89 告白しちゃった!?濁流の影巫女!?
「影巫女? オレって巫女になっちゃったの!?」
叫んだ瞬間、自分の声が水の中に広がり、ゆらりと揺れた。
水龍さまは、どこか愉快そうに低く喉を鳴らす。
「闇の流れが読めるはずだ。それに――我の中にいることで、水の力も持つ巫女だ」
「オレが……影巫女……?」
その言葉は重いはずなのに、なぜか胸の奥ですとんと収まった。
影と水。どちらも、自分の中にあった気がした。
水龍さまは深い瞳で、まっすぐカゲミを見つめる。
「お前は鮎でも精霊でもない。今まで叶うことがなかった――“人間”に、生まれ変わったのだ」
「……人間、に……?」
カゲミは目を瞬いた。川の流れの速さでも、囮鮎の痛みでも、闇精霊の孤独でもない。胸のあたりがじんわり温かくなる。そんな感覚が、初めてだった。
「オレ、人間……オレが……」
言葉にすると、少し恥ずかしくて、少し怖くて――でも、どこか誇らしかった。
濁流の激しいうねりとは裏腹に、水龍さまの声音は驚くほど穏やかだった。
「さあ、カゲミ。新しいお前を、これから形作るがよい」
その声は、深い水底からゆっくりと響くように優しくて、カゲミの胸の奥にまで届いた。
カゲミは小さく息をのむ。
「ありがとう、水龍さま。オレ……素直になる……」
言ってみれば照れくさいけれど、不思議と口をついた。
――自分がなりたかったものに、ようやく手が届いた気がする。
ふと、濁流の対岸に影が見えた。本来ここにいるはずのない人物――セオトが、静かに立っていた。
幻だ。水龍さまのお腹の中が見せる思念なのだろう。それでも、久しぶりに見るセオトに、カゲミの胸がじんと熱くなった。
オレは、大きく息を吸い込む。そして、腹の底から響かせるように叫んだ。
「セオト!俺が日本の川でブルーギルだったのを見つけてくれた……あのとき、嬉しかった!」
言いたくても言えなかったことが、今はするりと言葉になる。
たったそれだけで、こんなにも心が軽くなるなんて――知らなかった。
カゲミはそっと胸に手をあてる。
――ドクン、ドクン。
まるで、新しい心臓が動き出したみたいに、鼓動がまっすぐ響いていた。
「水龍さまに守られて記憶が戻ったんだ。……俺、やっぱりお前のそばに居たい。セオトが好きだ!」
はっきりと言い切った瞬間、濁流の向こう――対岸に立つ瀬音の顔がみるみる赤く染まっていく。耳まで真っ赤で、固まったように目を見開き、ひくっと肩が震えている。
カゲミはぱちぱち瞬きをした。
「……あれ? 幻じゃない……?」
セオトは、ばっちり生身だった。濁流の風をまといながら、勢いよく口をぱくぱくさせて、こちらへ身を乗り出す。
「なっ……な……な……!!?」
声にならない声が、濁流にかき消されていく。
顔は一瞬で真っ赤、耳まで染まって、まるで湯気でも立ちそうだ。
カゲミは思わず目を細めた。
(なんだよ、ゆでダコになっちまってる……)
胸の奥が、少しくすぐったくなる。どうやら、ぜんぶ――聞かれていたらしい。
(瀬音、主人公視点)
――え、ちょ、まって。
カゲミに告白された瞬間、胸が跳ねたのと同時に、濁流がザバァッと盛り上がった。足元の岩が震える。ここにいたら、確実に流される。
(や、やば……水龍さまの腹の中って、こんなに揺れるの!?)
「ブフーーーッ! ふぉふぉふぉ!サイコーだ、カゲミ!」
水龍さまの大爆笑が響いた瞬間――
ゴオオオオッ!!
濁流が一気に暴れ川と化した。波頭が立ち、渦が巻く。
(あああああ!!水龍さま、感情で水量変えるタイプ!?)
僕は慌てて片足を引いたが、ぐらりと水面が迫る。濁流の叫びみたいな音が耳を打ち、思わず喉から変な声が飛び出しそうになった。
「ちょ、ちょっと待って! 本気で流れるってば!!」
反射的に、そばにいたカルマくんの手をギュッと握る。
カルマくんは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに力を込めて握り返してくれた。
(カルマくん、ありがとう……!)
そのとき、濁流の向こうでカゲミがふわりと笑った。“影巫女”としての気配が、藍色の水面みたいに揺れる。
「――《藍影の鎮流》!」
カゲミの足元から、すっと影がのびた。藍色のきらめきが混じった影が、水の中へ、まるで一本の流れのように潜り込んでいく。
影が濁流の芯をつかんだ。青い光がドクン、と脈打つと、暴れ狂う水がしゅるしゅると萎むように落ち着いてゆく。
波が割れ、濁流が嘘みたいに静まり返った。
「す、すごい……!」
思わず声がこぼれる。
カゲミは少し照れたようにそっぽを向き、耳まで赤くしながら言った。
「……ま、影巫女になったからな。これくらい朝メシ前だし?」
静まり返った水面を見つめながら、胸の鼓動がまだ落ち着かない。さっきまで暴れていた濁流が、まるで嘘みたいに澄んだ流れに変わっている。
「……カゲミ、本当にすごいよ」
僕がそう言うと、カゲミは一瞬だけこちらを見て――すぐに視線をそらした。けれど、耳の端はほんのり赤い。
「べ、別に。お前を助けたとかじゃ……ないし。水龍さまの中にいたら、こういうの、自然にできるようになっただけで……」
言い訳っぽい声。でも、その影はたしかに僕のほうへ伸びていて、優しく水面を撫でていた。
「それに……」
カゲミは小さく息を吸い、拳をぎゅっと握りしめた。
「セオトが……怖がってるの、なんか嫌なんだよ。オレ……そういうの、見たくねぇし」
胸の奥が、じんと熱くなった。
隣でカルマくんが、ぽそっと僕をつつく。
「セオト兄ちゃん……顔、赤いよ……?」
「えっ!? あ、いや、その……ちがっ……!」
僕が慌てふためくと、水面の奥から――
「ブハッ!ふぉふぉふぉ!青春とは実に甘い!!」
水龍さまの笑い声がまた響いた。
「水龍さま黙っててぇ!!」
僕とカゲミの声が、見事にそろった。
ふぉふぉふぉ、甘酸っぱいか……。
ふぉふぉ、これがアオハルとな。
フッ、シヴァよ。まだ酒が残っておったら、つづきも見せよう。
――ゴキゲンな水龍。




