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#1 「姉と妹」


藤村沙耶香を表現するなら、美人、クール、お姉様。

誰もが羨むくらいの天才タイプである。


だが、プライベートの部分を知らない奴はそう言うが、弟である俺は違う。姉の藤村沙耶香を例えるなら、ナマケモノ。


つまり、外と内では真逆の印象なのだ。確かに成績は優秀、スポーツ万能の超人みたいな存在だが、料理は殺人的、機械系は弄ると壊す、掃除しても何かしら散らかす羽目になる。


普通の人間なのは明らかだ。当たり前なんだけどね。


何が言いたいのかというと、藤村沙耶香の内面を知ったうえで告白なりなんなりしてくれって事。





「なーいいだろ? 紹介してくれよ」


「断る」


しつこく言い寄ってくる男は同じクラスのあまり喋った事もない奴である。

姉さんの話をどこで聞いたのか、俺に紹介しろとうるさい。


「オレとお前の仲だろ」


「……君と喋ったのは今が初めてだが?」


馴れ馴れしいのは嫌いだ。だから俺は絡んで来るヤツとは仲良くなろうとは思わない。


「よし、じゃあ今からオレとお前は親友だ、OK?」


「NO」


「そこはイエスだろー、お前の姉ちゃんに会わせてくれよー、遠くから見るだけでもいいからさー」


こいつの事は知ってる。中学生になってから色んな女子と付き合っては別れるの繰り返しなヤツだ。昨年までこの中学に居た姉さんを知らなかったクセに今頃かよと思う。


姉さんはこの学校でも有名だった。生徒会長だった藤村沙耶香の名前は全校生徒が知っていてもおかしくはなかったと思う。

まぁ、コイツ……秋元はその時、同学年の女子を手当たり次第ちょっかいかけてたみたいだけど。



とにかく、俺の中でのコイツは最低最悪な人間で、知り合いの女子とかは絶対に近付けさせたくないヤツだ。

当然、姉さんを紹介するわけもない。


「頼む、このとおり!」


両手を拝むようにスリスリしながら秋元は言う。


「藤村くん、早く帰ろ」


横から女子の声がする。顔だけ振り向くと、目付きの鋭い、つり目の女子が肩にカバンをかけて立っていた。


この女子、元月真奈とは小学生の頃からの付き合いで、家も近所なので一緒に下校する事も多い。それでも、俺を“藤村くん”と呼ぶのは周りに仲良しだと思われたくないかららしい。


