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なろう主人公の違和感――模倣しかしていない人物が歴史を作ったことになる不自然さ

作者: 虎臼歩尾麻
掲載日:2026/07/16

とあるなろう系作品では、本編の途中で未来の世界が描かれ、主人公が後世において偉人として扱われていることが明らかになる。


未来では主人公は、とある技術体系の「始祖」や「母」とまで呼ばれ、教科書に載るほどの存在として語られている。

しかし、その評価を見て首を傾げざるを得なかった。


なぜなら、作中で主人公が実際にやってきたことを見れば、それらはほぼ例外なく師匠から教えられた知識や技術を模倣しているだけだからである。


発明もしていない。理論も組み立てていない。新しい技術を生み出したわけでもない。

既に存在しているものを再現し、広めただけである。


もちろん、既存技術を普及させること自体には価値がある。

歴史を振り返っても、発明家より普及者の方が社会への影響が大きかった例はいくらでもある。


しかし、その場合でも「発明者」と「普及者」は区別される。

電話を普及させた人物と電話を発明した人物は違う。

飛行機を量産した人物と飛行機を発明した人物も違う。

にもかかわらず、この作品ではその区別が完全に消えてしまっている。


その最たる例が、水素と酸素の反応についての授業である。

未来の学校では、水素と酸素が反応して水になるという説明がなされ、それを主人公が発見したかのように語られている。


しかし、読者は知っている。その知識は主人公自身が考えたものではない。

師匠が説明した内容を聞き、それを受け売りしているだけなのである。


主人公は化学反応を研究したわけでもない。

実験を繰り返したわけでもない。

理論を構築したわけでもない。

単に師匠から教わった内容を覚え、それを利用しているだけだ。


もしこれで主人公が「発見者」として歴史に残るのであれば、それは歴史ではなく神話である。

実際の歴史でも、弟子が師匠の理論を広めることは珍しくない。


しかし、その際には当然ながら「誰が考えたか」が明記される。

ニュートンの法則を学校で教えるとき、教師を発見者とは呼ばない。

アインシュタインの理論を講義した教授を相対性理論の創始者とは呼ばない。

知識を伝える者と知識を生み出した者は全く別だからだ。


ところがこの作品では、その境界線が完全に消失している。


さらに違和感を覚えるのがブランドの扱いである。

未来では主人公がブランドを築いた人物として語られている。


しかし、これも作中描写を見る限り事実とは異なる。

ブランドという発想そのものを考えたのは師匠である。

主人公はその方針に従っただけだ。


さらに問題なのは、そのブランド名に自分の名前を付けて販売している製品である。

それらは主人公がゼロから設計したものではない。

師匠が製作した製品を参考にし、そのまま再現したコピー品である。


つまり、ブランドの発案者は師匠。製品の開発者も師匠。技術の確立者も師匠。

主人公がしているのは、それらを製造し販売しているだけなのである。

にもかかわらず、歴史上では主人公が創始者になっている。

これはかなり奇妙な構図だ。


現実世界で例えるなら、ある職人が長年かけて完成させた包丁を弟子が大量生産し、自分の名前で販売した結果、数百年後には弟子が包丁の発明者として扱われているようなものである。


