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正しい婚約破棄の仕方

掲載日:2026/02/28

「あの女調子に乗りやがって!クソが!」


 俺は空き教室(俺の城)の扉を開きながらそう叫んだ。

 あーイライラする!これはあれだ。そんじょそこらのイライラじゃない。今の俺なら怒りで世界を滅ぼせるかもしれない。つーか滅ぼせる。俺が本気を出せば世界なんてあっという間に藻屑になる。良かったな、俺が本気を出さなくて。


「どうしたんですかアラン様ぁ?もしかしてぇ、レイチェルがまた何かしてきたんですかぁ?フーリーちゃんで良ければお話聞きますよぉ?」


 先に空き教室(俺の城)に入っていたフーリーが、天使のような笑みを浮かべながら俺に近づいてくる。はぁ。いつもならその声を聞くだけで少しは気分が晴れるが、今日は違う。今日は本気(マジ)なのだ。


 ……まあでもアレだ。せっかく話を聞いてくれるってんだから、話してやらないと相手に失礼だ。それにフーリーは可憐な女性だ。美人だし、何より大きく揺れる良い物を持っている……何がとは言わないが。まあ、だから、話してやるのが紳士の勤めだろう。


「レイチェルの奴、とうとう剣術クラスにまで顔を見せやがったんだ!意味が分からんだろ!」

「えー!?女なのにですかぁ!?はしたなくて、やんやん、ですぅ」


 フーリーは「やんやん」と言いながら、グーにした両手を頭の上で軽く動かした。

 え、何それ可愛い……。犬というか猫というか、それらを超越していると言うか……さすがはフーリーだ。俺が見込んだだけはある。

 それにフーリーは可愛いだけでない。俺より聡明ではないがとても賢いし、俺よりも優れてはいないが魔術の操作が上手だ。俺に次いで、世界で二番目に完璧な人間であるに違いない。


「その通りだ。なのにバカ教師は、素晴らしい才能を潰すわけにはいかないとか意味分からないことを言って、特例でクラスに参加させやがったんだ。平民上がりの教師はこれだから困る」

「うわぁ。それ絶対教師に色目使ってますよぉ。いつものあいつの常套手段ですよぉ」


 フーリーの言うとおりだ。レイチェルは実力なんてないのだ。テストが毎回学年一位なのはカンニングしているだけだし、魔法操作が優れているのだって特殊な宝具を使用しているだけなのだ。断じて俺が実力で負けていることなどないのだ。


「そんなやつぅ、アラン様の神聖な剣術でぇ、フルボッコにしてやればいいじゃないですかぁ」

「俺もそう思ったよ。だから手合わせしてやることにしたんだが……」

「どうしたんですかぁ?」

「……あいつ、明らかに女ではあり得ない速度で剣を振るうんだ!」

「えー!」

「……しかも俺の思考を読んだかのように的確に俺の剣を捌いてきやがるんだ!」

「えー!」

「……そう。あいつ間違いなく禁じられた術を使っていたんだ!」

「えー!なんですってー!」


 そうに違いないのだ。王国騎士団長とすら互角に剣を交えることができる天才の俺が負けるはずない。否、負けてもいない。あくまで次の勝負に持ち越しただけだ。

 俺に構って欲しくて禁術まで使うなんて、ほんとあきれた奴だ。


「大犯罪者じゃないですかぁ。もうそんなやつ婚約破棄してやりましょうよぉ」

「できたらとっくにやってる。でもあいつの父は百年ぶりの竜殺し(ドラゴンスレイヤー)だ。王家としては、どうにか手綱をつけなければならない。もし婚約破棄でもしてみろ。今度は俺が家から追放される番だ」


 あいつの父親は十年ほど前、精鋭部隊を引き連れてドラゴンを殺した。

 この国ではドラゴンを殺す事が貴族の誉れであり本懐だ。強さを証明できることはもちろん、ドラゴンの血や肉、鱗等全ての部位が高額で取引される。しかも爵位の授与または陞爵(しょうしゃく)が約束されている。実際あいつの父はただの伯爵だったのだが、今では王都周辺を守る侯爵へと成り上がっている。

 認めたくはないがあいつの父親は国にとって必要な戦力だ。特に今は諸外国との関係が怪しい。あいつの父親を王家につなぎ止めておく必要があるのだ。

 ……あくまで必要なのは父親であって、あの女ではないがな!