「よぉ元月、オレと付き合う気になったか?」


秋元がニヤリと元月を見る。やはりと言うべきか、元月にも目をつけていたか……。


元月真奈は可愛い。俺ではなく、他の男子の意見だ。黒髪ショートヘアーで凛々しい顔立ちにはっきりモノを言うタイプ。

だから俺は、元月真奈を可愛いではなく、カッコイイクールタイプというイメージが強い。


「毎回断ってんじゃん、いい加減しつこいよ」


「もっぺん聞いたら変わるかなぁって」


「あり得ないから、ほら行くよ」


元月が俺に目配せする。帰り支度は済んでいるから、そのままカバンを持って立ち上がる。


「あ、おい藤村! まだ話は終わってないぞ」


「だから、紹介しないってば」


そのまま歩き出し教室の入口まで行ったところで


「お前ら付き合ってんのかよー」


秋元がからかうような口調で言うが、無視して廊下に出る。

横並びではなく、真奈が少し前を歩きながら


「沙耶香さんのこと、絶対紹介しないでね」


「……ああ」


俺と真奈が小学生からの知り合いなのと同時に、姉の沙耶香とも仲が良い。

むしろ俺より姉と一緒に遊んでいた方だ。

だから、姉さんの家での生活っぷりも知っている極僅かな人だ。


「……あいつに告白されてたんだ」


「…………告白というより、付き合ってやるみたいな態度で絡んできただけ」


呆れてるのか不機嫌なのか、どうでもよさそうな口調でしゃべる。

昔と違って、あんまり話さないから近況の出来事とかはお互い知らない。


「珍しいな、ま……元月が一緒に帰ろう、なんてさ」


「藤村くんが困ってそうだったし、なにより押しに弱そうだったから」


「別に弱くねぇし……あいつに誰かを紹介なんて絶対しない」


「……そ」


その後はお互い無言のまま、昇降口で靴を履き替え、また真奈が先行して歩きながら帰宅ルートに入った。

中学生になってからは毎度のことである。何を話したらいいのか分からず、結局姉関連の話題しかない。

歩く事二十分、十字路の曲がり角の所で真奈が振り返る。


「じゃ、こっちだから」


右方向を指差しながら言うと、すぐに歩き出した。まだ何も言ってないが、右手を軽く上げる程度で別れの挨拶になる。

真奈の姿が見えなくなるまで俺はその場を動かずにいた。




家に帰ると、リビングのソファーに姉の沙耶香がだらしなく寝転がっていた。

俺の帰宅に気付くと、頭だけ動かしこちらを見る。おかえり、とか言うだろうと、ただいま、と言おうとした途端


「カズマってさ、シスコン?」


開いた口が塞がらなかった。

聞き間違えだろうと思い、黙っていると。

姉は再び同じことを言った。


「カズマって、シスコン?」

「違うからね」


即答だった。

何をどう勘違いをしたら、そういう発想に至るのだろうか。

今まででそういう態度を取った覚えはないし、一般的な姉弟として接してきたはず。


「…………そう、か」


何かを考えているように思案顔になる姉を見て、俺は深く溜め息を吐いた。

学校で変なことでも吹き込まれたのだろう。そう結論に至った。

人気のある姉に対して話しかける人は多いのだろう。

色んな話を持ちよりそれに対して真剣に話を聞くもんだから、真に受ける事もたまにある。


「それではカズマの部屋にあった、姉萌え、とかいう本は何だったのだろう?」


「!!?」


私ソンナ本ハ知リマセン。

驚いた顔で固まる俺を見た姉は、再び思案顔になり


「妹萌え、という本もあったからそっちか」


「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおぅううっ」


絶叫した。

俺は頭を抱えながら膝をついた。違うと言いたい、妹萌えは借り物だと。

しかしそれだと、姉萌えは自分のであり、そういう風に思われてしまう。


「私はブラコンではないからな、問題はないよ」


何が問題ないのだろうか。


正直に言おう。確かに姉萌え系の本は俺のだ。しかしそれは欲しくて買ったものではなく、買わされたのだ。ある人に無理やり。

妹萌えの本もその人に預かってくれと渡されたものだ。何でも、その本を妹に発見され、処分しないと口も利かないと言われたからだそうだ。その人はシスコンだが、俺は違う。


それよりも、見つからないようにしまっておいたのに、なぜどっちも発見されたのかが問題だ。

俺は首筋にまで流れる汗を袖で拭いながら姉と向き合った。


「俺はシスコンじゃないからな、その本は友人に渡されたものだ」


極めて冷静に言うと、姉は何かを悟った風な表情で上体を起こし微笑む。


「わかってるよ、カズマはシスコンではない、うん」


そう言うと、満足したのか立ち上がり、リビングから出て行った。

真っ直ぐ俺の部屋へと―――


「ま、ままま待ってくれっ」


動揺を隠せぬまま、俺は姉の後を追った。

急いで部屋のドアを開くと、妹萌え系の本を手にした姉がこちらに振り返ったところだった。

表情は笑顔だが、何か不穏なオーラを身にまとっているかのような、近づき難い雰囲気だった。

固まったまま、姉が横をすり抜けて行くのを見送ると、我に返り再び姉を呼びとめる。


「ど、どうすんだよ……それ」


姉は背を向けたまま


「ちょっと、ね……別に捨てるわけじゃないから安心して」


それだけを言うと、上着を羽織って靴を履くと玄関のドアを開けて出て行った。

バタンというドアの閉まる音を聞くと同時に嫌な予感が頭をよぎった。

姉の向かった先、そこは――――


「元月の家だ!」


叫ぶと、俺は帰宅した時と同じ制服姿のまま家を出た。

左右を見ると姉の姿はすでになく、さっき真奈と別れた十字路まで走った。

真奈が曲がった方向、こちらからは左の方に曲がりそのままペースを落とすことなく進む。

そこでようやく姉の姿を確認した時には、呼び鈴を鳴らすところだった。


元月家、真奈の他に両親と兄貴がそこに住んでいる一軒家。周りの住宅とさほど変わらない普通の家だが、大きい木があるのが特徴ともいえる。新築ではないが、まだそんなに汚れを感じさせないその建物は八年前に建てられたものだ。