そんな歴史があれば、多くの人が疑問を抱くだろう。

作品中では師匠は「協力者」として扱われている。


しかし、協力者という言葉では済まない。

むしろ逆である。主人公の方が協力者なのだ。


技術を提供したのは師匠。知識を与えたのも師匠。設計したのも師匠。

主人公はそれを真似しているだけである。


立場が完全に逆転している。

そして何より気になるのが、主人公自身がそれを当然のように受け入れていることである。


自分で考えたものではない。自分で設計したものでもない。他人が作ったものを自分のブランドで売る。

しかも、それを恥じる描写が一切ない。


もちろん共同開発なら話は別である。ライセンス契約があるなら問題ない。正式な継承者なら理解できる。

しかし作品では、そのような契約や権利関係についてほとんど描写されない。


結果として読者から見ると、「師匠の作品を自分の成果として売っている」ようにしか見えないのである。


後世の描写では、さらに興味深い場面がある。

主人公の子孫と思われる人物が、自分たちの工房について語るのである。

そこで彼は誇らしげにこう説明する。初代から数百年間、一切製法を変えていない。

今でもすべて手作りである、と。


一見すると伝統を守る美談のように聞こえる。

しかし、よく考えるとかなり異様な話である。

数百年間、技術が一切変わらないということは、その間に改良も改善もなかったことになる。


現実では、どんな工芸品でも長い年月の中で少しずつ変化していく。

材料が変わる。工具が変わる。加工法が変わる。品質管理も向上する。

伝統工芸ですら、完全に同じ製法だけで何百年も続いている例はほとんど存在しない。

むしろ変化を積み重ねながら伝統を維持している。それが技術というものだ。


にもかかわらず、この作品では「変わらないこと」が誇りとして描かれている。


しかも、それは主人公の功績を称えるための演出になっている。

しかし視点を変えれば、こうも言える。

主人公も、その子孫も、誰一人として師匠の技術を超えられなかった。

だから何百年経っても同じものしか作れなかった。

その証明でもある。


さらに決定的なのが、「初代の試作品」が現存しているという話である。

未来の人物は、それを見ながら「初代も試行錯誤していたんだなあ」と感慨深げに語る。

しかし読者は知っている。

主人公は試行錯誤などしていない。

作中では師匠が完成させた製品を持ち出し、それを真似しているだけである。

失敗作を積み重ねる描写もない。設計図を書き直す描写もない。材料を変えて検証する描写もない。

試作品を何十個も廃棄する場面もない。


そこにあるのはコピーだけだ。


つまり、未来に保管されている「試作品」は、本編との整合性を考えれば極めて不自然なのである。

本当に試作品なら、本編で作られていなければならない。

しかし存在しない。

となると、その試行錯誤の痕跡はどこから現れたのか。

読者から見れば、後付け設定か、歴史の捏造にしか映らない。

そして未来の人々は、その存在しない努力を称賛している。

「初代も苦労したんだ。」「この失敗があったから今がある。」

そう語る姿は感動的に描かれている。


だが、本編を知る読者からすれば、その感動は成立しない。

苦労したのは師匠だからである。試行錯誤したのも師匠である。完成品を生み出したのも師匠である。

主人公はその成果を模倣しただけであり、その痕跡まで自分のものとして歴史に残るのであれば、それは功績の継承ではなく功績の横取りと受け止められても仕方がない。


もちろん、物語の中で歴史が歪められること自体は興味深い題材になり得る。

歴史とは勝者によって書き換えられるというテーマも存在する。

弟子の名声が師匠を上回ることも現実にはある。


しかし、その場合には「なぜそうなったのか」という経緯が描かれるからこそ説得力が生まれる。


史料が失われたのか。政治的理由で消されたのか。本人が意図的に功績を隠したのか。

そうした背景があるから歴史の誤認は物語として成立する。

ところがこの作品では、その説明がほとんど存在しない。


そのため、読者には「作者が主人公を偉人にしたいから、周囲の功績をすべて主人公へ集約した」と映ってしまう。


物語の中で主人公を持ち上げること自体は珍しくない。

しかし、そのために師匠が積み上げた努力や発明、研究、発想までも主人公の業績へとすり替えてしまえば、かえって主人公自身の魅力まで損なわれる。


本当に偉大な人物とは、他人の功績を自分のものにする人間ではない。

先人への敬意を忘れず、その上で新たな価値を積み重ねる人物である。

だからこそ、この作品の後世描写には強い違和感を覚えた。


「始祖」と呼ばれるには、その人物自身が新しい道を切り開いていなければならない。

しかし、本編で描かれている主人公は、師匠が築いた道を歩き、その足跡をなぞっているだけである。

その人物が数百年後には創始者として祭り上げられ、真の開発者は協力者という一言で片付けられる。


その歴史を見せられても、感動より先に「それは違うだろう」という疑問が浮かんでしまうのである。

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