「レイチェルはそれを知っているから、俺に対してあんな横柄な態度を取っているのだ。まったく思い返すだけでも腹立たしい奴だ!竜殺し(ドラゴンスレイヤー)に成り代わる力が俺にあれば、今すぐ婚約破棄してやるのだが……」

「なるほどぉ」

「ま、まあ単体で見たらあの親父など俺の足下にも及ばんが、部下がな。レイチェル付きの侍女だって王国騎士団一個大隊に匹敵する強さだと聞く。有象無象が束になっても結局ドラゴンにキズ一つ付けれんと話にならんしな」

「なるほどぉ」


 フーリーはそう言って考えるような仕草をする。


「なるほど。では自身だけでなく部下も強化できる、ドラゴン討伐も夢ではないアイテムがあれば婚約破棄されるのですね」

「そ、それはそうだが。そんな都合のいいものはこの世にないだろう」


 フーリーは俺の言葉を聞いて、にっこりと笑みを浮かべた。

 いつもと同じ可愛い笑顔のはずなのに、なんだか少し怖い気が、それに話し方もいつもと違うような……ま、まあ気のせいか。フーリーは天使だからな。


「アラン様、竜脈についてご存じですか?」


 フーリーの不敵な笑みが、一瞬、いつも宰相が親父に向けてしている笑みと重なって見えた。



******



 レイチェルが嫌いだ。

 成績優秀、魔力操作の天才、容姿端麗、おまけに第一王子の婚約者ときた。

 なに?まるでおとぎ話の主人公だって?

 馬鹿馬鹿しい。じゃあ片田舎の伯爵家出身の私は何よ。その辺に生えてるペンペン草?

 そんな人生嫌よ!

 私こそこの世界の主役!私より目立つやつが視界にいていいはずがない!

 このフーリー様が世界で一番なんだから!

 あんなやつ私の世界から退場させてやるんだから!


 どうやって退場させるか?そんなの決まってる。レイチェルの弱みを握るのよ!

 どんなに完璧な奴でも弱みはあるに決まってる。私にですら弱点はあるのだ。胸が大きいように見えて実はパットをたくさん入れてるとか、実家が伯爵家とは思えないほど貧乏で雑草の可食判別ができるとか、学校寮まで来た侍従が一人だけで、その子がめちゃめちゃポンコツだとか……

 け、結構あるわね……


 ま、まあそんなことは置いておいて、私はレイチェルを毎日観察した。それはもうストーカーのように観察した。

 でも探っても探っても弱点なんか見つからなかった。同級生だけでなく上・下級生からも人気が厚かった。それどころか先生からも大人気だ。特にあいつはよく平民上がりの教師と楽しげにしゃべっている。平民上がりでこの王立学園に勤めている教師も教師だが、侯爵令嬢の身分で平民と楽しくしゃべるあいつもあいつだ。まったく反吐が出る仮面野郎だ。


