3 剣技大会、始まり(1)
★改稿しています★修正前を読んでくれた方、ごめんなさいです。
雲ひとつ見えないほどに晴れ渡る日だった。
「おい、こっち来て見てみろよ」
クリスとリュオがようやく闘技場にたどり着いた頃には、観衆席はすでに埋め尽くされていた。
同僚に促されるままクリスは階段をのぼりきると、石柱の向こうへと身を乗り出す。その腰もとに穿いた長剣がかちりと音を立てた。
ぶわりと光が押し寄せ、一瞬だけ彼らの視界が奪われる。
その先に広がっていたのは円形に切り取られた空と、老人、若者、うら若き娘たち――年代も様々な者たちの喧騒だった。
王都にはこんなに人がいたのかと驚く一面である。
闘技場は王城の敷地内に建てられており、市井の者にとっても王城に入れるまたとない機会だった。よくよく見ると、簡易的な料理を売り歩く者や、こんなところで露店を広げようとする者もいた。
「賑やかだな」
「みろ、あそこ」
リュオが遥か下のほうを指差した。
そこに居たのは先日間近で見た、あの漆黒の騎士の姿であった。いまは遠目であっても変わらず獣のような男の威圧を感じ、クリスは背筋が冷えるような感覚を覚えた。
「大隊長だ。 俺たち間に合ったな、これから宣誓らしいぜ」
「遅刻するかと思った」
あきれ顔のクリスである。
集合時間ぎりぎりの二人はすぐに控室まで出場順の確認に向かわねばならなかったが、クリスもリュオも、レイオッドの立ち姿から目を離せずにいた。
やがて闘技場の中央で、レイオッドが口火を切った。
「――剣を携えし者よ! 謙虚、そして誠実であれ!」
闘技場中、いや王都中にひびくような声だった。
「贅沢な魔道具の使い方だなぁ」
リュオは目を見開きながら感心していた。さすがは国王主催といったところか、レイオッドの声は特殊な魔道具によって音が増幅されているようだった。派手な演出だ。
「ああ」
クリスは言葉を返すことしかできなかった。
全身で自分の鼓動を感じていた。緊張と恐れと、そしてほんの少しの喜びの感情が彼女の中でおどっている。
「すごいな……」
冷えた風がクリスの頬を叩いていく。かつて夢見た現実が、目の前にあるような気がした。
そして漆黒の騎士レイオッドが、その右手をなぐ。
裏切ることなく、欺くことなく、己を高めよ!
己が民を守る盾となり主の敵を討つ矛となれ!
剣を携えし者よ、その誇りを忘れることなかれ!
「これをもち、剣技大会の幕を開く宣誓とする!」
「――――――――!」
波のような歓声が押し寄せ、場内の空気がびりびりと震えた。
◆・◆・◆
レイオッドから直々に剣技大会の出場資格をもらい受け、はや幾月。
クリスたちの中では、いつの間にか『ていのいい昇格試験』などという考えはすっかり抜け落ちていた。それよりももっと深刻そうな事態におちいっていた。
「今年の月光祭のメインは、剣技大会の翌日らしいな」
同僚のひとりがそう言ったのが皮切りだった。
月光祭というのは、ヴァレリオルの王都で開かれる秋の大祭のことであった。毎年秋になると、大地の恵みに感謝する名目として盛大な祭りが開かれるのだ。
そして今年は剣技大会と時期が重なっているため、さらに大きな祭典となることが予想された。王国中の人々が王都ロイジェスに集まり、他国からも多くの客人が招かれるだろう。
しかしぶっちゃけた話、青年騎士たちにとってはそれはどうでもいいことなのである。
月光祭は別名、恋人たちの祭りと呼ばれ、とくに祭りの最後に行われる『禊の焚き火』は一年でもっとも男女が恋人になれる率が高まる瞬間であると知られていた。
「まじか、こりゃあ盛りあがるぜ。ああもちろん俺の愛の物語がな」
「キモいんだよてめえ」
「それはいいけど観衆の数も凄まじいだろなあ。久しぶりに第七にも登城命が下るんじゃねえのか」
「久しぶりのまともな任務ってわけだ、こんな日によ」
「ええええ俺、もうデートの約束しちまったよ!」
「け、一人で抜け駆けしようとするからだばーか」
「てか、第六のやつらも出場登録したらしいな。ほらあの一番でかいデブ……」
「まじ? ここだけの話、俺的に『あいつだけは好きになれない騎士』ぶっちぎりの一位だぜ」
「月光祭の日に彼女を寝取られたからだろ? だっせえやつ」
「まあ、あいつ言うほどデブじゃねえよな。俺結構、あいつの筋肉憧れてるけど。男の嫉妬はみにくいよなー」「なー」
「なんだよお前ら」
「……じ、実は俺も従騎士のとき、うっうっ」
「おおよしよし、泣くな。つかお前ら、もしかして第六のイケメン騎士のこと言ってる?」
「そういえば聞いたことがありますね。小隊にしては珍しく美麗な騎士がいるって……」
「うるせえクリス! その口をたたっ斬るぞ!」
