11 通達と告白と(3)
王城の地下墓地というのは、歴代の王族たちが埋葬されている王墓を指していた。王城の敷地内とはいえ墓であるのだから、滅多に人が近寄ることはない。人目を避けるには納得のいく場所ではあったが……。
「いったい、あの人は何を考えているんだ……」
クリスは緊張した面持ちでその場に立ち尽くしていた。
目の前には古びた石造りの建物があった。月をモチーフに細やかな彫刻がほりめぐらされたこの建物は、地下墓地へと続いている。
だが、森に囲まれたうえに辺りがすっかり夜になったこともあり、何かおどろおどろしい雰囲気をかもしだしていた。
「お待ちしておりました、クリス・シーヴ」
「――ッ!!?」
唐突にかけられた声に、クリスは飛び上がった。振り返ると、にこやかに笑みをたたえた近衛騎士長の姿があった。
「意外と遅かったですね」
「……一度、騎士宿舎に戻りましたので」
これぐらいの反論は許してほしい。
まさか王都で馬を走らせるわけにもいかず、王城から騎士宿舎までをまるまる徒歩で往復する羽目になったクリスだった。
新手の嫌がらせのようなシャルレの仕打ちに、クリスは胡散臭いものを見る目つきで彼を見やった。
「おひとり、なのですね」
「ええ、従者は置いてきましたよ。あまり警戒しないでくださいますか」
(警戒するっての……!)
だいたい、こんな場所に呼びつけて置いて安心しろというほうがおかしいだろう。
クリスが何も言わず押し黙っていると、彼は続けた。
「あなたの試合は見させていただきました。あの男を相手に善戦するとは見事でしたよ」
「光栄です」
まったく嬉しくなさそうにクリスは言った。
「褒めているのですよ、シーヴ。あの男は元々暗殺を生業にしていたのです。その辺の下級騎士が勝てる相手ではありませんよ」
下級騎士、と言われてますます喜ぶ気になれなくなったクリスだった。これだから、この男のことは苦手だ。
だが、なぜ彼はこんな裏話をベラベラと話すのだろう。クリスは無意識に右手を握りしめ口を開いた。
「レイオッド閣下より話は伺いました。あなたが、シェリフィーネ猊下の護衛役に自分を推薦してくださったのだと。………いったいどういうおつもりですか」
「やれやれ、私は嫌われたものですね」
シャルレは口もとに手をあてて、わずかに首をかしげてみせた。その麗しい姿は王都の娘たちが見れば喜ぶだろうが、彼の得体のしれなさを知っているクリスには何も魅力的に映らなかった。
「もちろん私にも考えがあってのことです。まあ、手放しで喜ばないところを見ると、私もあなたを推した甲斐がありましたね。ではついて着なさい、シーヴ」
さらりとクリスを横目で見ながら地下墓地へと足を進める彼をみて、クリスは「え?」と目を瞬いた。
「あなたに王国の秘密を見せてあげましょう」
薄く笑った彼の顔に、胡散臭い話だ、と思いながらクリスは彼の背中を追った。
◆・◆・◆
建物の階段を下りきると、そこは薄暗くじめじめとした空間が続いていた。
石を荒くけずり出したような通路は、クリスとシャルレがようやく立てるような高さしかなかった。壁にはなんらかの意味をもつ彫刻が施されている。そして奥へと伸びる通路には一定の間隔をあけて小さな松明が灯されており、火が揺らめくたびに壁の彫刻がゆらりと表情を変えた。
「この松明、魔法なのですね」
なんとなく手をかざしてみたクリスは、前を行くシャルレに向かってそう言った。火の熱さがまったく感じられない、不思議な明かりだった。
「ええ」と、シャルレが短く答えた。
「ヴァレリオルの宮廷魔術師が作ったものです。彼の魔力が尽きない限りは、この焔は永遠に消えません」
「そうですか」
会話する声が反響して聴こえる。
洞窟のような空間は、さらに奥へと繋がっているようだ。一部だけ崩れかけた場所を避けてとおり、クリスは壁に手をついた。すると、
「ああ、そこの壁には気をつけなさい」
「は――って、ええッ!?」
ひゅん、と風を切るような音を聞いたかと思うと、すぐ真横を巨大な斧のような刃物が通り過ぎて行った。口をぱくぱくと動かして驚愕するクリスを横に、シャルレはにこりと微笑んだ。
「侵入者避けの魔法も効いていますからね」
「さっ……最初に教えてください!」
「わざと避けて歩いているのですから、それぐらいは教えなくとも大丈夫かと思いまして」
シャルレのわざとらしい言い方に、クリスは言いようのない怒りを覚えた。
そして地下墓地の前に見張りがいなかったのは、この『侵入者避け』があるからなのだと理解した。でなければあっという間に墓荒らしの餌食になる。
(でも、どうやってこの人は見分けてるんだ……?)