 だけどあいつの周辺を嗅ぎ回っているうちに、こんな噂話が飛び込んできた。レイチェル侯爵令嬢とアラン第一王子は、あまりうまくいってないらしい、と。

 これはチャンスだ。私が第一王子と恋仲になってあの女と婚約破棄をしてもらえば、二度とあの面を拝む必要がなくなるのだ。


 第一王子に接近するのは思いのほか簡単だった。もっと取り巻きがいて大変かと思ったが、彼は一人だった。

 彼は自分よりも優れている者が嫌いだった。そして彼に取り入ろうとする奴らは皆、自分の優秀さをアピールする者ばかりだったらしい。

 結果彼は一人だった。


 そこで私は彼よりも少しバカなふりをした。学力も彼よりも少し下の点数を取るよう調整したし、魔力操作も彼よりもあえて下手に振る舞い、彼を師事した。

 しゃべり方も少しバカっぽく、あざとくした。私と話すときよく胸元を見ていたので、脇を締め、強調するのも忘れなかった。一緒にレイチェルの悪口を言い合い、事あるごとに彼を褒めた。

 そのかいあってか、彼はすぐに私に心を開くようになった。今まで誰にも入らせたことのない彼の城(空き教室)にも入ることができた。ただの空き教室を城だなんて子供みたいな事を言って、ほんとバカな王子だ。でもバカでも使い道はある。

 この国は基本的に長男が国王の座を継ぐこととなる。いわゆる世襲制だ。つまりこのまま行けばあのバカが国王だ。もしそのときに私があいつと結婚していれば、私はこの国の妃。あいつを影から操る支配者になれるのだ。

 ……でも婚約破棄には乗り気でない。婚約破棄の話になると「竜殺し(ドラゴンスレイヤー)が……」とすぐに弱気になる。バカなんだから無駄なこと考えずさっさと婚約破棄をすればいいのに。全く面倒な奴だ。またプランの練り直しか……。


 しかし、転機は突然訪れた。


「……はぁ。どうしてやろうかしら」

「フーリーお嬢様、どうかされましたか?」


 学校に唯一連れてきた侍女のアンナが私に声をかける。

 私の家は田舎で特に名産もないのに加え、人材にも乏しい。私に付いてきたアンナだって、最近家に入ったばかりの新人で、いつも「はゎゎゎ」といいながら屋敷中を駆け回っているような奴だ。人材不足にも程がある。


「今日は美味しそうなリンゴが手に入ったんですよ!」


 そう言ってアンナはバカみたいに大げさな動作で、リンゴを持った右手を天に向かって突き出していた。ただでさえバカの相手で疲れているのに、無駄にうるさい動きをしないで欲しい。……本当にうんざりする。

 いったん決めポーズをした後、アンナはこれまたバカみたいな表情で「うまそうですねぇ」とニヤけながらリンゴを両手で持った。バカだ。

 そして「えいやぁ」という腑抜けたかけ声と共に、()()()()()()()()()()()()()()


 は?

 

 いやいや、は?


 アンナは私と同じくらい、いや私よりも華奢な体つきをしている。そのくせ無駄に胸はでか、ゴホン。と、とにかく、リンゴを素手で割るような力を持っているようには到底思えない。


「ア、アンナ、あんたって結構力強かったのね……」

「そんなことありませんよ!これも全部グレイスル家の竜脈のおかげですよ!」

「りゅうみゃ……なにそれ?」

「は!はゎゎゎゎ!フーリー様には成人するまで内緒なんでした!忘れてください!私が伯爵様に怒られてしまいます!」

「一体何の話よ!お父様はここにいないんだから、私に話しなさい!」

「はゎゎゎ。で、でも……」

「いいから早くその、りゅうみゃ……く?とやらのことについて話しなさい!じゃないとお父様に言うわよ!」

「はゎゎゎゎ。言います言いますから……」


 そうしてアンナに無理矢理言わせた話は、正直耳を疑うような内容だった。

 アンナ曰く、私の先祖はドラゴンを助けた事があるらしい。そしてそのお礼として、ドラゴンの力が込められた泉をプレゼントされたらしい。

 アンナ曰く、それが我がグレイスル伯爵家の地下にあり、その液体に長い時間つかることで超人的な力を得ることが出来るようになるのだとか。


「まあ私はまだ半人前なので数分しか浸からせてもらえませんでしたけどね……」


 アンナはそう言って頬をポリポリかく。


 にわかには信じがたい話だ。だが、確かに私の領の近くには竜が住むとされる霊峰コモル山がある。そこの山にいるモンスターは並の冒険者では太刀打ち出来ないほどで、その影響もあって私の家の領地には行商人が来ず、栄えない原因の一つになっている。

