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騎士と姫君  作者: ももてん
第一章 ひとが空に祈るとき
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4 剣技大会、始まり(2)

★改稿しています★修正前を読んでくれた方、ごめんなさいです。

「――この勝負、もらいました」


 長剣を構え、不遜に笑ったクリスは目の前の男に向かって駆ける。そのまま相手の男が振りかぶった剣をはじき返すと、互いの得物がきらりと瞬く。

 傾く夕日の中で、観衆はかたずをのんで対峙する剣士たちを見守っていた。

 相手の構えが崩れる隙を狙い、クリスは一気に相手との距離を詰めた。その柄で相手の剣を叩き落とすと、そのまま彼女は男の足を払い、地に伏させる。

 弧を描いて落ちていく長剣がクリスの顔めがけて迫るが、彼女は慣れた動きで体をそらした。わずかに切られたクリスの暗灰色の髪がふわりと風に舞った。

 そして得物の鋭い切っ先を、相手の首もとにぴたりと付ける。

「僕の勝ちです。……降参してください」

 観衆が沸いた。



「勝者、クリス・シーヴ!」



 剣技大会の一日目が終わろうとしていた。

 見事に試合に勝ち残り続けたクリスは、観衆の声援に応えるように長剣を空にかかげた。

 どっと押し寄せる人々の声に、紅く美しい夕日を帯びたクリスの剣は誇らしげに輝いた。


 ――その瞬間、不自然に剣が光りを帯びた。


「え?」

 クリスは思わず目を瞬く。

 戸惑いながら長剣を見やるが、その様子は先ほどとなにも変わりなかった。固まったクリスに、どうかしたのかと審判が声をかけた。

「いえ、……なんでもありません」

 苦笑しながら、クリスは軽く手をふりその場を後にした。手にしていた長剣を、すらりと腰もとに戻した。

 ――見間違いだったのだろうか。

 確かに、白く淡い光が剣の先に宿ったように見えたのだが……。


「お疲れさーん」

「リュオ」


 闘技場を出ると、観衆席の端っこでリュオがひらひらとこちらに手を振るのが見えた。

 タオルを投げてよこした彼は満足そうに、しかしどこか悔しさを残した顔で笑った。

「やっぱ俺の思った通りだ。お前って強いよな」

 リュオは二回目の試合で敗退していた。噂の『第六の騎士』にあたったらしい。

 クリスはぎりぎりまで他の試合に出ていたため最後しか試合の様子を見ることができなかったが、二回目の試合にしては結構苦戦したらしい。

「あいつ、なかなか良いヤツだったよ。ガウノが言った通り、結構ツラもいけてるやつだったな」

 思わず笑っちまったよ、とリュオは楽しげに言った。

 ガウノは同僚の騎士のことだったが、従騎士時代、第六の騎士に彼女と取られちゃったというかわいそうな騎士である。

「第六のは、ランドルフ家の三男坊らしい」

「ああ……じゃあ普通に美男子じゃない。たしか次兄が近衛騎士に居たと思うけど」

 ヴァレリオルには王立騎士団とは別に、国王陛下の御身を護る近衛騎士が存在した。

 王立騎士団が王国全体を護る役目をつかさどるのに対し、近衛騎士は国王陛下の身の安全のみを護る役を担っていた。彼らは国王専属のため剣の腕はもちろんのこと、美しい容姿を持つ者ばかりで構成されていた。だが剣技大会や月光祭といった祭典が無い限り、めったに城からは出てこないのであった。

「国王席のまわり、見たか? さすがは近衛騎士だなって俺感心しちまった」

「え、ああ、そうだね」

「とくに陛下の隣に控えた、あの近衛の騎士長! 白銀のセシリス・ロゼ・シャルレ! 俺ぁ一度でいいから、あんな顔に生まれてきてみたかったぜ」

「はは、そうだね……」

 王都中の女をはべらす想像でにやつくリュオをよそに、クリスはきまずさを覚えていた。

 今日一日、彼女は国王席のほうは一度も見なかった。

 いや、とてもじゃないが見る気になれなかったのだ。

 国王席は神子席とは違い、陛下のはからいで民衆たちにその姿が見られるような構造になっていた。

 コアな国民は『天体用の望遠鏡』まで持ち出してこようとするほどの国王人気、近衛人気であったが、クリスはシャルレ近衛騎士長に対し、従騎士時代にやらかした件での引け目を感じていた。