クリスが目をこらしてみても、罠が置かれた場所はまったく分からない。
もともと目がいいほうではないクリスであるが、この白銀の男がどうやって罠を避けて歩いているのだろうかと疑問を感じる。普通に歩いているようにしか見えない彼に、さすがは近衛騎士を率いる人なだけはあるとクリスは末恐ろしいものを感じていた。
やがて二人は狭い通路を潜り抜けたかと思うと、やたらと天井の高い空間に出た。
左右に向かい合って鎮座した彫刻の像の向こうには、いくつもの石碑が並んでいた。どれも同様に薔薇十字のような装飾が乗る形になっている。辺りには小さな花々が咲きみだれ、夜にも関わらず、差し込む月明かりがその光景を幻想的に照らし出していた。
「ここは……」
「過去の神子、シェリフィーネたちが眠る場所です」
「神子シェリフィーネたち」
クリスはつぶやくように言った。
神子という存在は、貴族にとっての爵位のようなものだとクリスは知っていた。建国して千年近いヴァレリオルには何人もの神子が存在したと、従騎士のころ歴史学で学んだ覚えがある。
だが同時に、奇妙な違和感に気付いていた。
「シェリフィーネたち、なのですね」
「ええ」
シャルレがうなずいた。
墓石に刻まれた名前は、どれもが『シェリフィーネ』であった。この場所には何百人という神子が眠っているにも関わらず。
ふいに背筋がぞっとするような感覚を覚え、クリスはシャルレに振り返った。
「神子たちには名前がないのですか? おかしいでしょう、全員が全員、同じ名前なんて」
「ヴァレリオル人は、あまりにも無知だ。……私を含めてね」
無感情に言う白銀の男に、クリスは何も言えなかった。
「いまや大昔の話ですが、この王国には神子の伝承が残されていますね」
「……知っています」
いまから約千年前、金色の神子はヴァレリオルに予言を残した。
それは大陸に再び混沌が訪れ、左に聖なる印を持つ者が、月の加護を受けてこの地を救うという謎めいた予言だった。
そして王国は月の加護を失うことを恐れ、十年に一度、成人を迎えた王族の娘を『神子』として月の神にささげている。それが月光祭が行われるようになった経緯だった。
「さすが記憶力はいいですね、首席殿」
「あなたに言われると、貶されているようにしか思えません」
「私の周りの若者は、みなそろって可愛げがないな」
苦笑するシャルレに、他にも彼女のように彼に歯向かう者がいたのかと邪推するクリスだった。
そしてシャルレは続けた。
「伝承はただの伝承です。体のいい言葉に真実から目を背け、人々はなにも知らぬふりをして生きている」
「なにを仰りたいのですか」
比喩的な会話に、クリスは苛立った。
「クリス・シーヴ、ここに眠る彼女たちは全員、本当に『シェリフィーネ』という名なのですよ」
クリスはシャルレの顔を見やった。
感情を持たない翡翠の瞳が、静かに彼女を見おろしている。
「神子に選ばれた者は、その名を代償に強大な力を得るのです。そして王国に繋がれ、その命を削りながら国の平和を願う。……シーヴ、あなたはこの国には魔物が少ないと思ったことはありませんか?」
過去の卒業試験、あのときクリスたち従騎士はわざわざ南端に位置するイスフィリの森に向かった。なぜか? 王都近郊の森では魔物が全くいないからだ。
「あなたは何故、そんなことを知っているのですか」
クリスの心の奥に、ふたたび警戒の文字が浮かんだ。
国王陛下のための近衛騎士というには、彼はこの国についてあまりにも『知りすぎ』ているのだ。クリスは目の前の白銀の男を睨みつけた。
「セシリス・ロゼ・シャルレ……あなたは何者なのですか。神子とはいったい」
「その眼で確かめてごらんなさい」
シャルレが彼女から目を離し、石碑のほうへと顔を向ける。
それに倣ったクリスが神子たちの墓を見つめたとき、彼女は目を見開いた。立ち並んだ石碑が大きくゆらいだかと思った瞬間、轟音のような音をあげながらそれらが崩れ落ちたのだ。
そして、
「魔物……!?」
墓地を掘り返して出てきたのは、魔物のような異形の生き物だった。
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