 もしあの山に本当に竜がいるのなら。もしかしたら、もしかするのかもしれない……。

 確かにそう言われてみれば、父も母も祖父も祖母もかなり元気だ。道に生えている雑草を、うまいうまいと言って食うくらいには元気だ。貴族らしからぬ振る舞いが私は大嫌いだったのだが、あれはもしかしたら竜脈の力の副作用なのかもしれない。


「……でもあんたの言葉だけじゃ信憑性に欠けるわ」

「信じてもらわなくても大丈夫です!伯爵様に告げ口しないでいただけるのであれば!」


 そのドヤ顔止めなさい。別にドヤる場面でもないでしょ。


「こうなるとお父様に直接確認するしかないわね……」

「はゎゎゎゎ。どうしてそうなったんですか!ど、どうしましょう!」


 うるさいこの侍従は置いておいて、早く確認をしなければ。もし本当だったら、あのヘタレ王子も婚約破棄に乗り出してくれるに違いない。そうしたら私は未来の王妃だわ!

 まずはお父様に「あ!ありました!フーリー様ありました!」


「うるさいわね!私が考え事をしてるのが見えないの!」

「はゎゎゎ。す、すみません。竜脈の証拠を見つけて嬉しくなっちゃって……」

「まったく。……って、証拠あったの!?」

「は、はい。竜脈に浸からせていただいたときに、なんか浮いてるなぁと思って、それを取ったら」

「……取ったら?」

「ドラゴンの鱗でして……」


 そう言ってアンナはおずおずと両手を前に出した。その手の中には、虹色に輝きを放つ、博物館でしか見たことのない代物が握られていた。


 そう。それは紛れもないドラゴンの鱗だった。たいして金もない侍女がもっていいような代物ではない。

 本当に我が伯爵家は特別な一族だったのだ!




「レイチェル!お前との婚約を破棄する!」


 アラン王子の16歳の誕生日会で、彼は高らかにそう宣言した。誕生日会に呼ばれた有力貴族達は何事かとざわざわしている。

 アンナから竜脈の話を聞いた後、私はアラン王子にそのことを話した。最初は懐疑的な視線を向けてきたアラン王子だったが、ドラゴンの鱗を見せた途端話を聞く態度が変わり、最終的に無事婚約破棄まで説得することが出来た。

 私はアラン王子の腕をつかみながら、目の前のレイチェルを見下ろす。

 

「婚約は国王陛下と私の父が決めた事。アラン王子に婚約破棄を行う権限などないかと思いますが」


 レイチェルは婚約破棄の宣言を聞いた後とは思えないぐらい無表情のまま、そう言った。

 婚約者に振られたというのに全く取り乱した様子も見せない。なんて冷たい女なのかしら。

 どうせ心の中では惨めに泣いているくせに強がっちゃって。まったく恥ずかしい奴だわ。


「お前が不正をしたり、いじめをしたり、色々してることを知ってるんだからな!それにお前はこのフーリーをいじめたりとかしてたんだろ!俺は全部知ってるんだからな!」


 隣のアラン王子は、なんだか小学生みたいな主張をする。全くもって恥ずかしいバカだ。これからこんな奴の婚約者にならないといけないと考えると、少し嫌な気持ちになる。


 でも隣から正面へ、アラン王子からレイチェルに目を落とすとそんな嫌な気分も消し飛んでしまう。

 ねえレイチェル、散々下に見てた奴に婚約者を奪われるって、王妃の座を奪われるってどういう気持ちなのかしら。ねえ教えてよレイチェル。あ、悔しさで声も出ないか。かわいそー。ぷぷぷ。


「……そうですか」


 そう言ってあいつは踵を返すと、正面扉からゆっくり出て行った。


 勝った!勝った!私の完全勝利だ!

