8.続く音
◆続く音◆
あっという間に、次の金曜日はやってきた。
この間と同じスタジオDの扉を開けた。
「おつかれさまです」
遥はぺこりとお辞儀をしながら挨拶した。
「おつかれさま。今日もよろしくね」
ユキが白いギターを調整しながら、淡々とした口調で言った。
晃以外は、みんな来ている。
遥は、ベースを出して準備を始めた。
そこへ今日も長髪がきれいに整った瞬がやってきた。
「この間から気になっていたけど、国東さんのベース左利き用なんだね」
遥のベースを珍しそうに覗き込む。胸まである黒髪がさらりと揺れた。
「はい。なりゆきというか、安かったから……」
「はははっ! なんだそれ!」
ドラムを調整していた哲央が笑った。
「だけど、ちょっとカッコいいでしょ?」
「確かにかっけー!」
「あとで、少し触らせてもらってもいい?」
瞬がそわそわしながら言った。
「うん。いいよ」
ユキは三人を一瞬見たが、そのまま調整を続けた。
遥の準備が終わると、ユキが口を開いた。
「さ、音を鳴らしてみよう」
ユキが軽くカウントを取る。
遥は深く息を吸い、弦に指をかけた。
低い音が、床を這うように鳴る。
すぐに、瞬のギターがその上に重なった。
その隙間に、ユキのギターが静かに入る。
コードはまだ探るようで、整いきってはいない。
哲央のスネアが、一定の間隔で刻まれる。
前回より、ほんの少しだけ安定している。
(……続いてる)
遥は思った。
前みたいに、すぐには切れない。
音が、次の音を呼んでいる。
スタジオの空気が、ゆっくりと動き出した。
そのとき――。
――ガチャ。
重い扉が開く音がした。
一瞬、誰かの音がよれた。
それでも、演奏は止まらない。
「わりー。遅くなった」
晃の声だった。
ユキは振り返らず、弾き続けたまま言った。
「いいよ。そのまま」
晃は、しばらく壁際で立ち尽くしていた。
マイクスタンドをそのままにして。
◆はじまりの一歩◆
晃を壁際に残し、遥たちは楽器を弾く手を止めない。
一瞬乱れた音も、いつしか元の重なりに戻っていた。
(あぁー、気持ちいい……)
とにかく今はずっと弾いていたい、音を鳴らし続けていたい。
遥は夢中で左手で弦をはじき続けた。
遥の視界に晃が入った。
ゆっくりとマイクスタンドに近づいて、高さを調節し始めている。
ちらりとユキを見たが、気にする様子もなく白いギターを弾き続けている。
晃は、マイクスタンドに手をかけたまま、しばらく動かなかった。
それから、ほんの小さく息を吸う。
「……あー」
音というより、息に近い声だった。
遥は、心臓が跳ねた。
でも、気づかないふりをしてベースを弾き続けた。
晃の、旋律とも言えない音が、コードの隙間に滑り込む。
「らら~ら~」
ユキのギター。
瞬のギター。
哲央のドラム。
遥のベース。
そして、晃の声。
今、音がひとつ、増えた。
(……戻れない)
この瞬間、一歩踏み出そうと上げた足が、地面に着いた気がした。
(私、今、自分の選んだ道を歩いてる……)