「ちょ、僕そんなひどいこと言いました!?」
「てかよう、クリスもリュオもわかってんだろうな?」
「「え?」」
「おまえら第六ごときの前で無様な負けっつら見せてみろよ。まじ張り倒すからな!」
「だからお前、いい加減彼女のこと諦めろって」
「うるせえ引っ込んでろ」
「あ、おまえ酒飲んでるな。まったくよー」
「そうだそうだ。俺たちにも第七の意地ってもんがある」
「絶対に勝て。あいつだけには死んでもいいから勝て」
「むしろ負けたら八つ裂きにしてやる」
「いや、それ騎士的にどうなんだよ」
「一週間パシリの刑でもいいな」
「あ、それいいなあ」
「「え、ちょ、……え?」」
「おまえら、当日は夜明けとともに宿舎前に集まれ! 円陣組んで気合入れるぞ!」
「「「「おおおおーッ!」」」」
「「えええっ!?」」
いつの間にか第七小隊の騎士たちにとって、剣技大会は『長年の好敵手』である第六小隊との、意地の張り合いの場と化していた。当日、クリスとリュオは同僚たちに熱い叱咤激励を受け、闘技場へと送り出されたのだった。
「いまどき円陣とか、無いよなあ……」
今朝の出来事を思い出すと、なぜか疲れた顔になるリュオだった。
「僕、あんなに団結した第七小隊を見たことが無いよ」
と、同じくクリスである。従騎士あがりの弱小隊といえど、第七小隊もやはり男くさい集団であることに変わりないのであった。
「ま、今日はあいつらが居ないことが唯一の救いだ。試合中みょうな圧力かけられちゃたまんねえよ」
リュオは肩をすくめてみせた。
大祭の間は第七小隊も王都内の警備にあてられ、クリスたちだけが特別に免除されていた。おかげで身内にやじを飛ばされることはないのだが、宣誓式の様子を見るに、拡声効果のついた魔道具はそこかしこに設置されているだろう。
試合に負ければ、一瞬にして同僚たちの耳に届く。それもそれで嫌なプレッシャーだった。
いまは見えぬ同僚たちに多少の意欲をそがれながら、クリスとリュオは闘技場の二階にあたる、ひんやりと日陰になる回廊を歩いていた。
出場順を確認したはいいものの、そのまま剣士控え室にいるのは息がつまったのだ。
そこでは、すでにお互いの腹の探り合いという戦いが始まっていた。なんとか相手の戦い方を探ろうと誰もかれもが躍起になる姿に、クリスたちはげんなりと肩をおとしていた。
すべての出場者がこうではないと思うクリスだが、なんせまだ第一試合が始まったばかりである。出場する人数が多すぎるため、開会式の行われた第一闘技場とは別に第二闘技場まで使われる有様だ。
剣技大会は予定では二日にわたって行われ、これから徐々に出場者はふるいにかけられていく。
それでも『戦い』を鑑賞するのが好きな者は、好きなのであった。
「ちくしょう、俺もアリーナ席で見てえなあ」
名残惜しそうに、リュオは闘技場の特別席をひたすら眺めていた。
特別席に座った者は一枚の壁をへだてて、目の前に剣士たちの姿を見ることができるのだ。だいたいは大手の商人や議員といった、ある程度の地位のある者にとられてしまう席だった。
そのさらに上の立場の者には貴族席、王族席、国王席などが用意されていた。
そして唯一ヴァレリオルにだけは、国王席の上をいく特別な席があった。
「神子の席、か……」
クリスは真正面のはるか上にある場所を見て、そっとつぶやいた。
視線の先にある、薄い幕が幾重にも垂れるその席は、どこか異質さをかもしていた。
あの向こう側に神子がいるのだろうか、とクリスは思った。
顔も姿も見たことがない人を考えるのは、なんだか現実味のないことだった。だが、この大会の優勝者はそんな神子の護衛役に叙されるのだ。途方もなく名誉で、いまいち想像ができない褒賞であった。
「……そろそろ行くか、リュオ」
神子席から目をはなし、クリスは闘技場に背をむけた。
二人とも例によって別の闘技場にあたったものだから、そろそろ向かわないと順番に間に合わなくなる。
「俺、五番手だったなあ。なあクリス、お前は何番目になったんだ?」
「六番手だった」
「うむむ……見れないこともないか」
頭をかかえるリュオである。
そうまでしても他人が戦う姿が見たいらしい。クリスにはあまりわからない世界であった。
「まあ、さくっと初戦をこなしてくるか」
やがてその場に居直ったリュオは、不遜な笑みを浮かべながら右手をかかげた。
「負けるなよ、クリス」
「そっちこそ」
二人はそれ以上はなにも言わず、互いの手を力強くはじいた。
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いろいろと適当すぎてごめんなさいという感じ!