 どうだ!見たか!私がこの世界の主役なんだよ!!お前はただの脇役なんだよ!!二度と目の前に現れるんじゃないわ!バーカ!!




 それからすぐに王宮から呼び出しを食らった。貴族達が見ている目の前で婚約破棄をしたのだ。呼び出されるのは想定内だ。

 王宮から呼び出しをうけたとき、アンナは「はゎゎゎはゎゎゎ」とひたすら言って、私の周りをうろちょろしてた。普段なら鬱陶しいので部屋から追い出すところだが、今回はアンナのおかげであの女に復讐することができたのだ。これくらい我慢してやろう。


 ドラゴンの鱗を懐に入れたことを確認し、アンナからの鬱陶しい抱擁を鼻であしらい、時間通りに王宮へ行くと、そこにはアランバカ王子とその父である国王ハンド、そして私の父アルドがいた。


 国王は高い位置の玉座にふんぞり返っており、私の父はそこに向かって深く頭をたれている。私がこれから王妃になると言うのに。バカな父親だ。

 アランは私を見つけると、のんきに手を振っている。こいつも相変わらずバカだ。


「ゴホン。アラン、そしてアルドの娘フーリーよ!そなた達は何をしたのか分かってるのか!」

「もちろん分かっております。父上」


 アランが自信満々に胸を張りながらそう答えた。


「いや、わかっとらん!あの家と婚姻関係を結ぶのがどれだけ大事だったのか!お前には散々教育してきたと思ったのだが!それにアルドの娘よ!お前もその意味を理解しておらんかったのか!」

「む、娘が申し訳ありません。王よ。お許しください!」


 父が王に頭を下げる。全くもって恥ずかしい。

 ドラゴンに認められた高貴な一族であることを自覚してほしいものだ。


「意味なら理解しております。その上で今回の事に及んだのです」

「ほう。ならわしが納得できるだけの理由があるんじゃな」


 王はアランの毅然とした態度に少し感心したのか、一度椅子から腰を少し上げると、深く座りなおした。


「父上よ。実はこのフーリーの家はドラゴンに認められた家なのです」

「……ほう、ドラゴンに認められたとな。アルドよ。それは本当か?」


 父はアランの発言に驚いたのか、目を丸くして少しの間フリーズしていた。

 それもそうだ。我が家の秘密を王子が知っていたのだ。驚くのも無理はない。


 ここまで来たら言い逃れは出来ませんよ。さあ父よ、選ばれた一族である事をここで宣言するのです!


 父は少しして、ゆっくりと王の方へ向き直り口を開いた。


「そんな事実はございません」


 ……はぁ!?


「お、お父様。ここまで来たら隠す必要はございません。何も悪いことをしてないのですし、竜脈の事についてお話いたしましょう」

「なんだその、りゅうみゃくとやらは?」


 お父様は私の発言に首をかしげた。

 玉座に座ってた王もあきれたように「ハァー」とため息をつく。


 いっ、一体どういうこと!


「つまりアルドの娘が虚偽の発言をしたと」


 王があきれたようにそう言う。


「ち、違います!そ、そうだわ!ドラゴンの鱗があります!私のような者が普通は持てる代物ではありません!でもあるのです!」


 私は急いで懐を探る。ドラゴンの鱗があれば王も納得するはず。ドラゴンの鱗があればお父様も隠すのを止めるはず。ドラゴンの鱗があれば、ドラゴンの鱗があれば、ドラゴンの……


 ……あれ?ドラゴンの鱗はどこ?


「もうよい。よく分かった」

「ま、待ってください!そ、そうだ!侍女のアンナ!アンナに聞けば分かります!アンナは今私の寮部屋にいます!今すぐ連れてきましょう!!」


 そ、そうよ!アンナが証言すればお父様は諦めるはず!


