97 わちゃわちゃしちゃった!影巫女の神殿!
「セオト……。オレの影が揺らいでるって、ハツユリに言われただろ」
カゲミは、神殿の蒼い気配を仰ぎながらつぶやいた。声は低く落ち着いているのに、その奥で影だけが震えているようだった。
「うん、そう言ってた」
「わかるんだ。オレの影……この神殿と関わりがあるって」
「え!?じゃあ、カゲミの影って、ここで“生まれた”……?」
「断言はできねぇ。でも、そう思う。村々の影巫女の力が弱まったのは……“吸い取られてる”のかもしれない」
息を呑む。“影の起源”が、影巫女の力を削っていた……?
「じゃあ、ハツユリの残した“記録”を探せばいいのか?それとも――」
その瞬間――。
ヒューッ、ヒューッ──。
カルマの呼吸が急に荒くなり、膝ががくりと落ちた。
「カルマ!? 大丈夫?」
「セオト兄ちゃん……僕、ここに吞まれちゃいそう……影が……こわい……」
肩にとまっているハグロトンボも、今にも落ちそうなくらい震えている。
この神殿の“影圧”は、魔物には強すぎる。
「トンボが休んでもしかるまい! だホン!」
にょきっ!
足元の石床から、突然ちいさな葉っぱが生えた。
ホンホンが育てた柔らかい草のクッションが、ぽふっと浮かび上がる。
ハグロトンボはそこへふらりと移り、力なく羽をたたんだ。
「ナイス!ホンホン!」
「ダジャレはホンホンにまかせろホン!!」
……ちょっとだけ、空気が和んだ。
でも――カゲミの表情は変わらない。深い影をそのまま顔に落としながら、静かに僕の方を向いた。
「セオト……急がねぇと。ここに長くいたら、カルマもトンボも保たねぇ。“記録”を見つけて……影の正体を知らなきゃ」
「うん、行こう」
「なぁ、セオト。……もしオレの影が暴走したらさ」
「うん?」
「その……お前が止めてくれよ。ちゃんと、俺の隣で」
その言い方があまりに不器用で、笑いそうになる。
「もちろんだよ。だって相棒だろ?」
「……ちげぇし」
ちょっと赤い顔でそっぽを向いた。だけど握ったままの僕の袖は、離してくれなかった。
神殿に足を踏み入れてから――ツバネは一言も喋らなくなった。
青白い光が揺れ、影が足元を撫でるたびに、肩だけがわずかに硬くなる。その横顔を見て、リウラはとうとう声をかけた。
「なんだか……怖いですわ。ツバネは大丈夫?」
その一言に、ツバネの睫がピクリと揺れる。まるで“気づかれた”ことに驚いたように、目を見開いた。
「……すまない。リウラ。今は、まだ言えない。拙の……勘違いであればいいんだが」
そこで言葉を飲み込むように口を閉ざした。
視線は神殿の奥へ。揺らめく蒼の闇に、なにかを探すような目だ。
「勘違い……?何の、ですの?」
「……」
ツバネは返事をしなかった。ただ、拳をぎゅっと握って、影に溶けてしまいそうな静けさで立っている。
――その胸の内では。
(……言えるわけがない。この奥から……カナエ兄さんの気配がしている、なんて……)
ツバネは息を押し殺す。たしかに“残り香”のように──兄の気配が、この神殿の奥に漂っている。
それをどう伝えればいい?
確証はない。希望でもなく、絶望でもなく──ただ、胸を締めつける“影”の気配。
リウラはそっとツバネの袖をつまんだ。
「……言いたくないなら、無理には聞きませんわ。でも……ツバネが怖いなら、ワタシがそばにいてあげますからね」
その声に、ツバネの肩がすこしだけ緩む。
「……ありがとう。拙は大丈夫だ。ただ……」
蒼の奥へと向けた視線が、わずかに震えた。
「――嫌な予兆がする」
その瞬間、神殿の空気がふっと冷えた。まるで、ツバネの言葉に応えるかのように。
蒼い霧が渦を巻く。影が肌に張りつくような気配の中で、ミラだけが相変わらずだった。
「なんだい、ワクワクしてるのは私だけかい?」
「師匠……今は空気読みましょうか……」
セリアンは額を押さえた。ミラの飄々とした声音が、この場でいちばん異様に聞こえる。
しかしミラは、影を眺めて陶酔したように息を吸う。
「いやぁ、風が騒いでるねぇ……おや? セリアン。君も感じないかい?」
「感じるって……何を……?」
「この先にあるよ。濃くて古い淀みが待ってるじゃないか。――ほら、背中のあたりがゾワッとしたろ?」
「し、師匠!? それって、つまり……!」
セリアンの声が跳ねる。
「そう。ここで君も覚醒するかもしれないから、とりあえず竪琴を弾いておくれ」
完全に“実験モード”の声音だ。
「は、はい……!」
震える指で竪琴を抱え、弦にそっと触れる。繊細な音色が神殿に流れ、影の霧がふわりと後退するように揺れた。
……その瞬間。
「……あ、呼吸が……楽に……」
カルマが胸に手を当て、驚いたように瞬きをする。
「霧が薄くなった……?」「ほんとだ、影気が弱まった!」
仲間たちの声が次々と上がった。
「ふふ、これが癒しの魔法さ!」
ミラが胸を張る。
「師匠、弾いてるのは私です」
「もちろんだとも!私は“指導の魔法”をかけたのさ!」
「どんな魔法ですかそれ!?」
セリアンが思わず抗議するが、竪琴の音は確かに影を和らげていた。
ミラは目を細め、さらに奥を見つめる。
「さぁ、奏で続けるんだ、セリアン。君の音は――影すら揺らす力を持っている」
その声に、セリアンの背筋が震える。竪琴の音が続くたび、古い影の気配が、ひとつずつ剥がれ落ちていくようだった。
奥へ進むほど、空気が重く沈んでいった。光も、声も、影も吸い込まれるような静寂。
黒い水たまりのようなものが、床に滲んでいる。けれど、水ではない。触れる前から、胸の奥で本能が警鐘を鳴らす。
「……これが、古の淀み……?」
その言葉の直後──床の黒が、ぬるりと動いた。
今日も読んでくれてありがとうだホン!
影巫女の神殿、こわいけど冒険ノートはホカホカ温まってきただホン……。
みんなでわちゃわちゃしながら進めるから、ホンホンは胸をなで下ろしてるホン。
特に、カルマくんの肩にいたハグロトンボちゃん。
あの子、はじめはホンホンのことを見るたびに羽を震わせて逃げちゃって……。
ホンホン、コワくないホン!
(禁書だけど、やさしいホン!)
でもね。
神殿の影気がつよくて、あの子がフラフラになったとき――
ホンホンは見ていられなくて、
ぽふっと、柔らかクッション草を生やしたホン。
そしたら、ふわりとそこへ降りて、
ちいさく羽をたたんで、すやすや休んでくれたホン。
……きゅん。としたホン!
「トンボちゃん、ホンホンと仲良くしてほしいホン」って言ったら――
ハグロトンボちゃんは、はにかんだみたいに翅をふるわせて、
ホンホンの肩に ちょこん ととまったホン。
……きゅんきゅん。としたホーン!
あのときの感動は、『禁書ホンホンの禁断メモ』の最終ページに書いておいたホン!
ホンホンホン!(笑い声)
これからもダジャレは、ホンホンにまかせろホン!
もうすぐ100話だホン!
これからも、ホンホンといっしょに、物語をたのしんでくれたらうれしいホン!
――禁書ホンホン。




