6.掲示板の光
何度かMOON BOXを訪れるうちに、木枯らしが吹き始めた。
遥はコートの襟を立てムンボへ急ぐ。
今日は、DOLL THEATERの対バンライブ。
しかし、みこはいないので、一人で狭い階段を降りた。
古い床のワックスと、少し湿った地下の空気。
あの匂いに包まれて、遥は小さく息を吸う。
(……落ち着く)
受付を済ませ、フロアへ向かう前。
遥の足は、無意識に通路の奥へと向かっていた。
自動販売機の横。
少し陰になった壁。
そこに、あのコルクボードがある。
遥は掲示板の前に立った。
ゆっくりと掲示板へ視線を向ける。
上段には前と同じスタジオや音楽教室のチラシ。
下段に貼られている紙は、少し入れ替わっていた。
あまり期待しないフリをしながら、募集の紙を一つずつ見る。
何枚目か見た後、一つの紙で遥の視線が止まった。
じっくりと見つめる。
『Vo、G、Ba、Dr募集/作曲できます。 ユキ』
(全パート募集……?)
遥は気がつくと電話番号の書かれた部分の紙をビリッと破いて、手の中に握りしめていた。
(ユキって名前……、もしかして女の子かな)
胸がドクンと高鳴った。
(ユキさん、トビーみたいに作曲できるのか、凄いな)
ライブ中も紙を握りしめていた。
いつもより、DOLL THEATERの音が、柔らかく胸に残った。
家に帰ってくると、遥は少し湿った電話番号の紙を見つめ、次に時計を見た。
――21時。
カチ、カチ、カチ。
いつもは気にならない針の音が耳に響く。
(……電話、どうしよう)
受話器を取っては置いてを繰り返す。
(この時間じゃ、失礼かな)
途中まで番号を押して、受話器を置く。手がじっとり湿るのがわかる。
――21時15分
(だんだん遅くなっちゃうよー)
覚悟を決めて受話器を取る。間違えないようにゆっくり番号を押す。
最後の番号まで押し終わると、受話器を耳にあてた。
プルルルルー、プルルルルー
心臓の音と電話のコール音が混じって聞こえる。
プルルルルー、プルルルルー
繋がらない。
諦めて受話器を耳から離したと同時に
「……はい、もしもし」
受話器の向こうから声が聞こえた。
(!! 声、低い。男の人だ……)
「………………っ」
緊張と少しの落胆で遥は声が上手く出せなかった。
「もしもし?」
もう一度、受話器の向こうから声がした。
(電話に出てくれた。話さなくちゃ)
「ユ、ユキさんですか?
あの、メンバー募集の貼り紙を見て、電話しましたっ!!」
つっかえながら遥は要件を言った。
「えと、あ、あの、わ、わたしベース希望です。お、女です。まだ、募集してますか?」
相手の返事を待つ前に緊張のあまり口が止まらない。
「……うん。まだ、募集してるよ」
受話器の向こうのユキはゆっくりと口を開いた。
「ねえ、みんなで音、合わせてみない?」
ユキは淡々としていて、感情の起伏が少なかった。
でも、その分、言葉がまっすぐに届く気がした。
「音、合わせ?」
「そう、来週、金曜の夜に池袋のスタジオで……、まずは会って、みないとね」
「参加したいです!よろしくお願いします!」
言葉が先に出ていた。
遥はスタジオの場所と時間をメモし、何度も頭を下げながら電話を切った。
――来週、スタジオ……、来週、スタジオ……
頭の中でグルグルと同じ言葉が回っている。
(ユキさん、男の人だった、けど、断られなかった)
メモとユキの電話番号を見ながら、大きく息を吸った。
(スタジオまでに、もっとベース練習しないと。頑張ろう)
遥は、早速、ベースを取り出し練習を始めた。
金曜日の夜まではあっという間だった。
スタジオは繁華街を一本外れた、金曜の夜なのに人通りがまばらな通りにあった。
遥はベースケースを背負い、緊張しながら、待ち合わせ場所のスタジオDの扉をノックし開けた。その瞬間、ひんやりとした空気と、機材特有の匂いが鼻をついた。
乾いた埃と、金属。
ほんの少し、汗の残り香。
小さな部屋の中に、アンプとドラムセットがぎゅっと詰め込まれている。
壁には吸音材が貼られ、天井は低い。
奥から、チューニングの音が聞こえる。
低く、短く、確かめるような音。
ギターだ。
一音鳴っては、止まり、また、一音、鳴る。
それだけなのに、その音は不思議と耳に残った。
――ここで、音を出すんだ。
遥は思わず背負っていたベースケースを握り直した。
深く息を吸ってから、顔を上げ、スタジオを見渡した。
遥は緊張を隠しながらあいさつした。
「よろしくお願いします。ベースの国東遥です」




