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第11話 ~黒い糸~

 馬場は静まり返った車内で一服し、少し落ち着いた様子になりました。私も馬場からタバコを一本貰って十年ぶりに吹かしていました。

 

「川瀬優実という女の子は、東が担任した子なんだ。彼女は父親からDVを受け、母親と二人で逃げてきた。優実は東が勤めていた八王子市立第5小学校に5年生の時に転入したんだ。そうだろ?」私が馬場にそう伝え、そして、なぜそれを知っているのかも彼に伝えたのです。


「驚いたよ、偶然、優実の母親と出会っていたとは・・・しかも、母親がお前にそんな話までしていたとはね」馬場がそう言い、優実と東の関係を話し出しました。


「中谷が聞いたとおり、東は彼女のために必死で見守り、支援しながら彼女を卒業させたんだ。彼女には軽度発達障害があり、いわゆる手のかかる女の子だった。それでも懸命に東はがんばっていたよ。東のがんばりは、現場だけでなく委員会まで届いてきたからね。でも・・・彼女が卒業する間近になって、厄介なことが起きたんだ。」


「川越の小学校で卒業したいと言い出したことだね」


「そうなんだ、今までに無い異例のことでもあったし、俺たち教育委員会も困ったよ。東からは何とかしてくれと頼まれるし、前例が無いことには否定的な委員会だから本当に困ったよ。俺も下っ端だったしね、力になれることが少なかった・・・」


「でも、何とか優実の希望通り、川越での卒業式にも出席できたんだろ?」


「そうさ、出席はできたのはできたんだけど・・・」


「何か問題でも?」まだ、私の中では「多重人格」というセンテンスがどのように繋がっていくのか分からずにいました。


「あの一ヶ月は母親も本人も、そして東も辛かったと思うよ。優実は八王子から週に一度川越に通っていたんだけど、偶然というか・・・必然だったのか・・・」

「あの子が東急、そう東急電鉄に乗ろうとした時に、偶然父親に出会ったんだ。やはり血の繋がりってヤツは恐ろしいな・・・誰かが呼び寄せたようにその親子は再会してしまったんだ。当時の父親は、自分の犯したことで、妻と娘に逃げられたあげく、離婚という代償を背負わなくては成らなかったのだから、彼も精神的にかなりきつかっただろう。」


「また、その親父が優実に暴力でも振るったのか?」


「まだ、そっちの方がよかったのかもしれないよ・・・」

「一言二言、父親と優実は会話をしたそうだ。その会話の内容は分からないし、今となってはあまり意味もない。ただ、父親は優実という我が子に予期せず出会ったことでかなり動揺したんだろう。そしておそらく今までの思い出がフラッシュバックして混乱したんだろう、あくまでも憶測だが・・・」


「憶測って?どういうことだ?」


「優実がそう言っていたらしい。『お父さんは、パニックになっていた』とね。でも今となっては真実は分からない。」

「死人に口なし、さ。・・・飛び込んだんだよ、発作的に。その親父・・・」


「もしかして・・・優実の目の前で?」


「ああ」

 

 何という不幸な子なんだ、幼い頃から心と体を暴力という悪魔に犯されながら、その悪魔がいなくなったと思ったら、今度は目の前で父親が自殺をする、不幸という言葉では到底語れない衝撃を感じるしかありませんでした。東はこの事実をどう受け止めたんだろう、母親はどうなんだろう、私が経験したことないこの事実を分析するなどできるはずがありませんでした。以前『赤い糸』という純愛ドラマがありましたが、同じ糸でも優実の場合は『黒い糸』かと、投げやりな考えになってしまうほど壮絶なものに違いありません。


「東にとって一番苦しい人生が始まったのは・・・ここからなんだ。」

馬場がこう続けました。


「優実はこの事故のショックで、解離性同一性障害かいりせいどういつせいしょうがいとなり、自我の同一性が損なわれてしまったんだ。中谷も知っていると思うが、解離性同一性障害とは、事故などの強い心的外傷から逃れようとした結果、解離により一人の人間に二つ以上の同一性または人格状態が入れ替わって現れるようになる、そして自我の同一性が損なわれる疾患。つまり、自分の「空白の時間」を取り戻すために、一ヶ月という短い期間の中で、しかも過去の自分(あさひ小学校での優実という人格)と現在の自分(第5小での優実という人格)を交錯させながら、彼女にとっては大きなハードルである『卒業』を目の前にした時に体験した『父親の自殺』に、彼女は耐え切れなかったわけだ。その結果、彼女の精神は、同一性を失い崩壊してしまったのさ。」


「そうだったんだ・・・」


「東は、救おうとがんばっていたよ。毎日、彼女が入院する病室に足を運び、以前の優実を取り戻してもらおうと努力していた。でも・・・」

「中谷。俺の知っているのはここまでだ、ここで話したことは他言しないでくれ。分かっていると思うけど・・・」


「分かっている」


そう深く頷き、私は馬場の車を後にしました。











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