「フーリー……」


 父が心配そうな顔でこちらを見る。


「お父様今すぐアンナを連れてきましょう!」


 私の言葉に父はため息をついてこう言った。


「アンナに甘えてばかりじゃダメだと気づいたと言って、彼女を家に送り返してきたのはお前じゃないか。アンナは今も我が領地でしっかり働いておる。お前は何を言っているんだ」


 私は、お父様の言葉が、その意味が、まったく理解できなかった。



******



「アラン第一王子は精神に異常をきたしたとして隔離、王位継承権は剥奪。伯爵令嬢のフーリーは虚偽の発言をして王子を騙した国家反逆の疑いで投獄されたと。……だいたい予想通りね」

「はい。ハンド国王とアルド伯爵からは謝罪の文が届いております。特に伯爵家の方は、レイチェル様のおっしゃることであればいくらでもご助力する、との事です」

「そう」


 私は机の上に置いてあった紅茶を手に取ると、ゆっくりと口に運んだ。


「それにしても、レイって意外と演技派だったのね。……いえアンナと言った方がいいのかしら?」

「お戯れはおよしください。やるべき事をしたまでです。笑うところではありませんよ」


 レイは口を押さえて笑う私を見て、にこりともせずにそう言った。

 これが「はゎゎゎゎ」とか言っていたのだ。想像するだけで面白いに決まっている。


「ゴホン。もうその話は良いではありませんか。やっと念願の一歩目を踏み出せたのですから」

「それもそうね」


 ここまで本当に長い時間がかかった。


 始めてアラン王子とあったのは8歳の時だった。そのときから王子は、よく言えばやんちゃ、悪く言えば迷惑を周囲にまき散らすだけの厄介者だった。

 通常第一王子の婚約者は公爵家の者が担うのだが、公爵家には残念なことに女が生まれなかった。そこで侯爵家の竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の娘に白羽の矢が立ったのだ。

 正直気乗りはしなかった。悪い評判は死ぬほど聞いていたし、そもそも結婚なんてよく分からなかった。だから父に婚約はお互いを知ってから判断したいとお願いをした。今思えば、我ながら8歳にしてはよく出来た子だった。

 しかし父からの返事は冷たかった。「特別な何かが起こらない限り婚約を考え直すことはない。お前はこの家に生まれた時点で、家の盾であり、矛なのだ」と。

 父から貴族としての正論を突きつけられた私は、ただ静かにうなずくことしか出来なかった。


 そして迎えた顔合わせの日。

 私は噂が間違いであり素敵な王子様が現れるかも、という淡い望みを抱いていた。しかし実際に来たのはそこら辺の平民の子供よりも教育のなっていない悪ガキだった。

 会って挨拶をしようとした瞬間、唾を吐きかけられた。「口を開くなバカ。俺はバカが嫌いなんだよ」との事だった。王子の侍従は誰も止めようとしなかった。


 私は好かれようと努力した。

 話しかけたり、お花を持って行ったりした。王子にバカにされぬよう難しい書物を読んだり、魔法の勉強をコツコツしたり……

 でもあいつはそんな私の心を踏みにじった。私を嘲り、罵り、蹴り飛ばした。誰も止めてはくれなかった。唯一当時侍従見習いだったレイだけが私の味方だった。でもレイにもたいした力はなく、結局耐えることしか出来なかった。


 そんなとき父の言葉を思い出した。「特別な何かが起こらない限り婚約を考え直すことはない」と。


 特別な何かが起こらない限りは、だ。


 私は考えた。小さい頭で、三日三晩考えた。

 そして思いついた。

 王子から婚約破棄をするように仕向ければ良いのだと。


 それから私は王子に嫌われようと必死に努力した。

 あいつは他人の事を見下すのは好きだが、自分より出来が良い人間が嫌いだったので、全てにおいてあいつに勝つことにした。

 勉強を死ぬほどやった。魔術訓練を死ぬほどやった。女なのにもかかわらず、騎士団に混ざって剣術の訓練もやった。レイもそんな私を真似して一緒に鍛錬を重ねていった。私はあいつが手を出す物全てにおいて、あいつよりも上をいった。


