9.自分のメロディー
◆自分のメロディー◆
「遥、聞いてる?」
ユキに声をかけられて、遥は急に現実に引き戻された。
「……えっと、なんだっけ?」
「さっき、俺が弾いたメロディーをみんなで曲にしようって話」
ユキがもう一度、軽く弾いてみせる。
「カセットテープで音源を渡すから、まずは、みんな自分のポジションの音を考えてきて。一回、バラバラでいいから。合わせるのは、スタジオでやろう」
「自分で!」
遥は思わず、ぴょんと跳ねた。
ユキはそれを見て、唇の端を上げた。
みんなが、わっと盛り上がる。
「なぁ、なぁ、俺は歌詞、考えていいよなっ?」
晃が嬉しそうにユキに言った。
「うん。晃の世界を見せてよ」
「任せとけ!」
晃は、親指をグッと立ててみせた。
「晃は元気だな」
哲央が言った。隣で瞬もふふふと笑った。
「いーじゃん。楽しいんだから!」
一週間後の金曜日までに各自、音を考えてくることになった。
遥は、大事そうにカセットテープを鞄にしまった。
(……初めての曲、とにかく、やってみよう)
家に帰った遥は、すぐにカセットテープをデッキに入れた。
さっきスタジオで聴いたユキのメロディーがスピーカーから流れた。
生のギターとは、また少し違って聴こえる音。
でも、優しいメロディー。これだけでも何度も聴きたくなる。
(これにベースの音を乗せるのか)
わくわくとした気持ちと同時に不安が押し寄せる。
ベースケースからベースを取り出して、ヘッドホンをセットしてメロディーに合わせて軽く弾いてみる。
(うーん、よくわかんない……。これでいいのかな?)
何度か、音に合わせてベースラインを弾いてみる。
初めてのことに、わからないことが多すぎて頭の中が混乱した。
(……だめだ。一旦寝よう)
遥は、カセットテープを枕元に置いて眠りについた。
――土曜日。
朝、カセットテープをかけた。
狭い部屋の中が優しい音で満たされる。
朝食もそこそこにベースを弾いてみる。
何度も、何度も。
その日の夕方は久しぶりにDOLL THEATERのライブへ行った。
「遥~‼ 会いたかったよ~!」
池袋の東口改札でみこが手を振りながら、駆け寄ってきた。
「みこ! なかなかライブに行けなくてごめんね」
「ちょっと寂しかったぞ」
遥にぎゅっと抱きつく。
「私も寂しかった~」
二人はライブ開演までの時間をファミレスで過ごすことにした。
お喋りの必須アイテム、ポテトとジュース。
遥はジュースをゴクリと飲んで口を開いた。
「みこ、私ね、バンドをやり始めた、かも……」
「わ! おめでとう! でも、かもなの?」
「うん。まだ、みんなで音を出してるだけだから、
……だけど、自分の居場所を見つけた気がするんだ」
遥はみこから視線ずらして、ポテトをつまんだ。
「そっかあ、バンドやりたがってたから、良かったね!」
みこはアイスティーをずずっと吸った。
「ライブやったら応援に行くね! そうだ! スタッフやっちゃおうかな」
「ありがとう。でも曲もこれからだよ」
「頑張ってね、遥。だけど、これからもDOLL THEATERのライブ、一緒に行こうね」
「もちろんだよ。私の原点だもん」
二人は手を握り合った。
みことライブからパワーをもらった遥は、再びベースを鳴らし始めた。
金曜日。
スタジオDの扉を開けると、ユキが一人、チューニングをしていた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。自分の音、作れた?」
ユキは手を止めて、遥の方を向いた。
「……やっては、きました」
遥は、少し俯いた。だけど、顔を上げてユキに向かって言った。
「今、少し聴いてもらってもいいですか?」
「うん。聴かせて」
ベースをアンプに繋ぎ、考えてきた音を鳴らす。
鈍い音がスタジオに響く。
(なんか、やっぱり変、下手だ……)
遥は、途中で弾くのを辞めたくなったが、何とか最後まで弾ききった。
「すみません……。こんな感じです……」
ユキは、遥とベースを交互に見てから、
「……ベースの調整ってしてる?」
「調整……? あっ!」
(調整って、そういえば確か買った時に……)
『一応弾ける状態だけど、
ちゃんと調整した方がいいよ』
こんなことが書かれた紙が入ってたのを思い出した。
「あ、あのぅ、調整ってどうすれば……」
ユキは特に表情は変えずに
「楽器、初めてなんだよね」
「はいそうです」
遥を見つめるユキの瞳は淡い茶色で、言葉は淡々としているが怖くはなかった。
「じゃあ、一緒に楽器屋に行こうか」
「楽器屋さんに? 一緒に?」
「そうだよ。明日、空いてる?」
「はい! 空いています!」
◆楽器屋◆
土曜日の昼過ぎ。
遥が池袋の改札に着くと、すでにユキは立っていた。
小走りにユキの元へ駆け寄る。
「ユキさん、お待たせしました」
「俺も今、来たとこ。じゃあ、行こうか」
ユキは遥の半歩先を歩き出した。
階段を上り、駅地下から地上へ出る。
昼間の日差しを浴びるユキの肌は白く揺らめいて見えた。
(ユキさん、肌白くて綺麗だな……)
10分ほど歩いて楽器屋に着いた。
「ここは、おれの行きつけの楽器屋なんだ」
ユキは店内に入ると店員に何か話しかけた。
店員とユキが遥の前に来る。
「ベース見てもらって、調整について教えてもらうといいよ」
「はい。お願いします」
遥は店員にベースを渡した。
店員はベースを預かると確認をして、遥に調整の仕方を教えてくれた。
店員の説明は、ほとんどが初めて聞く言葉だった。
正直、半分も理解できていない。それでも、後で確認出来るようにとにかくメモはとった。
ユキは少し離れたところで、その様子を見ていた。
「今回は、こちらで調整しておきますね」
「ありがとうございます」
思わず深々とお辞儀をする。
店員が少し離れたところでベースを調整している。
まだ遥には音の違いはわからなかった。




