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転生人語  作者: 国後要
3/9

ン・ガイの森

 そして、ついにクロードの3歳の誕生日がやって来る。


 朝からどことなく落ち着かないカレンと、いつもとさほど変わらず落ち着いているケイ。

 なぜかケイは小銭をひぃふうみぃと数えている。


「ケイさん、そのお金どうしたんですか?」


「冒険者が喧嘩売って来たからボコってカツアゲした」


 せこい副収入もあったものである。

 しかし、ケイがいつも通りだとクロードもなんとなく落ち着けると言うものだ。


「そうだ、今日はいいものを持ってきてやったぞ」


「なんですか?」


「ほら、持ってみな」


 なにか差し出されたらしい雰囲気を感じ取ったクロードが手を差し出す。

 そして、次の瞬間には何かずっしりとした重みが手にかかる。


「中古だが、剣だ。結構いい剣だぜ」


「剣ですか?」


 手の上にあるものをテーブルの上に置き、それに手を這わせる。確かに剣のようだ。

 革製の鞘に入っている事は手触りで分かり、金属の質感がその下にある事も分かる。


「抜いてやるよ。危ないから気を付けてもちな」


「はい」


 しゅっ、と音がして鞘から剣が解き放たれる。

 そして、再び手を這わせると、不思議な感覚が手に帰ってくる。


「鉄、じゃないですね。銅でも、青銅でもないです」


 じゃあ一体なんなのだ? と聞かれても分からないのだが、少なくとも見知った金属ではなかった。


「妖精銀と鉄の合金だ。幽霊も切れるぜ」


 幽霊居るんだ……とクロードがちょっと感心しつつも、その剣を軽く持ち上げる。

 3歳児の細腕には厳しいが、鉄よりもだいぶ軽いので何とか持ち上がる。


「やるよ。剣の練習をしていいって事になって、将来冒険者になったら、お前はそいつを使うんだ」


「い、いいんですか?」


 剣と言ったらたぶん高い買い物だろうに。

 それをこうも簡単にくれるとは。

 ケイの太っ腹さは知っていたが、高価な代物をぽんとくれる気前の良さにクロードは感激する。


「いいよ、別に。どうせオレのお下がりだしな」


「でも、ありがとうございます!」


 お下がりとは言えど、実用品の剣をぽんとくれるなんて。

 それに、手で触れた限りはどこも中古品なんて様子は見えない。十分使えるだろう。


「ま、喜ぶのは後にしときな。これから一大イベントがあるんだからな」


「一大イベント?」


「眼帯を外すのよ、クロード」


 カレンが言う。その声には不安と悲しみ。

 どうにかしたい、とクロードは思うが、どうにもできない。

 自分には眼帯を外すことしかできないのだから。


「眼帯を外して大丈夫だったら、その時は剣の練習ができるのよ。クロードならきっとすぐ上達するに違いないわ」


 その儚げな声に、クロードの胸は締め付けられるようだった。

 そして、ケイが大きく溜息を吐くと、やおら立ち上がる。


「よし、そうと決まればさっさとやろう。行くぞ、クロード」


 首根っこを捕まれてクロードが持ち上げられる。

 そして肩車の形でクロードがケイにおぶさる。


 クロードは視界が効かないので、ケイが同行する際の外出はこうしてケイが持ち上げたり抱き上げたりするのが常だった。


「どこにいくんですか?」


「近くの草原。家の中でやったら、下手すりゃ明日から野ざらしで生活だぞ、オレたち」


 なんで野ざらし? とクロードが首を傾げる。

 自分が眼帯を外したら目からビームでも出て、周囲を破壊しつくすのだろうか。一体いつから神にも悪魔にもなれる鉄の城になったのだろうか。


「ともかく行くぜ」


「はぁい」


「あ、ちょっと待ってください。お弁当持っていきますから」


「お、弁当作ったのか?」


