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騎士と姫君  作者: ももてん
第一章 ひとが空に祈るとき
3/24

1 昇格の好機(1)

★改稿しています★基本的な流れは変わりませんが、ちょっと追加された部分があります。読んでくれた方、ごめんなさいですm(_ _m)

 古来より、このヴァレリオル王国にはある神子の言い伝えがあった。

 言い伝えによると千年ほど昔、この地が崩壊の危機を迎えたとき、神子シェリフィーネは月の神の力を借りてその危機を収め平和を取り戻したのだという。

 残念ながら、この世界にはその詳しいところを知る者は少ない。

 現存する記録はそのほとんどが神子や月の神についてを抽象的に語ったものであるため、崩壊の危機とは何を示していたのか、神子シェリフィーネとは何者であったのか、それらは謎に包まれているのだ。

 だが、それがなお一層の神妙さを感じさせ、人々は月の言い伝えを語り継いでいった。左手に聖なる印を持つ、美しい金色の神子の物語を。その者が、ある恐ろしい予言を残したということを。

 それは、大陸に再び混沌が訪れることが詠まれたものだった。

 そして、左に聖印を有する者が、月の加護を受ける者に導かれ再びこの地を救うだろうということも。


 だが気の遠くなるほどの時の中で、人々は次第にこの予言の意味を取り違えていった。

 この国に残ったものは、十数年に一度、成人を迎えた王族の娘を『神子』として月の神に使わす儀礼のみ。神子の血を引く末裔を神に捧げる限り、この国には平穏が続くとされるのだ。

