98 葛藤しちゃった!影狩り一族の一閃!
「記録にない……こんな“根源”みたいな闇、見たことがない」
タリクが記録板を強く握りしめた。蒼い光の中、その手だけが震えている。
「根源? そうか!こいつはおそらく――魔物が生まれた最初の闇だ!」
ミラが妙に詳しい口ぶりで言うものだから、セリアンが眉をひそめる。
(師匠……闇の研究してたの?いや、なんかすごく詳しい……!)
そのとき――。
ぬるり、と黒い水が床の“影溜まり”から起き上がった。人でも獣でもない。輪郭は曖昧で、ただ“闇が意思を持って立っている”ような存在。
「原始の魔物は、黒き古の淀み……か。ふーん、そういうことか」
「師匠!思わせぶりなこと言わないで。“そういうこと”ってどういうことですか!」
セリアンが慌てる横で、カゲミが息を呑んだ。
「……ちょ、ちょっと待てよ……なんでオレ、こいつの気配……知ってる……?」
原始の淀みがゆっくり形を整えていく。中心にぽつりと、二つの穴のような淡い光。
それは――“目”だった。そして、声とも音ともつかない震えが胸の奥に響く。
――――魔ニ、カエレ。
空気が震え、胸の奥に直接響く。
「……しゃ、喋った……?」
カルマが震える声でつぶやく。原始の魔物の影が、こちらを見据え――ゆっくり、カゲミへ伸びる。
「やめろー!」
僕は反射的にカゲミをかばって前へ飛び出した。原始の魔物の影が、僕に襲いかかってきた。
――――水ノ、ノートリア。
「……僕のことを、知っている……?」
「みんな!離れるんや!」
タリクが叫んだが、もう遅い。
黒い影の触手が床から怪しく伸び、僕たち一人ひとりの影を探るように“触れて”くる。
原始の魔物が、ざわりと揺れた。まるで何かを――“思い出した”かのように。
――――ツカマエタ! カゲ……ミ……。カルマ……!
カゲミとカルマの影が震え、波打つ。
「なんで……オレの名……っ?」
「いやだ……っ! 怖いよ……!」
タリクが記録板の古語をめくり、蒼白な顔でつぶやく。
「……まさか……闇を持つ者は、古の淀みに“繋がれる”のか……!」
「繋がれたら僕どうなっちゃうの!?」
カルマの叫びに、ミラが静かに答えた。
「繋がってしまえば――原始に囚われるのさ。消えるか、戻れなくなるか……どちらにせよ、見過ごせないね」
影の底から、また声が響く。
――――繋ガレ。水ノ子ト、影ノ子ヨ……。
僕たちの足元の影が、じわじわと引きずられるように揺れ始めた。
「カゲミ……行こう。僕たちは、“影の起源”を越えなきゃいけないんだ」
カゲミは震える手をぎゅっと握り返す。
「……ああ。俺の影がなんだろうが――オレは……セオトの相棒だ!」
その宣言に呼応するように、古の淀みが動いた。闇が波打ち、神殿の奥全体を呑み込むように広がる――。
原始の魔物との戦いが、始まった。
空気が地鳴りのように震え、闇が濃度を増していく。黒い波が足元からじわじわと這い上がり、ひと息でも気を抜けば飲み込まれそうだった。
「拙は影狩り一族の末裔。全てを狩ることはできる!……だが淀みと繋がってしまった影も断つかもしれない。すまない……」
ツバネは、手を出すのをためらう自分に苦しむような顔をしていた。
「ツバネ、落ちついて。僕がまず動くね。“リヴァー・プリスティン”!」
僕に呼応した水紋のペンダントが、清流の記録を呼び起こす。澄んだ水音が一瞬だけ闇を押し返し、淡い光が床を走った。
闇がざわり、と反応する。
「……効いてる。ミラさん、続けて!」
「もちろんだよ。じゃあ――そろそろ“本気の研究者”として働こうか」
ミラは片目を細めて、闇に指先を向ける。涼やかな笑み……けれど、その奥にあるのは深い洞察。
「原始の魔物さん。あなた、構造が単純すぎるんだよね。“闇の根源”を名乗るわりにさ」
ミラの体表に淡い霧が回り、影を吸い上げるような風が起きた。
「“ディスパージョン・シャドウ”!」
渦を巻く風が闇の外殻を引き裂き、原始の魔物がどろりと崩れかける。その刹那――。
「アア……ァァ……カゲ……ミ……カルマ……」
闇の中心の“目”がふたつ、ぎょろりと揺れた。呼ばれる名前に、二人がびくっと震える。
「――来るよッ!」
僕が叫ぶよりも早く、影が急激に伸び、カゲミとカルマの影へ食らいつこうとした。
「やめろッ!!」
ツバネの一閃が飛ぶ。白光をまとう刃は影を裂き、闇の腕が悲鳴のような震動を起こして霧散した。
「そう簡単に仲間を渡すものか……!影狩り一族を、なめるなよ!」
ツバネは歯を食いしばりながら、二人の前に立ちはだかる。
「ツバネさん……」
「ツバネ……ありがと……!」
カゲミとカルマが小さくつぶやくが、ツバネは振り返らない。
「礼はあとだ!いまは――生き残れ!」
その声に、ふたりの影がふるふる震えながらも、わずかに光を帯びた。
しかし原始の魔物は、構造を崩しながらも再び立ち上がる。黒い煙のようなものが床を覆い、周囲の影を次々と喰らっていく。
「あいつ、学習してる……!」
僕が息を呑むと、ミラが小さくうなずいた。
「だろうね。根源の闇は――“喰いながら増える”。そして“名前を持つ影”に強く惹かれる」
「名前……?」 カルマが胸を押さえ、肩を震わせる。
「オレたちの名前……奪われるってことか?」 カゲミは唇を噛んだ。
「奪われるだけじゃないよ」
ミラが闇を見据え、静かに言う。
「――同化される。“起源へ還れ”ってね」
そ、そんなの許すもんか! 僕の気配を察知した闇がぐらり、こちらに傾いた。
「来るぞ……!」
原始の魔物が、こちらへ“世界の始まり”のような声を響かせた。
――――オマエタチ、戻レ。
――――闇ノ、ウミ……へ……。
戦いの第二波が、押し寄せてきた。
「……なぁセリアン。今回、ワイらの出番、あったか?」
タリクが天井を見上げながら、半分あきれた声を漏らす。
「……ゼロですね。完全にゼロです」
セリアンは冷静に言うが、眉のあたりがちょっとだけピクピクしている。
「ほら見ろ!ツバネはシュパッ!としちゃうし、原始の魔物はド派手やし、セオトは水バッシャーン!やろ……ワイたち、背景じゃね?」
「背景のほうが存在感ありますよ。私たち、今回は“ページの余白”レベルです」
「おいおい、余白って……ワイは、まだやれるぞ!?腕も足もついてる!!」
「腕と足があるだけで戦闘に参加できるなら、苦労しませんよタリク」
「ぐっ……!」
タリクは言い返せず、口をぱくぱくさせる。
「でもまぁ……次こそは、私たちにも役目がありますよ……たぶん」
「“たぶん”かよ!?確定じゃないんか!?」
「作者さんの気まぐれなので」
「うおおおおーーーー!!ワイらにも見せ場をーーー!!!」
タリクの叫びが、あとがきのページの端まで響いちゃった。