 なにやら今朝方カレンがわたわた動いていたかと思ったら、どうやらお弁当を作っていたらしい。

 草原で眼帯を外して、その後に草原でいつもよりちょっと豪華なお昼を食べると言ったところだろう。


「はい。たくさん作ったから、ケイさんもたくさん食べてくださいね」


「それが楽しみで来てるようなもんだぜ。遠慮なんかするかよ」


 豪放磊落にケイが笑い、クロードを肩に乗せたまま外へと向かう。

 その後ろを追うカレンを少し待ち、家の出口で揃って外へと。


 途中、カレンが持っていた弁当が入っているバスケットをケイが持って、一行は度々ピクニックへとやってきている草原へと辿り着く。


 そして、その草原のど真ん中でクロードは下ろされると、ケイがしゃがみ込んでクロードに目線を合わせた気配がした。


「いいか? 気をしっかり持てよ。まあ、お前なら大丈夫だと思うがな」


 ぽんぽん、と肩を叩かれて、ケイが立ち去る。


「クロード。クロードはお利口さんだから、きっと大丈夫。終わったらお祝いだよ」


 どことなく悲壮感を漂わせる調子でカレンが言い、立ち去る。

 クロードはと言えば、何が何だか分からなくて困惑するばかりだ。


 加えて言えば、草原のど真ん中に置き去りにされてしまったので動くに動けない。

 眼帯があるので周囲が全く見えないのだ。下手に動いて怪我でもしたら大変だ。


「眼帯外していいぞー!」


 だいぶ遠くからケイの声が聞こえてきた。

 眼帯を外していいとのことなので、言われた通りにクロードが眼帯を外す。


「あれ? 何も見えない」


 どうして? もしかして自分は目が見えないのか!? と激しく困惑したところで、自分が目を閉じている事に気付いた。

 これでは見えるわけが無い。自分の間抜けさ加減が嫌になるクロードだった。


 そして、クロードがゆっくりと目を見開く。

 長い事、目を開けずに生活していたからか、目を開けるのも一苦労だった。瞼の筋肉が衰えているのだろう。


 そして、開かれた視界で、クロードは更に困惑していた。


「なにも、見えない?」


 何も見えないのだ。

 いや、正確に言えば見えるものはある。

 黒に白が混じっているような、それでいて決して混ざらないような、そんな不可思議な色合いの視界。

 そこに自分の周辺の物は何一つとして見えない。

 ただ、周辺の明暗が分かるだけ。


「え? あ、あれ? なんで? なにも、なにも見えない。何も見えないよ!」


 困惑。どうして、何も見えないのか。

 それとも、クロードは生まれつき何も見えなかっただけなのか。


「僕の、眼が」


 もしかして自分はまだ目を閉じているんじゃないか。そう思って指で眼に触れてみても、そこには確かに眼がある。

 だが、眼は何も光を映しはしない。ただ、そこにあるだけ。


 そして、クロードの精神は限界を迎え、その意識は闇に落ちた。






 目が覚めた時、クロードは誰かの膝を枕にしていた。


「クロード! 目が覚めたのね?」


 上から降って来る声にクロードが目を見開き、そちらへと視線を向ける。

 だが、やはりそこには何も映らない。

 暗闇の中で白い濁りが渦巻いているだけだ。


「わかる? 私がお母さんよ?」


「母さん? 母さん、そこにいるの?」


 手を伸ばす。その手の触れた先には、クロードのよく知るカレンの姿があった。

 掌に触れたカレンの柔らかい頬に、クロードが安心したように笑う。


「あの、ケイさん?」


 そして、カレンが困惑したような声を出す。

 ケイが何かしたらしいが、クロードには分からない。


「やっぱか。クロード、お前、眼が見えてないな?」


「え?」


「人間殴られそうになったら目くらい閉じる。それがピクリともしやがらねえんだ、見えてねえんだろ」


 どうやら、ケイは無言でクロードに殴り掛かったらしい。

 もちろん寸止めだったようだが。