まだ小学校低学年の頃だ。その頃からの付き合いなんだなと改めて感じていると、その家のドアが開き、真奈が姿を現した。制服から私服に着替えた真奈を見るのはいつ以来だったか。


「京介は居るか?」


「あ、はい居ますけど……どうしたんですか?」


「家の弟に変なものを渡してくれたからね、返しに来たの」


真奈が姉さんの持っている本を目にして、一瞬目つきを鋭くさせると表情を強張らせ


「わかりました、すぐに連れてきます」


言うと同時に家の中に戻っていった。



数分後、よろよろになりながら、姉さんと同い年くらいの男の人が出てきた。

真奈の兄貴、元月京介だ。いつもかけているサングラスが特徴的で、ちゃんと目を見た記憶があまりない。

まぁ、真奈よりも一緒に遊んだことのある友達とも呼べる人だ。

姉さんとは同じ高校に通っている幼馴染のような関係である。


「沙耶香か、どうした、俺は今忙しいんだ」


「コレを返しに来たの」


姉さんが例の本を突き出す、それを見た京介が身体を震わせた。


「ど、どうしてそれを……」


「弟に変なモノ渡さないでくれる?」


「変なものではない、芸術品だ」


「どこが」


姉がつかつかと京介に接近し、彼の胸に本を押しつけた。

その本を両手で受け取ると、京介は深いため息を吐いた。


「お前にはコレの良さはわからんか」


憐れむように首を振り肩をすくめる。


「別にアンタの趣味には興味ないけど、カズマと真奈ちゃんに変なモノ押し付けないでよ」


「何を言うか、彼は姉萌え属性を持つ素晴らしい弟ではないか!」


ぐ、と右拳を握りしめながら京介が叫ぶと


「カズマはアンタと違ってそんな属性はないの、わかる?」


姉が誰かに詰め寄るところは見たことがない。表情こそ笑顔だが、怒っているような雰囲気を感じる。

しかし、相手の京介は特に気にした様子はなく、普段通りに口元をニッと微笑ませる。

京介の印象は自分勝手、それでもよく分からない自信に満ちたように彼は言う。妹こそ世界一だと。

ロリコンではなく、シスコン。

妹に対する愛情表現が異常なのが問題で、真奈は常に兄、京介の話題を嫌う。

家で何をされているのかは知らないが、真奈が嫌がるというところを見ると、相当なことなんだと思う。

昔はそうではなかったらしいが、俺が知っている元月京介はかなりのシスコンということだけだ。


俺に対しては、常に優しく接してはくれていたが、真奈だけは渡さん、といつも圧力をかけられていた。

真奈とではなく、京介と一緒に居ることが多かったのは、俺と真奈を二人にしたくなかったからだそうだ。

基本的にはいい人。妹関連さえ無ければだが。

妹ではなく、姉を好きになれと勧めてきたのは、姉の沙耶香と京介が高校生になった頃からで、シスコン同盟とやらを結成させられた時はただただ茫然とするしかなかった。


だから俺、藤村和真はシスコンではない。


少し距離を置いた所から姉と京介のやり取りを見ていると、ふいに元月家の二階の窓から、真奈が俺を見ていることに気付く。目が合うと、真奈は手招きをした。こっちにこい、と。

家のを囲む塀と柵があるから窓の真下に行くのは無理。必然的に玄関の方に行かなければならない。

あの二人のやり取りに巻き込まれたくはなかったので、無理という意味で両手を上げてバツの形を作った。

そんなことをしていると、京介がこちらを見ていた。軽く片手を上げてきた京介に対して、こちらも同じように右手を上げた。

それに気付いた沙耶香もこちらに振り向き、にこりと微笑みながら手招きを始めたではないか。

二階の真奈をもう一度見ると、深い頷きを返してきた。

無意識に溜め息が漏れる。

一歩、二歩と重い足取りで進む。五メートルほど進むと、そこは姉の目の前だった。


「…………なに」


「シスコン同盟って本当?」


「ぶはっ」


姉がいつになく真顔でそんなことを言ってきた。

いつのまに話してるんですか京介さん!

