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第9話 ~二回の卒業式~

「優実は、二回卒業したのです。」

「・・・ということは、川越と八王子の両方の卒業式に出席したということですか?」

「はい、そうです。」


 物理的にそんなことが可能なのか?卒業式の日程が偶々違っていたのか?引越しはしたのか?一度に数個の思いが頭を過ぎりました。


「どうやって・・・2回も・・・」


「私の選択が間違いでした・・・」

また、私の質問を掻き消すような答えが返ってきましたが、川瀬さんはこう続けました。


「私は、もう2月の上旬でしたので引越しは無理だと判断しました、時間も費用もかかりますし。娘はあさひ小学校に1ヶ月でもいいから通いたいと望んでいたので、その望みを叶えるために、1週目はあさひ小学校に通い、次の週は第5小に通う、そしてまた次の週はあさひ小というふうにしたのです。そして、幸運にも卒業式の日程がずれていたので、二つの小学校の卒業式に参加することができました。正確に言うと、第5小は正式な公的な卒業です。優実は最後まで第5小に在籍していたので、公的な書類や履歴には八王子市立第5小学校卒業となります。あさひ小の校長先生が、これまでの経緯を理解してくださり、善意で卒業式への参加を認めてくれたということです。あさひ小に通う週は私の友人宅に泊めてもいただきました。」


「大変な時間を過ごされたのですね、・・・で、東は・・・?」


「その時も東先生は、優実のために誠実に動いてくれていました。相手方の学校に事情説明をしたり、無理なお願いもしていただいたりと・・・」


「先生は私たちのために必死で動いてくれました。ただ、先生は私たちに何もおっしゃらず『お母さんと優実ちゃんがよく相談してどうするか決めてください』とおっしゃっただけでした。」


 東は何を考えていたのだろう?今まで、その女の子のために誠実に取り組んできたのに、あさひ小の卒業式に出るなんて許せたのだろうか?それとも、あまりに常識的でないことにあきれてしまったのだろうか?あの子だけを担任している訳ではないから、厄介者が少しでも居なくなると安堵したのだろうか?無理難題を言う「モンスターペアレント」に、さすがの東も敵わなかったのか?そんな思いを東に聞いてみたくなりました。「起きろ、起きろ、お前は何を考えていたんだ」と棺桶を叩いてやろうかとも思いました。しかし、そんなことは到底できる訳ありません。


「川瀬さん、それで優実ちゃんは満足できたのですか?」


「は、はい・・・」

何ともいえない歯切れの悪い返事でした。


「今、優実は病院に入っているのです。」

私の質問の答えにならない返事が返ってきました。話題が飛んでしまうこの人に話し方には、もう慣れたと思っていましたが『病院』というセンテンスに驚かずには居られませんでした。


「病院?」


そういえば、恩師の通夜に母親だけ出席するということもあるけれど、中学生になった教え子が親と一緒に通夜に訪れても不思議ではなかった、しかし、この場には優実という女の子の存在は無かったのです。


「ええ・・・」


また、先ほどのように歯切れの悪い返事が返ってきました。二度の歯切れの悪い返事には、もうこれ以上話を聞かないでというニュアンスが含まれては居ましたが、一方で、東の考えや優実のその後を知らなければならないという使命のような感覚が私に生まれてきました。


「どちらの病院ですか?体調を崩されたのですか?」


「・・・」


「こうなる運命だったのかもしれません。あの子の運命というのは・・・」

そう川瀬さんが言葉を発し、落胆するように私の顔を覗きました。


「・・・」


何度も私の顔を見ながら、川瀬さんは黙っていました。自分の気持ちを確かめるようにして、確かめるための時間を十分にとる必要があること事をわかりながら、私の顔を覗いていました。


そして、


「多重人格ってご存知ですか?」


「まさか・・・」私は、咄嗟に言葉にすることを選択しませんでした。

同時に、心の奥底で「どうして・・・」と大きく叫び、どこまでこの親子はついていないんだ、なんて不幸な親子なんだと思うしかありませんでした。


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