 人々は今日も、国の象徴とされる“月”と“神子”に祈りを捧げる。


 その真実を、知ることはなく。




 ◆・◆・◆




「剣技大会?」


 練習用の木剣を構えながら、思わずクリスは目の前の人物に問い返した。

 その先に居るのはクリスと同じように木剣を構える同僚の青年、名はリュオという。そして周囲には、また同じようにして剣を構えた幾人もの男たちが、互いに向き合っている。

 ふわりと心地よい風が吹き渡り、芝生や草花を揺らした。ヴァレリオル王国騎士団、第七小隊の鍛錬時間であった。


「――始めろ」


 小隊長の声をかわぎりに、彼らは一斉に駆ける。

 互いの剣を組み交わす硬い音が辺りに響いた。木剣といえど彼らが振り下ろせば簡単に骨が折れるほどの威力がある。だがそれも、どこか惰性を含んだものであった。

 無理もない。

 第七小隊は別名『弱小隊』、平民出身者が多く所属するこの小隊は、いまだに実戦に投じられることなく、こうして鍛錬ばかりを重ねていた。

「そそ。クリスさ、それに出てみたら?」

「リュオ。お前、わかって言ってる?」

 いつものようにリュオの剣を受け流しながら、クリスはあきれ顔になった。

「なにが?」

 リュオと呼ばれた青年は不思議そうに聞き返した。

 二人の間では木剣が互いを押し合いながら音を立ててきしんでいる。相手が剣をなぎ払うと同時に、クリスは素早く後方へと飛びずさった。

「僕たちは騎士だ」

「ああ、うん。それが?」

 何をいまさら、とまったく悪びれない様子で剣を振るう彼に、クリスは言葉を続けた。

「あのな。お前は本気で、仕事を放りだして――」

 言いながら剣を振るう速さを上げていく。リュオは冷静に後退しながらそれを受ける。

「大会なんかに出ていいと思ってんのか!?」

「おいおい、なにムキになってんだよ?」

 木剣のぶつかり合う音が連続して響きだし、それに気づいた幾人かの一人が彼らを見やった。

「あいつら凄ぇよな、……懲りずにまたやってら」

 もはや互いに向き合った二人は笑みを消していた。

真剣な表情で剣を打ち合う。そしてひときわ力を込めて、クリスが剣を振りかぶった。

「ムキになんてなってない!」

「なってるじゃねえか、お前こそいつまでも訓練続きでうんざりしてるんだろ!」

「してない!」

 力を込めて剣をなぎ払うと、「あ、しまっ……」リュオが焦ったような声を出した。次の瞬間、彼の脳天に受け損ねたクリスの剣が直撃し、ひどく鈍い音を立てた。


「たぃ……ってぇえっ!!」


「あ。ごめん、つい本気になって……」

「いてて……くそ……!」

 リュオは木剣を放り出すと頭頂部に両手を回してしゃがみこんだ。

 大丈夫か、とクリスが手を差し出すと、突然「ああ、俺は本気さ!」と拳を握りながらリュオが勢いよく立ちあがった。「うげっ」クリスの顎に彼の頭が直撃した。

「あ、すまーん、ついな」

 リュオはわざとらしく笑いながら言った。

 そして彼が、顎を押えて悶絶するクリスをしたり顔で覗き込んだ隙を狙い――クリスは顎から手を離すと彼へと殴りかかった。

「このやろう!」

「ちょ、危ねぇ! お、お前だってさっき俺の頭ぶん殴ったじゃねーか!」

「お前こそ卑怯な真似をするな!」

「これは拳技ってんだ、拳技」

「おまえはいつから頭が拳になったんだよッ」

「るせえッ」


「てめぇら! 遊んでねぇで真面目にやれ!!」


 とうとう小隊長からの怒声が落ち、二人はぴたりと動きを止めた。ちょうど互いに蹴りと拳を繰り出そうとしたところだった。


「「…………」」


 そして無言で辺りを見回してみると、他の騎士たちはみな、あきれかえった様子でこちらを見ていた。じわり、と二人の額に汗がうかぶ。

「で、ではクリス殿。拳技はここら辺にして、そろそろ剣技の続きをいたしましょうか」

「そ……そうでありますね、リュオ殿」

 互いにぎこちない笑みを浮かべながら、二人はいそいそと地面の上に転がる木剣を拾いに向かった。



「ほら、これ見ろよ。このコブどうしてくれんだよ?」

 つい先ほどクリスの木剣を受けてできたコブを指差し、リュオはクリスに詰め寄った。

「これで泣く女の子が増えるんだぜ? お前最悪だな」

「誰が泣くっての? ここ連れてきてみろよ。それに僕だって、ほら」

「うわ痛そぉ……俺、さすがに小隊長の鉄拳だけは受けたくないわぁ」

 クリスの頭に主張しまくるタンコブを見て、「あの人鉄甲つけたまま殴るんだよなあ」としみじみと言うリュオであった。

 あのあと二人は小隊長デュランに呼び出され、こってりと絞られたのだった。問題児二人である。いまはその帰りだったが、二人とも色々と疲労しきったお蔭で騎士宿舎に直帰する気が失せていた。

