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将門炎舞記 中巻  作者: 浮島太郎


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第一章 坂東下向 【3.勘解由】

【3.勘解由】(かげゆ)


国豊は、国衙の敷地を一通り巡った。

東院には、国博士と学生たちの学問所、文書局、書生の詰所などが置かれている。

若い学生たちの朗読が響き、

史生たちが筆を走らせる乾いた音、

墨の香りの中に、国豊は妙な違和感を覚えた。

(誰も、目を合わせようとしない・・・)

小掾の案内で、国豊は厳重に保管された 国璽こくじを確認した。

国豊が国璽を確認すると、為憲はわずかに視線を逸らした。

その背中には、腐敗を隠す者特有の“軽さ”があった。


次に、西院へ向かうと、国医師が薬草を刻み、学生たちが傷病者の手当てをしていた。

薬草を刻む音、傷病者の呻き、医学生たちの慌ただしい足音が混じり合う。

おもむろに宿老の国医師くにのくすしが巻物を差し出す。

「大掾殿、昨年の疫病の記録でございます。」

国医師が差し出した巻物には、郡ごとの死者数、治療法、薬草の不足などが細かく記されている。

国豊は静かに言った。

「人の命を守ることも、国を治めることの一つだ。」

国医師は一瞬、長く伸びた白い眉毛の下の窪みを大きく見開き、国豊の顔を凝視した。

その目には、淡い期待が宿っていた。


正午も近くなり、国豊は、最後に倉庫群へ向かった。

高床式の巨大な倉が十棟以上並び、米俵、布、塩、干し魚が積まれている。

国豊は、封印が解かれていた倉のひとつを見て眉を寄せた。

「こちらの倉は検封けんふうされていたようだが・・・」

鍵束を持った雑掌の一人、痩せた男が、落ち着かない様子で周囲を見回していた。男は、肩を震わせて、国豊の耳元に囁くように言った。

「大掾さま……今年は海沿いの郡で不作がありまして。為憲様が……封印を……」

その喉が、ごくりと鳴り、言葉の先を飲み込んだ。

(封印を施された倉は、朝廷の許しがなければ開けてはならぬはず・・・)

倉の扉が軋む音を立てて開くと、内部の空気は淀んでいた。

俵の数が合わない。

布の束が不自然に少ない。

干し魚の箱は、半分が空だ。


正庁の執務場所に戻った国豊は、田文(土地台帳)と徴税記録を突き合わせ、数字を追った。

――合わない。

「……これは、どういうことだ。」

声は低く、静かだった。

だが、その静けさこそが、周囲の官人たちの背筋を凍らせた。

随伴していた司生が、蒼白な顔で唇を噛みしめていた。

彼は、震える声で言った。

「大掾さま……申し上げます。前任の大掾が亡くなってからの空白の間、

常陸介さまと小掾さまが、……おびただしい官物を……」

恐怖が喉を塞ぎ、言葉が途切れた。

国豊は司生の肩にそっと手を置いた。

「言え。」

その一言に、司生は涙をこぼしながら続けた。

「改ざんしたのは我らです……為憲様のご命令で、帳簿を改ざんして、大量の官物を横領し、開拓済みの田を“未開墾地”として隠しました・・・しかし、やらねば斬ると仰せになり……」

歳若い書生の一人が、震える声で続けた。

「私には、病の母と幼い妹がおります。逆らえば……家族が……」

言葉が途切れた。


「大掾さま……どうか……どうか我らをお救いください……」

国豊は倉の闇を見つめた。

胸の奥で、静かな怒りが燃え始めた。

声を荒げることはなかったが、爪が掌に食い込むほど震える拳を握りしめていた。

「……これほどまでに、国を……」

声が震えた。

怒りを押し殺そうとしても、胸の奥から込み上げてくる。

司生と書生は、息を呑んで国豊を見つめた。

国豊は、深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。

そして、静かに言った。

「……租税は国の血脈。ここが乱れれば、国が死ぬ。」

その声は、倉の奥の闇を震わせるほどの静かな力を帯びていた。


国豊は、常陸国府をあとにしながら、腐敗に沈む石壁を見渡し、静かに誓った。

「必ず、この国を立て直す。」

その誓いは、誰にも聞こえぬほど小さかったが、

確かに国豊の中で燃え始めていた。



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