「クロード、正直に言え。どれくらい見える?」


「今はお昼ですよね?」


「そうだよ。お前が気絶してから30分と経っちゃいねえ。これ何本だ?」


「分かりません」


 どうやら指か何かを差し出したらしいが、クロードには見えない。

 だから正直に答えた。


「明暗が分かるだけ、か……」


 ケイが大きく溜息を吐く。


「眼病を患ってるわけじゃあねえし、目玉はちゃんと動いてる。なんで見えねえんだ?」


「け、ケイさん? うそですよね?」


「オレが嘘を言ったってしゃあねえだろうが。クロードと示し合わせて下らねぇ嘘吐くほどオレは趣味悪かねえ」


「うそ、嘘でしょう? だって、クロードの目が見えないなんて、そんなことが」


 困惑、そして絶望。そんな激しい感情が渦巻く声。

 そして今、クロードの感覚は異様なまでに広がっていた。


 カレンの声に含まれた感情の数々が仔細に分かる。

 どれほど絶望しているのか。自分がクロードの眼をダメにしてしまったのではないか。そんな自分が親だなんて言えない。そんな絶望が。


 カレンの膝枕から起き上がったクロードが、静かに立ち上がる。

 そして、なんとなくそこに誰か居るような気がしてそちらへと視線を向ける。

 もちろん、視界には何も映らない。だが、確かにそこに何か居るような気がする。


「…………」


 その何かが動いたので目線で追う。

 やはり何も見えないのだが、そこに何かが居るような気がする。

 まぁ、そんなことは今は些末事だと断じると、クロードがカレンへと向き直る。


「母さん、大丈夫ですよ。眼が見えなくても、今まで通りなんだから。それに、母さんは悪くない」


 たとえカレンのせいで眼が見えなくなったのだとしても、クロードはそれを責めるつもりはなかった。

 無論、2度とこの目で世界を見る事が出来ないかもしれない、と言う絶望を思えば暗澹たる気持ちがクロードを襲う。

 カレンに罵詈雑言を吐き出せれば、どれだけ楽になれるだろうかと思うほど。


 だが、それは違うだろうとクロードは思う。


 今すべき事なのは、喪われた視界に嘆き悲しむ事ではない。

 まして、母へと向けて罵詈雑言を吐くことなどでは決してない。

 すべきこと、それは今まさに絶望に崩れ落ちそうな、この世にたった1人の母を慰める事だと。


「何のために今まで眼帯をしてきたのかはわからない。けれど、母さんはきっと僕のためを想ってやってくれていたんでしょう」


 そうでなくては、あれほどまでに献身的にクロードの世話など焼けはしない。

 母の優しさが故にこの眼が失われてしまったのだとしたら、優しさがうまく行ってくれなかっただけなのだ。


「あの眼帯のせいで眼が見えなくなったんだとしても、母さんが僕のためを想ってくれていたのは、分かるから……だから、僕は母さんを赦します」


 たとえ誰が悪いと言おうとも、クロードはカレンを赦す。

 人の優しさを信じて居たい、そう思うから。


「それに……何も見えなくたって、手を繋ぐ事はできる。手を繋ぐ事が出来れば、きっと一緒に歩いて行ける。だから、僕と手を繋いで、これからもずっと僕の母さんでいてください」


 眼帯を外すその時まであった不安。

 もしも何ともなかったのならば、きっと自分はどこかへと連れていかれてしまう。

 それを認めない。この優しい母を、いつまでも母と思い、共に暮らしてゆきたいと思うから。


「クロード……うん、ずっと一緒だからね……クロードは私の大事な子供だから」


 抱き締められて、クロードも静かに母を抱き締め返す。

 クロードの眼が見えない事で壊れそうになってしまった親子の絆は、こうして今までよりもずっと硬く結び直される。




 そして部外者であるケイは途轍もない居心地の悪さを感じて、1人静かに黄昏ていた。

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