9 起こしちゃった!?泉の亀様!!
村人たちとの祭りの余韻を胸に、僕らはメリフル村の水源だった、名もない干からびた泉にやってきた。
「水がないね、底が剥きだしだ……」
僕たちは、石をひっくり返して水量を確認してまわる。
カッパ様はすでにお皿がカラッカラ、失神寸前だ。
窪地の底に沈んでいた大きな石をそっと裏返した瞬間――サッと黒い虫が四方に散った。
「渇きの精って……びやぁぁぁぁぁーっ!」
カゲミが絶叫して飛び上がる。
(もっと小っちゃければ、きっと可愛かったのにな……いや言わないでおこう)
「な、なんだよ!今なんか思っただろ瀬音!」
「えっ!? ナンデモナイヨ!」
だがその下から現れたのは――苔に覆われ、ひび割れた巨大な甲羅だった。
「……これ、亀……? 生きてるのか……?」
長い間渇きに耐え、眠りについていた守護獣。
泉を潤すはずの存在が、干上がった大地に取り残されていたのだ。
リウラが身をかがめて吐息まじりにささやく。
「待ってて……私が水をあげるから」
その目が、ちらりと僕とカゲミを見た。
仲良くじゃれ合う僕らを見て、リウラの目の奥がじわりと濁っていく。
――黒い影が広がっていく。
リウラの掌に現れた澄んだはずの滴が、どろりと黒ずんでいた。
もはや、彼女の心に余裕がなくなったようだ、まずい。
「リウラ、待って――!」
声は届かない。
濁った水が亀様の口元へ流れ込み、泉に波紋が広がる。
甲羅がビキビキと音を立て、淡い光がにじむ。
――その時だった。
背筋に針を刺されたような感覚。
強い視線が、僕を射抜いた気がした。
「……流れが変わる匂いだ」
耳に届いたのか、頭に直接響いたのか分からない。
ただ、その声は冷たく、ぞっとするほど生々しい。
「いい玩具がやってくれたようだな」
僕にしか聞こえてないのか……!?
だが隣にいたツバネが、刀の柄に手をかけて目を細める。
タリクは体を固くし、カゲミは背の鱗を逆立てて低く唸った。
(……やっぱり、僕だけじゃなかった……!)
ツバネが静かに声を放つ。
「……そこか」
その瞬間、空気を張り詰めていた視線が、すっと消えた。
囁き声も、まるで最初から存在しなかったかのように。
(この気配、どこかで……?)
「チッ、逃げられたか」
ツバネは刀から手を離さず、じっと泉を睨み続けていた。
だがタリクが前に駆け出そうとしたとき――
――ズシンッ!
地面が震え、泉全体が脈打つように息を吹き返す。
僕は息を飲み、水量の増えはじめた泉を見つめた。
亀様がゆっくりと目を開く。
だがそこに宿っていたのは優しさではなく、荒ぶる苦悶の光だった。
「……我が水は……汚された……」
泉全体が揺らぎ、大地に不穏な水脈が走る。
グラッ!
大地が震えた。亀様の瞳が赤く光り、濁流のような怒気が泉を満たした。
『……誰を信じればよい……?』
空気が張りつめる。亀様の頭上から雨雲が垂れこめはじめた。
リウラは震えながら後ずさった。
「ち、違うの……そんなつもりじゃないですの……!」
僕は一歩前に出て、思わず叫んでいた。
「亀様!リウラは迷ってただけなんだ!ほんとは優しい精霊なんだ!」
ドカーンッ!ズシンッ!
稲妻が近くに落ち、大地が震えた。亀様の瞳が開き、濁流のような怒気が泉を満たした。
『我をこんな不安定な目覚めをさせるとは!許さぬぞヲヲ――』
濁った水を飲んでしまった亀様の怒りは静まらない!
水底から渇きの精が這い上がり、群れをなして迫ってきた。
「来るぞ!」
タリクが拳を構え、影の精を迎え撃つ。
ツバネは風のような速さで走り、刀の一閃で群れを切り裂いた。
カゲミは小さな体で飛び跳ね、閃光を放ってけん制する。
僕は必死に記録帳を抱えながらも叫んだ。
「亀様!リウラは迷ってただけなんだ! 本当は優しい精霊なんだ!」
だが雷鳴とともに怒声が轟く。
『……誰を信じればよい……?』
リウラは後ずさり、声を震わせた。
「ワタシの心の濁りが……亀様を……ごめんなさい……!」
『ならばなぜ、我を目覚めさせた……!グァァァァ!』
亀様の荒ぶる力は暴走し、泉から嵐が巻き起こる。
水脈が爆ぜ、稲光が村まで呑み込む勢いで走った。
「寝起き機嫌悪ーっ!」
「リウラちゃん!ドンマイだよ!」
「僕にもお水ちょうだい」
「みるん・きくん・はなすん……今は黙っててくれ!」
嵐の中でも三つ子はきゃっきゃとはしゃいでいる、さすがだ。
リウラは震えながら告白する。
「……私、嫉妬してた……セオトとカゲミの絆が、うらやましくて……」
「だからってお前のせいじゃねえ!」
タリクが精を殴り飛ばしながら叫ぶ。
「立ち向かえ! ここで折れたら本当に負けだぞ!」
ツバネが刃を構え直し、カゲミも必死に前へ飛ぶ。
仲間たちの姿が胸に焼き付いた。
(……僕も、逃げちゃだめだ)
胸の奥でペンダントが光を放つ。
かつて青鮎だったころの記憶――流れを澄ませ、仲間を信じた感覚が蘇る。
「記録師の証明!リヴァー・プリスティン……!」
叫んだ瞬間、澄んだ水の波紋が泉いっぱいに広がった。
だがその水を受けた亀様の瞳は――ますます赤く光り、嵐がさらに膨れ上がる。
「えっ……えええ!? 亀様どうなっちゃうの――!?」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
評価いただけると、寝起きの亀様の機嫌もアゲアゲでございます。
それでは、また水の世界でお会いしましょう!




