪すると、クロウは気にした風もなく次から気を付けるっすよ、と言って頭を撫でた。
「にしても、いきなり図形要素だけで魔法発動っすか。姐さんの教え方にも効果あったっすかね?」
「だろ?」
確かに、ケイの教え方も悪くはなかったのかもしれない。
最初に難しいやり方でやらせてから、次に簡単な方法でやらせる。そして、難しいやり方をやらせる。
そうすると簡単な気がするのかもしれない。少なくとも、クロードには【アプレーザル/鑑定】を素早く使えるようになると言う効果があった。
「ところでクロウさん。ディヴァインスピリットって何ですか?」
「ん? ああ、エルフの事っすよ。エルフにも色々居るっすから。肉体の要素が薄いエルフのことっすね。俺は失血で死ななかったりするっす、血液とか別に無くても平気っすから」
確かに日本語に直すと聖なる霊の意味だ。ホーリィスピリットやザ・ホーリィゴーストとは少々意味合いが違う。
まぁ、ディヴァインスピリットには死んだ人間が神になった霊か、あるいは神そのものと言う意味もあるのだが。
「へぇー……クロウさんってエルフなんですね。やっぱり耳って長いんですか?」
先ほどは顔立ちしか判別しなかったので、耳までは触って居ない。
触って居たらその時にエルフと気付けていただろう。
「長いっすよー? でも敏感なんで触るのは勘弁して欲しいっす」
「そうですか……」
残念だ、と言う雰囲気を出しながらクロードが頷く。
「それじゃあ、称号には何か意味があるんですか?」
「特にないっすよ。単にその人の人柄とか経歴とか見れるだけっす。自分はなんだったっす?」
「母なる神の騎士でした」
「それ戦闘系の技術持ってて、アトラース信仰の信者ならみんな持ってるっすよ」
「多いんですね……」
もしかしたらクロードも持っているかもしれない。たとえ持っていなくても、戦闘系の技術を習得すればたぶん手に入るだろう。
クロードは熱心なわけではないが、消極的な形でアトラースを信仰している。
と言うのも、この世界の宗教は存在するか怪しい神を信仰するものではなく、確実に存在する神を信仰するものなのだ。
創世神話に語られる女神、アトラース。クロードの知識では、アトラースと言うとギリシャ神話に出てくる巨人なのだが。
この世界では女性神格で、この世界を創造した創造神と言う事になっている。
そして、そのアトラースは間違いなく存在している。
ただ、アトラースがこの世界を創造したかは定かではないのだが。
他にもアトラースがこの世界そのものを支えている事で世界が存在しているとか、アトラースが横たえた身体に塵が降り積もってアトラース山脈になったとか眉唾な説はいくらでもある。
しかし、アトラースが存在している事だけは眉唾ではない。
実際にアトラースに加護を与えられた者が居る。それだけでは信じられないと言うのならば、アトラースが作った12の試練を突破すれば対面できるらしい。
まぁ、それを突破できるのは神々の戦いに参加できる人間をやめたレベルの存在でないと無理らしいが。
そう言った理由で、居るなら信じてもいいかな、と言った調子でクロードはアトラースを信じている。
信仰と言うレベルではないかもしれないが、お祈りの言葉くらいは言えた。
だからクロードもその称号を手に入れる事は容易いだろう。
まぁ、手に入れたところで意味など無いのだろうが。
「さて、今日はこんくらいでおしまいにしとくっすか。もうちょっと教えたいところっすけど、クロード坊ちゃんに魔法教えるってんなら色々と用意するものもあるんで」
「おう、金は必要か?」
「要らねぇっすよ。自分で作れるんで。魔法書も……まぁ、頑張って書いてみるっす」
「まぁ、頑張ってくれや」
「ほいじゃ、俺はいったん帰るっす。また明日来るっすよ」
そう言ったと同時、クロウの気配が突如として消えた。
クロードがびくっとして周囲を見渡す。どこにもクロウはいなかった。
「【リターン・ホーム/本拠地帰還】の魔法だな。転移で帰ったんだ」
「あ、なるほど……」
クロードが困惑していた事を感じ取ったのか、ケイが補足した。
「眼が見えれば楽なんですけどね」
「むしろオレは眼が見えないのに周囲を把握してるお前がすごいと思うぞ」
確かに、クロードは眼が見えないのに周囲を把握している。
鋭敏な皮膚感覚と、優れた聴覚で周囲を察知しているのだ。
眼帯が取れた事で、その知覚能力は日増しに強くなっている。恐らく、視力が失われたと言う自覚を持った事で脳が代償機能にも似た作用を産んだのだ。
視界を司る脳の部位が他の感覚器官の制御をも担当し、クロードは視力を完全に失う代わりに更に鋭敏な聴覚などを得る。
それは視力が未来永劫戻らない事を意味するが、現状で視力を戻す方法が無いのならばどうでもいい事だろうとクロードは納得している。
それに、感覚器官が強化された事で、行動の自由が増えたのだ。
さすがに目が見えている人間ほどではないが、家の中を歩き回るくらいならばたいした問題は無いし、歩き慣れた道ならば問題なく歩けていた。
たまに立木に頭をぶつけたりしているのはご愛嬌だろう。
「いずれ、この知覚能力がもっと強くなればいいんですけどね」
「その辺りはどうかな……確かな事は言えんが、修練を積んでいけばいつかはなんとかなるだろう。オレだって目を閉じて生活するくらいは出来るからな。疲れるけどよ」
ケイも同様に眼に頼らず周囲を知覚する技能を持っている。そしておそらく、それはクロード以上だ。
単純にケイの方が気配察知能力に優れていて、聴覚もクロード以上と言うだけなのだが。
ただ、ケイは視覚を閉ざして行動すると言う事がない。本人が火の魔法を使えるので光源に困った事はないだろうし。
そう言った理由もあって、技能があってもそれを使いこなす素養がケイにはないのだ。
であれば、いずれクロードがケイと同じだけの気配察知能力と聴覚を身につければ、今以上に正確に周囲を察知出来るはずなのである。
「なにはともあれ、これから練習の日々だな」
「はい。頑張ります」
ぽっ、とクロードの掌に火が点る。
ケイに教えられた魔法だ。図形要素だけで魔法を発動させると言う無茶のせいで習得は遅かったが。
それでも、この魔法は習得する事が出来て居た。
その火の熱を感じながら、クロードは想う。
この小さな火は拙い灯火でしかないかもしれない。
だが、自らの未来を照らし出してくれる。
この小さな火こそが自分の始点であり、道標。
「よし、頑張るぞ」
かつてケイもこの火に同じ想いを抱いたのだろうか。
ケイはこの火の魔法について教える時、とても誇らしげに教えた。
これこそが自分の原点であり、始まりだったのだと。
ケイの弟子と言えるクロードが同じく火の魔法を習得し、自分の始点と思う。それはとてもよく似ていた。
だが、クロードが火に見出したのは、未来を照らし出す希望。しかし、ケイが火に見出したのは、憎しみと怒りのままに敵を焼き尽くす破壊。
2人の想いは全くの別物だったりする。
とは言え、クロードの生まれとケイの生まれは全く違うのだ。その辿った変遷も、クロードの想像が及ばないほどの苦難に満ちていた。
それで同じような想いを抱く事はないだろう。
そして、抱いた想いが違えば、進む道も異なる。
ケイが狂える憎悪で火を手にし、クロードが明るい未来への希望として火を手に取った。
その想いの違いは、すぐさま形となって表れて行った。