7.音の粒
◆音の粒◆
「はあ!? 女!」
金髪の男性が、反射的に声を荒げた。
「女なんか、いらねーだろ」
遥は俯きそうになるのをこらえてスタジオを見渡した。
不満そうな金髪の男性。
青いギターを持ち、心配そうな顔で金髪と遥の顔を見比べている整えられた長髪の男性。
ドラムのそばには、短髪黒髪の男性が、しっかりと遥を見つめている。
もう一人、白いギターを持った柔らかそうな黒髪の男性がいた。
「おいおい、俺たちヴィジュアル系でバンドやりたいんだぞ! 女いらねー」
(……ここでも)
やっぱり女はヴィジュアル系のバンドをやったらダメなのかな。
遥は金髪の男性の言葉が正解なような気がしてきた。
何か言いたいけど、緊張と悔しさで言葉が出ない。
柔らかそうな黒髪の男性がギターを置いて口を開いた。
「……男とか女とかより、まずみんなの音を聴いてみない?」
(あ、電話の声。この人がユキさんだ)
「でも、その前に自己紹介かな? 全員揃ったからね」
ユキはみんなを見渡した。
みんな、それに頷いた。
「俺、晃。ボーカル希望。頂点目指す!」
金髪の男性は、遥を無視して3人に向けて言った。
「俺は哲央。もともと趣味でドラムやってて、ムンボで張り紙見て応募した。よろしくな」
右手を軽く上げた。
「えっと、この前にも少しだけバンドやってました。でも解散したから、今回が最後の気持ちです。瞬です」
長髪を押さえながらペコリとお辞儀をした。
「ユキです。バンドを一からやりたくて募集したんだ」
静かに微笑む。
晃以外の視線が遥を向いた。
(さっきもあいさつしたけど……)
「遥です。……この世界で音楽をやりたいんです」
「うん。それじゃ、みんなで音を出してみよ。遥さんも準備してね」
ユキの言葉に促され、遥は小さく頷いた。
ベースケースを床に下ろし、ファスナーを開ける。
金属の音が、やけに大きく響いた。
(……落ち着け)
アンプの前に立ち、シールドを繋ぐ。
手が少し震えているのが、自分でもわかった。
ボリュームを確認してから、深く息を吸う。
一音。
遥が、弦を弾いた。
低く、短い音が、スタジオの中に落ちた。
それは派手でも、上手でもない。
でも、確かにそこにあった。
音は、壁に当たって、すぐに消えた。
なのに、誰もすぐには動かなかった。
晃が、口を閉じたまま動きを止めている。
瞬は、目を伏せて、音の余韻を探すように耳を澄ませていた。
ドラムの前の哲央は、少しだけ背筋を伸ばした。
ユキは、チューニングの手を止めたまま、遥の方を見ていた。
(……鳴った)
遥は、そう思った。
たった一音。
それだけなのに、さっきまで張りつめていた空気が、
ほんの少しだけ、形を変えた気がした。
「……もう一回、鳴らしてみて」
ユキの声は、低く、落ち着いていた。
遥は、もう一度、弦に指をかけた。
(……もう一回)
今度は、震えていなかった。
◆消えない音◆
遥は、もう一度、弦に指をかけた。
さっきより、ほんの少しだけ力を抜く。
音を当てにいくんじゃなく、ただ、そこに落とすように。
低音が、もう一度鳴った。
さっきと同じはずなのに、今度は音が、すぐには消えなかった気がした。
「……」
誰も、口を開かない。
その沈黙の中で、カチ、と小さな音がした。
ユキが、ギターのボリュームを上げた音だった。
「じゃ、俺も」
ユキは、そう言って、
遥の音に重ならない位置で、短くコードを鳴らした。
二つの音が、スタジオの中で並んだ。
重なってはいない。
でも、ぶつかりもしない。
瞬が、その様子を見て、ギターを構えた。
迷うように一瞬指を止めてから、高めの音を、そっと足す。
音は、三つになった。
ドラムの前で、哲央がスティックを持つ。
強く叩かない。
リズムでもない。
コン、と軽くハイハットを鳴らした。
四つ目の音。
それぞれが勝手に鳴っている。
曲でも演奏でもない。
なのに、不思議と、ばらばらには感じなかった。
晃だけが、まだ声を出していなかった。
腕を組んだまま、音を睨むように、じっと立っている。
(……うまくない)
遥は思った。
でも、
(消えない)
自分の音が、誰かの音に流されず、ここに残っている。
ユキが、ちらりと遥を見る。
「もう少し、続けてみよう」
その一言で、スタジオの空気が、はっきりと変わった。
遥は、初めて、
「ここにいていいのかもしれない」
と思った。
遥は、ルート音を鳴らす。
ユキと瞬がそれにかぶせるようにコードを弾き、哲央がリズムを刻んだ。
音が、重なっていく。
(……なに、これ?)
ベースの音に合わせて胸がドキっと高鳴った。
(楽しい……)
遥は夢中でベースを鳴らした。
腕を組んだまま動かなかった晃は、いつの間にかケーブルの位置をずらし、マイクスタンドの高さを調整しはじめていた。
「……うん。今日は、ここまでにしよう」
ユキがギターを鳴らすのを止めた。
黙ったまま晃は、マイクスタンドの位置を戻した。
「また、来週金曜日の同じ時間でいいかな?」
ユキの言葉に晃以外が頷いた。
◆帰り道◆
晃はマイクスタンドを戻すと、とっとと出ていった。
遥はベースをケースに入れ背負うとユキのところへ行った。
「あの、ありがとうございました。」
深々とお辞儀をした。
ユキはギターを片付ける手を止めた。
「うん。また来週ね」
その瞬間、ユキが、
ほんの少しだけ微笑んだように見えた。
遥は、スタジオを一歩出た。空気が軽い。
帰り道、人のまばらな道を抜けて、池袋の繁華街に出た。
夜空は一気に明るさを取り戻す。星の代わりにネオンが輝く。
信号が赤になり足を止めた。
ふぅー、と大きく深呼吸する。
(……来週)
また、音を出せる。
また、次がある。
遥は顔が緩むのを必死に堪えながら歩いた。
(ギターとベースとドラムが重なると、あんな音になるんだ)
重なった瞬間を思い出して、ベースケースの肩紐をぎゅっと握る。
今日、みんなで音を重ねた時、ベースの居場所が、少しだけわかった気がした。
(あぁ、早く家に帰って練習したいな。もっと弾けるようになりたい)
そして、ユキのことを考えた。
(淡々としていたけれど、否定することもなかった。私の音を聴いてくれた。どこか掴めない、不思議な人だったな)
遥はふと、家電量販店の前で足を止めた。
楽器売り場の一角で、壁一面に並ぶヘッドホンを眺める。
(どれがいいのかな……)
値段も、違いも、正直よくわからない。
それでも、店員に勧められた手ごろな値段のものを一つ選んだ。
レジでヘッドホンの箱を受け取ると、遥は両手でしっかりと持った。
(これで音を気にせず練習できる!)
気づけば、いつもより早足になっていた。
ベースケースが、今日は少し軽い。




