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第8話 出来事 ~その二~

 川瀬さんのお話は続きました。

 卒業式間近の2月、優実がこんなことを私に言ったのです。


「お母さん、私・・・川越の小学校で卒業式をしたい。」


「ええ?」


「だから・・・川越のあさひ小学校で卒業式をしたいの、あさひ小学校の友達と一緒に卒業式をしたいの」


 突然、娘がこんなことを言い出すもので私は戸惑うほかありませんでした。私自身、頭が混乱していました。そして私はこう聞きなおしたのです。私の混乱した頭を整理するために、そして娘の考えを確認するために。


「優実ちゃん、あなたは、今八王子の第5小学校に通っているのよ。今は2月でしょ。もう卒業式の準備や練習が始まってるんじゃないの?それに風香ちゃんやエリカちゃんたちと仲良くしているんじゃないの・・・どうしてそんなことを言い出すの?」


「・・・」


「お母さん、卒業アルバムには風香もエリカもたくさん映っているけど・・・私は少ししか映っていない・・・」

「一年生の時の入学式の写真にも、5年生の林間学校の時の写真にも・・・私は居ないし・・・だから映ってない。」


「卒業アルバムが気に入らないの?それとも他に理由があるの?」


「・・・」


「お母さん、卒業アルバムに文集をのせるでしょ、私・・・どう書いていいかわからないの。だって、5小の想い出は、1年間だけだし、あさひ小学校の想い出を書いてもなんだか変な感じがするし・・・」


「卒業文集の書き方がわからないから、あさひ小学校で卒業したいということ?」


「・・・」


「そんなんじゃない。書き方は先生が教えてくれるし・・・別に書こうと思えば、私・・・書けるよ。・・・わからないからじゃない。」


「じゃ?どうして?」


「何て言うのかな?どう言うのかな?ん~。」

 

 そんなことを言いながら、優実は泣きじゃくってしまったのです。私の問いが優実を混乱させてしまいました。また、混乱した気持ちを言葉に表すことの難しさをあの子に実感させてしまい、さらに困らせてしまったのだと思います。ただ、泣いている姿を見ていると、ただの思いつきや我がままを言っているのではないと、感じずにはおれませんでした。しかし、優実が抱える思いや気持ちを計り取ることまではできませんでしたし、その原因がどこにあるかを予測することもできませんでした。

困り果てた私は、私の母親に相談したのです。母は、「今まで東先生にお世話になっているのに、あさひ小学校で卒業するなんてそんな不義理はできないでしょう。あなたも優実の我がままに付き合うのもいい加減にしなさい。それに、今から引越しをするなんていくらお金がかかると思っているの?そんなことできないことぐらいわかっているでしょう。」と叱られるばかりでした。もっとも母の言うことは理解できますし、当然だとも思いました。現実不可能なことも分かっていたと思います。でも、私の心のどこかに引っかかるものが残ってしまって、どうしようもありませんでした。やはり、東先生に相談しようと決め、すぐに相談に行ったのです。


「東先生、ご相談がありまして・・・」


「どんなことですか?」


「実は・・・」


「ん~優実ちゃんがそう言っているのですか?」


「先生、どうしたらいいでしょう?私困ってしまって・・・ただの我がままには思えないのです。クラスでまだ馴染めていないんでしょうか?」


「・・・。お母さん、優実ちゃんはクラスに馴染んでいると思います。この5小が嫌で、卒業式を川越でしたいと言っているのではないような気がします。」


 東先生は、冷静に私の悩みに答えてくれました。そして、

「小学六年生にとって、卒業ははじめての大きなイベントであり重要な通過点だと思う、節目であるその通過点を、どのように通り過ぎるかがその後の子どもの成長に影響する、卒業に対する思いが、友達より劣っているような錯覚を起こしている、DVという過去がなければ、あさひ小学校で卒業するのが当然なのに、それができないジレンマがある、そして、第5小学校ではどうしても埋めることのできなかった空白の時間があるという事実、その事実を露呈する卒業アルバムに対する抵抗感など、さまざまな思いが生まれ、空白の時間を埋める唯一の手段が、あさひ小学校で卒業することと考えたのだと思う」とおっしゃってくださいました。


 そのお話を聞きながら、私は小学生の頃、特に小学六年生の卒業間近の自分を思い起こしていました。確かに、何度となく卒業という儀式を経験する中で、小学校の卒業式が一番心に残っているし、期待と悲しみが交錯し、思春期と相まって、それをコントロールできず戸惑いを感じていたことも覚えている、私がその子と同じ境遇ならば、どうしただろうとも考えました。しかし、以前の学校へ再び転校し、卒業するという発想には至りませんでした。東が川瀬さんに伝えた「空白の時間」も何となく分かる気がするけれど、再び転校してまで卒業するという選択は私にはありませんでした。


「それで・・・娘さんはどうなさったのですか?」

私は川瀬さんにそう聞きました。

 川瀬さんや優実という女の子に対して抱いていた好奇心に似た感情は、この時私には無くなっていました。優実という女の子が何を求めていたのか、その要求に答えようとした母親はどんな行動をしたのか、そしてこの二人に関わった東は何を考えたのか、彼らが経験した出来事を思い起こしながら自問自答する私が居ました。


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