と、嘆きながら京介を見ると、右手の親指を立てて来た。

ああ、道連れか、と悟った。しかしながら、姉の沙耶香は変な本を持っていようが、口を利いてくれなくなるような事にはならない。軽く首を横に振ると俺は言った。


「ゲームの話だよ、姉さん」


「ゲーム?」


沙耶香は普段ゲームをしない。

テレビゲームは家にあるが、それは俺がほとんど使っているし、沙耶香がプレイしたのは購入した当日だけだ。

機械が苦手な姉は、コントローラーの操作もロクに出来ず、自分には向かないと、早々に止めてしまったのだ。

だから、ゲームにはどういうものがあるのか知らない沙耶香に対しては、そういうゲームがあると言えば、大体は納得してくれる。PCゲームは駄目だけどね。


「義妹とかと恋愛したりするゲームで、京介さんがそれにハマってて、面白いらしいから今度貸してくれるとかなんとか」


「……そう」


それだけを言うと沙耶香は京介に視線を移した。

すると京介はニッと笑って、


「ああ、いくらでも貸してやるぞ!」


サングラスの奥からキラリと目が光ったような気がした。

まあ実際にそういうゲームはあるし、嘘は言ってないからな。借りる気は全くないのだが。

沙耶香はそれ以上何も言わず、これは返す、とだけ言ってから例の本を京介に手渡した。

不敵な笑みを浮かべていた京介だが、その本だけは頑なに拒絶しようとしていた。

写真の妹か、リアルの妹か、迷う必要もなくリアルの妹の真奈を優先する京介にとって、真奈からの拒絶は死ぬほどのショックを受けるのだろう。ならば、その本を処分すればいいじゃないか、と前に京介に言ったが、それが出来れば苦労はしないと涙ながらに俺に預けてきたのだ。

まさか姉さんに発見されるとは思いもしなかったが……。


汗をだらだらと流しながら、京介は俺を見た。何とかしてくれと。

もしここで俺が受け取ったらどうなるか。

別に姉の言うことなんか無視して、この本を所持していたっていいじゃないか。


「……………」


一度は引き取った。

だから、そう。


「姉さん、その本は、預かり物なんだ」


妹萌え、改めて、ラブシスター妹萌え編とタイトルの本を俺は京介から受け取り、駆け出した。

後ろから沙耶香の驚きというか驚愕した声が聞こえてきたが、そのまま家へと走り続けた。

借り者は妹萌え編で、姉萌え編は自分のだというのは姉は知らない、知られたくない。おそらくどっちも京介のものだと思っているだろう。


「返すのは妹萌えの方だけだろー?」


背後から大声で叫ぶ姉。その瞬間俺は盛大にこけた。



藤村沙耶香はいろんな人から頼りにされる人気者。

それは学校だけだろ、と和真は思う。それでも、弟の面倒見の良さは認めるし、嫌いになる部分などない。

成績優秀、スポーツ万能、人気者。

そんなものは身近に居るべきではない。比べられるから。

ただの完璧超人ならそうなる。だけど、機械音痴、家事全般最悪など欠点を知っているから、自分でも優っている部分があるからこそ、和真は沙耶香を拒絶したりはしない。

そりゃ学校では他人のフリさ。極力一緒にならないようにしている。だから昨年まで同じ中学に在籍していた沙耶香の弟だと知っているものはそんなには居なかったと思う。

それを知ってか知らずか、沙耶香も和真に声をかけたりはしなかった。廊下ですれ違おうとも目線が少しあうくらいで、それだけだった。


沙耶香は姉。和真は弟。だから、京介のように姉や妹に恋愛感情を抱くかどうかなんて、考えるまでもない。

普通、抱かない。



和真は手元の二冊の本に視線を落とす。

姉萌え編と妹萌え編。片方は借りものでもう片方が自分のもの。

正直どちらもいらなかった。あの場でどちらも京介に押しつけていればよかったかもしれない。

後悔に近い何かを感じながら、和真は思った。次は見つからないように大切に保管しよう。

そう、愛読などしない。断じて。


翌日、学校で自分に対する真奈の視線がやたら痛かった。





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