 初めは色々言われたが、何でも負けてる自分が恥ずかしくなったのか、そのうち影でコソコソ悪口を言うだけで表で何かされることはなくなった。


 でもそれだけじゃダメだった。あいつはバカだが、婚約破棄の危険性を知っていた。我が家との婚約の重要性を知っていた。私の事を嫌いになっても婚約破棄をする様子はなかった。

 王子の事をそそのかしてくれる私の協力者がいれば良かったのだが、私にはそんな人はいなかった。


 さらに月日が流れ、学校生活を送る年齢になった。学校はとても楽しかった。一部の人を除けば皆とても優しくしてくれ、私の心を癒やしてくれた。

 でも私を疎ましく思う人々もいた。優秀な私を疎ましく思う者、王子の婚約者であることをうらやましく思う者、理由は様々だった。


 そんな中、第一王子に取り入っている奴がいるという話が耳に飛び込んできた。調べて見ると、田舎の辺境伯家の令嬢がアラン王子に取り入り、事あるごとに婚約破棄の話を持ちかけているという話だった。


 これは使える、と私は思った。


 すぐにレイに彼女の近辺を調査してもらった。フーリー伯爵令嬢は学校に間抜けな使用人一人しか連れてきておらず、たいした警戒もしていなかった。

 私はレイに魔法をかけ、フーリー伯爵令嬢の姿に変えると、本物がいない間に使用人を領地へと送り返した。

 その後伯爵令嬢にばれないよう、今度はレイを使用人の姿に変え、令嬢を騙した。

 そしてありもしない竜脈なんて話を信じ込ませ、王様に謁見する直前、レイにドラゴンの鱗を回収してきてもらったのだ。


 伯爵令嬢の部屋に探知系の魔道具を一つでも置かれていれば、魔法での変装など通用しなかっただろう。フーリー伯爵令嬢がしっかりと事実確認を行っていたら嘘がばれていただろう。

 落とし穴なんて数えられないほどあるプランではあった。だが成功した。

 アラン王子もフーリー伯爵令嬢もバカで助かった。


「お嬢様そろそろ良いお時間です」


 私はレイの言葉で現実に引き戻される。


「そうね。そろそろ行くとするわ」


 私はティーカップを音を立てずに机に置き、立ち上がって自室から出る。


 今回の婚約者は最悪だったが、だからといって次にいい人が来るとは限らない。なんせ婚約者は私が決めるのではなく、父が、この家が決めるのだ。

 いくら今回の婚約破棄がうまくいっても、どうせ第二第三のアラン王子がやってくるだけなのだ。それでは時間をかけて婚約破棄してもらった意味がない。

 でもそれは、貴族の家に生まれたからには逃れられない運命なのだ。


 ……本当にそうだろうか?