「てか、お前さ。……なんかあったの?」

「え?」

 のらり、のらりと宿舎に戻る途中でリュオが言った。

「今日の鍛錬、お前にしちゃえらく気が立ってたじゃん」

「あー……うん。ごめんさっきは悪かった」

 知れず同僚に八つ当たりしてしまったことに、クリスは気まずい顔になった。デュランからも『いつものお前らしくない』と言われたばかりであった。

「わかった! さては女に振られたな? だから苛々してたんだろ、だろ?」

「はあ?」

 突然、合点がいったようにリュオが手を打った。かと思うと、にやにやと嫌な笑みを浮かべるものだから、クリスは思わずこの同僚に蹴りを入れた。

「お前と一緒にするな」

「いでっ」

「……最近眠りが浅くて。ちょっとまいってるんだ」

「眠りが浅い? まじかよ、俺そんなことで今日殴られたの?」

 茫然とする同僚を前に、クリスは肩をすくめてみせた。

「まあ、なんか心当たりでもあんのか?」

「心当たりというか、変な夢を見るんだ」

「えー、夢ぇ?」

 何故かにやにやと笑うリュオだった。

「おい、なんか変なこと考えてないか? 断じて女がらみじゃないぞ」

「え? いやいや、滅相もない。――で、どんな夢だって?」

「よくわからないけど、人が消えていく夢で……毎回、同じ人がだんだん闇に溶けて行って」

「ふーん、なんだそりゃ」

 隊長の執務室から宿舎へ続く廊下は、しんと静まりかえっていた。遠くのほうから食堂で騒ぐ同僚たちの声が聞こえる。

 夢にみる闇はこれよりももっと暗く、さらに陰湿だ。そしてクリスは何もない空間に手を伸ばし、ひとり取り残されるのだ。そんな夢だった。

「また陰気な内容だねぇ。それっていつからなんだ?」

「ひと月ほど前から」

「うわぁ……お前さ、占い師にでも見てもらったほうがいいんじゃないか? 絶対なんか憑いてるだろ」

「おい、不吉なこと言うなよ」

 お化けのマネをしてリュオが茶化した。

「冗談だよ。それかあれだ、お前なにか不満でもあるんじゃないのか?」

「不満……? たとえば?」

「無意識にいまの生活に嫌気がさしてるとか。クリス、お前ずっと小隊のままだからさ。俺がここに来たときにはもう居たから、三年はここにいるだろ?」

「……五年だよ」

 クリスはうなだれた。

「ああ……すまん。ま、そう気を落とすなよ。だから俺は剣技大会の話を教えてやったんじゃないか」

「お前、まだ言ってたのか」

「まあ、話は最後まで聞け。剣技大会はな、国王陛下がお考えになられたものなんだ」

「陛下が?」

「そう」

 リュオは神妙な顔つきでうなずいた。

「実はお前に聞かせたかったのは、ここからなんだ。大会を告知するとき、陛下は大会に優勝した者を“月神の神子”の護衛役にしようと仰った」


 参加資格は王国の民であること、そして剣を携える者であること。


 だが王立騎士団がならず者に負けるわけがなく――というよりも騎士団がそれを許さないだろう――、つまり剣技大会にかこつけたていのいい昇格試験だった。

「優勝すれば自動的に昇進だぜえ」

 小さくガッツポーズをするリュオだった。

 平民出身の彼には、こういった機会がないと小隊を抜け出せないのだ。それはクリスにとっても同じことだった。

「……神子ってことは、それってシェリフィーネ様のことを言ってらっしゃるのか?」

「そそ」

 シェリフィーネ様と言えば、王城の敷地内にある聖堂で神子として国に仕える人の名だ。

 なにやら神子は非常に謎の多い人とのことで、その噂の通り彼女はあまり人前には出ず、国民の間ではその姿を見たものはほとんどいない。

 彼女は左手に聖印を持ち、その力で民に聖なる祝福を施すのだとか。

 歴代の神子のなかでも相当な美人と噂される彼女だが、騎士団に所属して五年がたつクリスでさえ、未だに一度もお目にかかったことのない幻の存在だった。

「そんな方をお護りできるとかさ、騎士の夢だよなぁ」

「まあ、今この国にはシェリフィーネ様以外に姫と呼べる方もいないしな」

 神子は国王陛下の娘であり、フェリクス第一王子殿下の妹君と言われている。他の国王の娘はすでに隣国に嫁いでいるため、実質彼女のみが王国の姫と呼べた。

「まてよ。そんなんだったら、隊長クラスの誰かが優勝して終わりじゃないか?」

「ああ。それが大会参加者は騎士の場合は『騎士中隊以下』らしいんだ。上層クラスは出てこない」

「ふうん」

 そういうのは隊長クラスの役目だと諦めていたクリスだったが、珍しいこともあるものだと感心した。

「まあ、騎士や国民の活性化を狙ったことらしいぞ。ここ最近、ずっと平和続きだからさぁ……」

「ああ。そういうこと」

 神に愛されしこの国には、その名のとおり魔物もたいして出ないのである。

 騎士たちが城外に派遣されるときと言えば、式典だったり山賊や海賊の討伐目的だったり、そんなものだ。第七小隊の惨状から分かるように、自然と騎士たちの仕事も減るというものだった。

 だがいきなり『神子の護衛役』というのは、いくらなんでも太っ腹すぎる。

 もしかすると、神子の護衛役というのも単なる言葉だけで、実際は聖堂前の警備兵とか、そんなものなのかもしれない。それでもクリスにとっては惹かれるものがあった。王城内の勤務になれば、給料も今より破格のものになるだろう。そうすれば……。

「俺もお前も、もう小隊の訓練内容は緩すぎて合わないしな。お互い、そろそろ上に登ろうぜ」

 どっちが勝っても恨みっこなしだ、とリュオは笑いながらクリスの背中を叩いた。






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