 近衛騎士長に剣で挑む従騎士なんて、馬鹿みたいな話だった。あのころはまだまだ若かったのだ。


「そ、そういえばリュオ。お前なんで試合中によそ見なんてしたんだ?」

 話を戻すクリスである。

「え、ランドルフの野郎との試合?」

 クリスは頷いた。彼女が見たのは本当に試合の最後であったが、リュオが途中で不自然なよそ見さえしなければ、もしかすると勝てたのではと思っていた。

「ああ……、観衆席でマリーを見つけてよう。思わず手ふっちまったんだが……。俺もあれがなければ絶対勝ってた気がするんだけど」

 お蔭で相手の剣を受け止め損ねたのであった。

「見ろよこれ、あいつのせいで一張羅がへこんじまった」

 リュオは大げさに、少しへこんでしまった鎧の胸甲板を指差した。

「マリーちゃん、喘息良くなったの?」

「まあぼちぼちかなあ。ほとんど一生治んないらしい。つかさ、俺はあんだけ人ごみには行くなって言ってたのによ」

 リュオは愚痴っぽく言った。

 マリーはリュオが別段かわいがっている妹である。

 次男として生まれたリュオだが、兄弟姉妹の多いエイセル家では、上から下までは結構歳が離れるのだとか。末っ子で、しかも病弱な妹とくれば可愛くないはずがないリュオであった。

「なら、実家に手紙なんて送らなきゃよかったじゃない」

「俺は近況報告のつもりだったの。それに、妹たちには騎士として頑張るカッコイイお兄ちゃん、て思われたいじゃん。だろ?」

「う、うーん」

 なんだかんだ家族仲の良いエイセル家に対し、実家に手紙を出すどころか、長女は音信不通というシーヴ家である。

「お前もたしか、病気の妹が居たよな」

 観衆にまぎれて見知らぬ剣士たちの試合を眺めながら、リュオが言った。あたりは陽がくれてしまったため松明がたかれ、火がゆらめいている。

「うん」

 クリスは頷いた。

「でもこっちは、リュオほど仲よくないよ。喧嘩別れしたきりになっちゃって」

「なんだ反対でもされたのか、従騎士学校の特待生さんだったのによ?」

 リュオはからかうように言った。

「え、おまえ、なんでそれ知ってるんだよ!?」

「……。知らねえの? おまえ相当有名だったぜ」

 クリスは知らぬところだったが、当時、名も知れぬ田舎からぽっと出の従騎士特待生の『少年』は、上級生、そして下級生の間ではちょっとした語り草になっていた。

 学問は当然のことながら、臨地実習でもかならず好成績を残したという少年は、いずれは騎士中隊あるいはそれ以上の出世をするだろうと期待されていた。

 下級生だったリュオにとっても、かつての従騎士の少年の姿は、憧れと羨望の――。


「もう昔の話だよ」

 そして第七小隊という弱小隊に配属が決まり、五年が経った。ちょうど肩下ぐらいの防護壁にもたれながら、クリスは言った。

 松明がゆらゆらと揺れる下で、試合中の剣士のひとりがひざまずく様子が見えた。勝敗が決まる。

「僕にも出世の夢はあったけど、あの時はただ若かったんだろうなって」

 ぽつりと言ったクリスに、リュオはなにも言わなかった。

「なあリュオ、僕は第七小隊も結構気に入ってるんだ。弱小隊がなんだっていうのさ。あんなふうに馬鹿やれる隊は他にはないよ」

 いつも賑やかで、ときには真面目にもなる同僚たち。

 アシルはそんな第七の騎士たちにいつも頭を悩ませているようだったが、隊長のデュランもそんな騎士たちを温かく見守っているようだ。

 幼かったクリスは、自分がどこまでも高みに登っていける存在だと信じてやまなかった。

 平民でも首席でいれば出世の道はある。いずれは幼なじみのアシルを越えて、中隊入りしてたくさん稼いで、妹のアネットをもっと良い薬医師にみせて。

 だが、現実はそんなにあまくないのだとクリスは知った。

 ――わたしが女だから?

 女であることを偽った罰なのだろうか。

 いや、これはそういう運命だったのだとクリスは小さくかぶりを振った。



「らしくねえな」



 めずらしく怒ったような声が隣からかけられ、クリスが顔をあげる。

「え……」

「クリス、俺はそんなお前を追いかけて第七に来たんじゃねえぞ。今だから言うが、いいか、お前は俺の憧れの騎士だった」

 リュオは覚えていた。

 初めての討伐実習で、騎士たちに紛れて向かった洞窟の中で。

 経験のない従騎士に関わらずひとり先走ったリュオは、一匹の魔物に襲われた。討伐実習といえど、運が悪ければ命を落とすことがある。

 腰を抜かして動けなくなったリュオは、これが自分のなさけない最期かと覚悟したとき、


 ――危ないよ、後輩。隊長の指示にはちゃんと従いなさい。


 獣に切り裂かれるはずの自分の身体は、傷一つなかった。リュオが次に目を見ひらいたとき目の前には横たわる獣の姿と、返り血を浴びた一人の従騎士の姿。

 ――……あんたが切ったのか。

 ――誰かが腰を抜かしたおかげでね。きみ、何年生?

 淡々と質問しながら返り血をぬぐう少年に、リュオはぞっとするものを感じた。自分のまわりの生徒と比べ、あまりにも戦いに慣れ、そしてあまりにも冷静すぎる少年だった。

 リュオにとって、それがクリス・シーヴとの最初の出会いだった。





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