 私は目的の扉の前にたどり着き、静かにノックをする。

 それは父の部屋の扉だった。


「父上、話があります。今お時間よろしいでしょうか」

「……入れ」


 父の低い声が聞こえると同時に、私は勢いよく扉を開ける。


「そんなに急いでどうした?」


 私が扉を思い切り開けるのに驚いたのか、父の声のトーンがいつもより高くなる。


「婚約破棄されたのがそんなにショックだったか?まあ次はお前にとって良縁となる相手を探してやるから、しばし待っておれ」

「いえ、その必要はございません」

「……それはどういう意味だ?」


 父が怪訝な顔でそう言う。

 私は一つ深い呼吸をして、父に言った。


「私が自分で婚約者を決めると言っているのです父上」


 瞬間、空気が変わる。

 父の顔はみるみるうちに赤くなり、まとっている空気がピリピリと刺激を帯びる。さっきまで流れていたゆっくりとした空気は、もうどこにも存在してなかった。

 さすが竜殺し(ドラゴンスレイヤー)だ。この場にアラン王子がいたら、恐怖で漏らしていたかもしれない。


「……レイチェル。何を言っているか分かってるのか?お前は侯爵家の人間だ。結婚に意思など必要ないことは理解しているだろう」

「理解しております父上」

「ではなにゆえその発言をしたのだ。事と次第によっては、実の娘といえども許されんぞ」


 父の発する圧がさらに高まる。

 貴族の家は家長が黒と言えば黒、白と言えば白なのだ。それが守れない者は家族ではないのだ。

 そんなこと理解している。

 ……だがそれは家族であれば、だ。


「わかっております父上」

「ならば「父上」


 私は父の発言を遮ってこう続けた。


「私はドラゴンを討伐します。そして爵位を得てこの家から独立いたします」

「なっ……」


 さすがの父もこの発言は予想になかったのだろう。少し驚いた顔をするが、すぐに顔をしかめる。


「……面白い冗談だ。先ほどまでの発言は全て忘れてやるから部屋に戻れ。不愉快だ」

「冗談ではありません」

「ではどこのドラゴンを討伐すると言うのだ?我が領地にドラゴンはおらんぞ?ドラゴン退治は貴族の誉れであり責務、他の貴族が領地のドラゴンを差し出すわけないであろう。そんなこともわからんバカに育っていたとは……」


 父は呆れたようにため息をつく。


「退治するドラゴンは決まっています。レイ!」

「はっ!」


 私がレイの名前を呼ぶと、レイが素早く懐から一通の手紙を取り出す。


「先日国家反逆の疑いで逮捕されたフーリーの父、アルド伯爵からのお手紙です。この手紙には私の話であれば何でも聞いてくれると書かれております。……そういえば、あの領地にはドラゴンが住むとされる霊峰コモル山がありますね。どうも私は運が良いようです」


 私はそう言ってニッコリと笑みを浮かべる。

 反対に、父は苦虫を噛み潰したかのように顔を歪める。


「……だが戦力はどうする?まさかお前とレイだけで討伐できると?馬鹿馬鹿しい。アルド伯爵に兵でも貸してもらうか?有象無象が何人集まってもドラゴンのウロコ一つ傷つけれんぞ」

「存じております。そのため、このようなものを準備しております」


 私は懐から八枚の紙を取り出した。


「これは、私と共にドラゴン討伐を行いたいと言う方々からいただいた署名です。全部で八枚あります」

「……誰だそいつらは?生半可なやつが八人加わったところで意味がないぞ」

「この同意書は私が通っている王立学園の先生方からいただきました」

「な、なんだと!」


 驚く父に構わず私は続ける。


「全て平民出身の方々です。そのため貴族のしがらみは関係ありません」

「……」

「それに実力も十分です。なんせ国からのお墨付きですから」

「……もし無様に破れてしまったら、家の敷地は二度と跨がせんぞ」

「覚悟の上です」


 父は私の言葉を聞き、ハァーっと深いため息をつく。


「まったく誰に似たのか……好きにしろ」

「ありがとうございます!行くわよレイ」

「はっ!」


 私は踵を返すと、扉を開ける。

 扉から飛び込んでくる新鮮な空気。


 私は大きく呼吸をすると、勢いよく一歩を踏み出した。



******



 それから半年後、史上最年少の竜殺し(ドラゴンスレイヤー)が誕生した。

 その名はレイチェル・ドーラン。

 彼女の活躍は吟遊詩人によって王国だけでなく周辺国まで知れ渡ることとなる。


 そして、そんな彼女が運命の出会いをするのは、また少し先の話である。

 最後まで読んでくださり、誠にありがとうございました!

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