87 会話できちゃった!?ブルーギルのオレ!?
やっぱり、淀みが落ちつくんだよなぁ。だってブルーギルだもんなぁ……。自嘲気味に尾びれをぱたぱたさせながら、水底のぬるい流れに体を預ける。
「カゲミ、お前には執着がないな……。つまらん」
「オルグ。俺は、カゲミじゃなくて、ブルーギルだっつーの!」
口では反発するけど、本当はここが気に入っていた。住処にしたいくらい、この淀みは“ぬるい安心感”で満ちている。問題は、その真ん中にでっかいブラックバスがドンと構えていることだけ。
「……ふん。だからつまらんと言っている」
「なにそれ!こっちは、お前がいるから落ちつかな……いや、落ちつくけど落ちつかないんだよ!!」
吐き出した本音は、水中で泡になって消えていく。オルグは相変わらず表情ひとつ変えず、深い淀みへ振り向いた。
――執着とやらにこだわるブラックバス。気になるんだよなぁ。居心地が悪いくせに、離れられない。ブルーギルのくせに、ホント考えすぎだっての。
淀みを抜けて、いつもの木陰や草陰がつくる、少し濁った水に潜りこむ。透きとおった清流なんて危険すぎるし、逆に汚れた川なんかどんとこいだ。まあ……身の丈には合ってる。いや、合いすぎてる。
「……でもさぁ、なんか……記憶がぼんやりしてくんだよな」
口に出した途端、胸の奥がざらりとした。川の冷たさとは違う、ゆっくりと広がる不安。
「自我が……薄くなる感じ? これ、やべぇよな……?」
本当に考えすぎなのかもしれない。でも、考えないとどこかに溶けて消えてしまいそうだった。
その時だった。
――ゴロゴロ……ッ。
空が大きくうねり、雷が鳴りはじめる。水面が震え、小魚たちが一斉に逃げ惑った。
「やっべ! 嵐きた!これ小魚とか普通に流されるやつ!!」
焦った俺は、迷わず例の淀みに向かった。あのブラックバス――オルグがいた、不気味だけど安全な“深み”。あそこなら、嵐もしのげるはずだった。
――だが。
「……あれ?」
淀みが、なかった。
ブラックバスの影も、泥の匂いもない。ただ、均一に浅くなった川底が広がっているだけ。
「な、なに?地形でも変わったのか!?どういうことだ!?」
尾びれがぱちぱち震える。理解など追いつかない。でも、“流れ”が変わったことだけは、本能で分かる。
「と、とにかく……逃げ場!」
荒れ狂う川の中を必死に泳ぎ、流れの弱い場所を探す。川の脇にある側溝――そこから滝のように落ちる水の脇。草木が浸水して倒れこみ、その影がいい具合に流れを弱めていた。
「ふぅ……。がんばれ、俺……!生きろ、生き残れ……!」
ホッとした次の瞬間。
――ドォンッッ!!
雷が落ちた。すぐ近くで炸裂した光が、水面を真昼のように白く焼きつぶす。視界が一瞬で真っ白になった。
「ひゃあああーーっ!!ヤバイ!だ、だいじなとこ隠さなきゃー!!」
とっさに口から飛び出した言葉。……自分でも意味がわからない。
「だいじなとこって何!?尾びれ!?エラ!?いやどこだよ俺ーー!!」
ひとりツッコミしながら慌てふためいていると、川岸の方から、雷に負けないくらい大きな声が飛んできた。
「カ、カゲミ!? カゲミなのか!?」
「は!?カゲミって誰だ!?っていうか、なんで俺、人間と会話できてんの!?!?」
川の激流よりも衝撃的な現実が、カゲミの脳みそをぐるんとひっくり返した。
「あれ……この魚って――あの淀みにいたブルーギル?」
「え? お前――人間じゃなくて、あの時の青鮎なのか!?」
人間の目を見た瞬間、胸の奥がざわりと揺れた。毎日のように清流で出会った青鮎。
俺のスピードにスイスイ追いついてきて、外来種ブルーギルなのに懲りずに追っかけてくる、へんてこりんなやつ。
だから、気に入ってるオルグの淀みに連れてったんだ。……連れてったっていうか、あいつが勝手にひっついてきただけだけど。
人間の顔に、あの青鮎の面影が重なった。さらさらした流れの中で、ふっと尾びれを揺らして笑った、あの表情。
「……お前、まさか本当に……あの時の――」
目と目が合う。稲光がふたりの間を白く照らし出した。
――時が止まったような、一瞬。激流の音も、雨のざわめきも、遠くに消えていく。
「ねえ……きみ、カゲミだろ? 覚えてないの? 囮鮎や、青鮎だった前世のこと――」
――ドクン!
オルグに“カゲミ”って呼ばれた時には感じなかった、鋭い痛みが胸の奥で跳ねた。
えっ、何言ってる?俺、オレは……ブルーギル……。
……のはずなのに。
なんだろう、なにか思いだしそうで――でも、指のあいだからするりと逃げていくみたいに、なにも掴めない。
(オレ、この人間と……青鮎を知ってる……!?)
自分でも意味がわからない。
ただ、この人間の目を見ていると――胸のどこか深いところで、冷たい川底に沈めた記憶が、ゆっくり浮かびあがろうとしている。
囮鮎――
青鮎――
そして、淀みで寄り添った影。
断片が光の粒みたいに胸に吸いこまれていく。
痛い。苦しい。だけど――どうしようもなく、懐かしい。
――この痛みの正体を、オレは……知っているのか?――
ゴロゴロゴロゴロ――ドカーーン!!
落雷とともに、茶色い濁流が割れ――
小魚のオレは、なすすべもなく――水龍さまに飲み込まれてしまった。
気づけば、毎日のように――へんてこりんな青鮎がついて回るようになった。
(なんなんだアイツ。俺、ブルーギルだぜ。仲間にもなれねえし)
でもまあ――お気に入りルーティン、見せてやるか。
べつに、好きとかじゃない。……たぶん。




