94 行き先決まっちゃった!旅立ちの記録師たち!
お祭りの熱気も、人々の酔いもようやく落ち着きはじめたころ。
焚き火の赤い残り火がゆらゆら揺れるのを見ながら、僕はずっと胸の中にあった気がかりを、そっと口にした。
「カゲミも帰ってきたことだし、僕も……新しい記録師協会の手伝いに行こうか?」
ツバネが腕を組んだまま、うん、と短く頷いた。
「そうだな。まだバタバタしてるからな。協会もずいぶん変わったぞ」
「え!そうなの?」
「トップが権力握りしめてるような協会は要らないからな。全部ひっくり返したら争い沙汰になるだろうから……少しずつ改革だな。根っこのところから、な」
ツバネの声音は静かだったが、その裏に宿る決意は熱かった。焚き火の火がぱち、と弾け、赤い光が彼の横顔に鋭い影を落とす。
「協会長の権力か……。たしかに、オルグやクロムのやりたい放題だったもんね」
言いながら、胸の奥にずしりとした重さが落ちてくる。
たしかに——ひとりのノートリアが強大な権力を持つのは、どこか歯車が狂った瞬間に危険な方向へ転がりそうだった。
「記録するって、主観が入ってしまうから……どこまでが虚飾か見失っちゃうと怖いね」
自分の言葉に、自分で小さくぞくりとする。記録は事実であって、同時に“誰かの視点”だ。その視点が偏った時、世界の見え方さえ歪んでしまう。
「ああ。だからこその改革だ」
タリクがゆっくりと握った拳に力を込めた。焚き火の赤が彼の瞳に反射し、燃えるような光を宿している。
犬猿と言われるツバネとタリクが、今は同じ方向を見ている——それが、妙に頼もしかった。
そんな僕らのやり取りを、カゲミはじっと聞いていた。
「……オレも手伝うよ。影巫女としても、仲間としても。セオトの隣にいるって、決めたから」
その声は、以前のカゲミよりずっとまっすぐで、揺らぎがなかった。横目で見ると、小さな拳をきゅっと握りしめている。
その姿に、嬉しさがこみあげてきて、胸がじんわりと熱くなる。
「生まれ変わってカッコよくなってますわ! カゲミー!」
ぱあっとリウラが目を輝かせて叫んだ。カゲミは「うるせぇ」と照れたようにそっぽを向くけれど、耳の先がほんのり赤い。
「ミラソムに移ったんだよね?私も行ってみたいな。それに、カルマも同行するそうです」
「えっ、カルマも?」
思わず声が上ずる。僕が目を丸くすると、ミラはふわりと微笑み、静かに頷いた。
その後ろで、カルマがもじもじと足先をいじっていた。焚き火の光が彼の頬に反射して、ほんのり赤く見える。
「うん……その、僕の友達が行きたいって。セオト兄ちゃんとも、またいろいろ話したいし……」
“友達”。
カルマの肩にそっととまる、小さな影がぱたぱた羽を震わせる。ハグロトンボ――きっと、彼も新しい土地を求めているのだろう。
カルマ自身も、きっと同じなのかもしれない。安住の地を探しながら、それでも僕たちといたいと思ってくれている。
胸の奥がぎゅっと温かくなる。
「わかった。みんなで一緒に行こう!」
そう言うと、カルマの表情がぱっと明るくなった。ミラも、カゲミも、そして焚き火の向こう側で聞いていたツバネたちも、どこか安心したように微笑む。
夜の風がさらりと吹き抜け、火の粉がふわりと星のように舞い上がった。
協会は変わりはじめた。僕たちもまた、それぞれの選択を胸に、この焚き火のそばで同じ未来を見上げている。
たとえ少しずつでも、歩き出せる。その小さな光が、これから続く旅路を静かに照らすようだった。
翌朝。
霧がまだ地面に薄く残り、村の屋根が白く煙って見えるころ。僕たちの出発の時がきた。
家々の前には、すでに大勢の村人が集まっていた。昨夜の祭りのにぎわいとは違う、名残惜しさのつまったざわめきが広がっている。
「影巫女さま!きっときっと戻ってきてください!」
涙で目を腫らしたおばあさんが、両手を合わせてカゲミにすがるように言った。カゲミは少し気恥ずかしそうにしながらも、胸を張って答える。
「ああ!祭りには顔をだすからな!……たぶん、いや、絶対!」
後半の言い直しに、村人たちの間からくすくすと笑いが漏れる。でもその笑いも、どこか泣き声に似て震えていた。
小さな子どもが僕の袖をぎゅっとつかんで見上げてくる。
「セオト兄ちゃんも……ちゃんと帰ってくる?」
「もちろん。帰ってくるよ。影巫女と僕はいつも一緒だからね」
そう言って頭を撫でると、その子は泣きながらも嬉しそうに頷いた。
朝日が村の奥から差し込み、道を金色に照らしはじめる。ツバネが「行くぞ」と短く声をかけた。
胸に残る寂しさと、旅立つ期待が混ざり合う中――僕たちは村人たちの見送りの声に背中を押されるように、ゆっくりと歩きだした。
土の道は朝露でしっとりと濡れ、踏みしめるたび柔らかく沈む。振り返ると、村人たちがまだ手を振っていた。泣き笑いの表情が入り混じり、その全部が、胸の奥にじんと響く。
「……よし。行くか、ミラソムへ」
ツバネが前を向いたまま低くつぶやく。その声に、カゲミが元気よく頷いた。
「新しい協会、どんなとこなんだろうな!オレ、ちゃんと働けるかな……いや、働く!!」
「カゲミなら大丈夫。僕のほうが心配」
「たしかに!」
みんなの声が揃い、笑い声が道にひびいた。
朝の光が、僕たちの影を長く伸ばす。
その先に広がるのは、新しい記録師協会がある都市――ミラソム。
まだ見ぬ風の匂い、まだ知らない人々の声、まだ記されていない水の物語。そのすべてが、これから僕たちを待っている。
胸に熱く灯る想いのままに。僕たちは、ミラソムへ向けて歩みを進めた。
「祭りのあとって、なんでこんなに寂しいんだろうな」
「ああ……影巫女さまもいなくなって。この村がにぎわうのは、また一年先か……」
影巫女祭りの後片づけをする村人たちは、少し意気消沈していた。
道具を片付ける手も、足取りも、いつもより重く感じられる。
「離れていても、影巫女さまがおるのだ!それでいいじゃないか」
村長の言葉に、村人たちはふっと静まりかえる。
耳を澄ませば、まだ遠くで聞こえる焚き火の残り香や、旅立った影巫女たちの足音が、どこか心を落ち着かせてくれるようだった。
「そうだな。村長の言う通りだ」
朝日に照らされ、朝露で濡れた草がきらきらと輝きだす。
少しずつ、村も、心も、日常のリズムを取り戻していくのだろう。
寂しさと頼もしさが入り混じる、不思議であたたかい朝だった。




