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転生人語  作者: 国後要
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ハイパーボリア

「I wish to be a nobody~」


 どこで聞いたか忘れた歌を口ずさみながら、黒川勝利は夜道を1人歩いていた。

 どろどろに濁った情念を少女のように高いボーイソプラノで重苦しく謳う歌手の姿からカルト的な人気のある歌だった。

 それを楽しげに歌うものだから、歌詞の内容とは全く別の明るい曲のように聞こえてくる。


「Everybody wants forgot me~」


 彼がここまでご機嫌な事に理由はない。そう言う性格なのだ。

 世界の大半の出来事に、大した理由なんてものはない。全てなるべくしてなっている。

 だから、彼がこの後に辿る運命も、そうなるべくしてなったのだろう。


 無灯火の車が猛スピードで走って来る。

 危ないなと横道に彼が逸れるヒマも無く、その無灯火の車は彼に激突した。


 まるで人形のように吹き飛ばされて地面に落ちた彼。

 体のあちこちの骨が折れて、いくらかの内臓も破裂してしまっているような大参事。


 その彼に歩み寄ったのは、無灯火の車を運転していた人間だ。

 そいつは彼の懐の財布を奪い取ると、そのまま車に飛び乗って立ち去った。


 黒川勝利、彼の人生はひき逃げ強盗の被害者となって終わった。






 どこか、とてもとても遠い世界。


 周囲を山脈に囲まれた国があった。

 その国は山脈そのものを自然の防壁とし、長きにわたる繁栄を謳歌してきた。


 その山脈、創世神話に肖ってアトラース山脈と呼ばれる山々の麓にさほど規模の大きくない町があった。

 人口はおよそ5000と言ったところ。石造りの家々が立ち並ぶのどかな町だった。


 その町の中にある家の1つで、ケイ・ドゥリトルはぼんやりとしながら赤ん坊をあやしていた。

 その赤ん坊、クロードは泣く事も無く、自分を抱きかかえているケイ・ドゥリトルと同じくぼんやりとしていた。


「ヒマだなぁ……」


「あう~」


 ケイの声にクロードが反応をする。内容がわかっているわけではないのだろう。

 赤ん坊はまだ生後4か月程度で、言葉は分からないはずだ。ただ、聞こえてきた音に反応を返しただけだろう。


「お前もヒマか? ん?」


 ケイがクロードの頬を指先で突く。赤ん坊は手を振ってそれをはらい落とす。


「生意気な……こうしてやる、うり、うりうり」


 大人げなくケイが再び頬をつつくもクロードは再びはらい落し……。


 完璧にムキになったケイと、赤ん坊の威信(?)にかけてそれをはらい落とし続けるクロード。

 その戦いは永遠とも思えるほどに長く続き……と言うほどに続いては居ないが、ともかく長く続き、それに終止符を打ったのは、帰宅を告げる若い女性の声だった。


「ただいまぁ。クロード、いい子にしてた?」


 銀髪に蒼い瞳をした小柄な……少女と言ってもいい見た目の女性。

 その女性はケイに抱きかかえられて居るクロードを見ると、柔らかく微笑んだ。


「相変わらずクロードはいい子だね。泣きませんでした?」


 女性、カレン・クレシェードはケイにクロードの様子を尋ねる。

 答えは分かり切っていたのか、半ば確信まで込めたような声だった。


「いつも通りだ。泣きもしなけりゃ喚きもしなかったぜ」


 いっそ異様と言っていいくらいに大人しい赤ん坊。それがクロードだった。

 その分、子守を頼まれても楽だからいいんだけどなとケイは笑う。


「ほんと、いつもクロードの面倒を見てもらってありがとうございます。よかったらお夕飯食べて行ってください」


「ああ、ありがたくご相伴に預からせてもらうぜ」


 それが目当てで子守やってるようなもんだぜ、とケイが笑いながら付け足す。

 カレンもそれに応えるように笑う。


 その2人の笑い声を聞き、ケイの腕の中でクロードは考え事をしていた。


「(うーん……カレンさんが僕の母さんなんだよな。ケイって人は父さんじゃないよなぁ? と言うか、声からしてたぶん女の人だし……そう言えば、母さんってどうやって生活してるんだろ? 働いてるように思えないし、父親の話も聞いたことが無いから収入源がありそうには見えないけど……)」


 何やら非常に複雑そうな自分の家庭環境に、気が滅入りそうになっていた。




 クロード、前世の名を黒川勝利。

 何事にも負けないように生きてほしい、と願いを込めてつけられた名前にご利益があったのか。

 彼は死んだのちに記憶を保持したままこの異世界に転生していた。それが勝利なのかは定かではないが。


 生まれたばかりの頃は大混乱だった。

 眼はろくに見えないし、耳もまともに聞こえないと来た。


 幸い、耳は生後1か月ほどでだんだんマシになってきて、今では、ようやっと自分の周囲の状況が分かり始めたばかりだ。


 そして、生後すぐのころは完璧に役立たずだった視界も、現在は多少はマシになっているはずだった。

 はず、と言うのは、彼の視界は閉ざされているのでそれが分からないせいだった。


 クロードの顔には、柔らかい布を折りたたんで作った眼帯がつけられている。

 外そうとするとカレンが泣きながら怒るので、悲しそうな声で怒る母の声を聴きたくなくてクロードはされるがままだった。


 眼帯をつけられている理由は不明だった。

 眼に疾患があるわけではない。眼に疾患があればクロードはすぐ気付いたはずだった。

 ならば外部に眼を晒す事に問題があるのか。

 だからと言って眼帯でわざわざ隠す必要はない。ずっと家の中にクロード置いておけばいいのだから。


 喋れないのではなぜなのかを問う事も出来ない以上、大人しくされるがままになるしかないのだった。

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