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おにポチャで転スイ(転生)しました!?  作者: (万寿)ぷりん
第3章

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86 キュリシアを忘れちゃった!?外来種の再会!?






 青鮎には、古くからこんな伝承がある。


「青鮎を見た者は、大切なものを失うが、大切なことを知る」


 一見すると悲しい言葉だ。けれど川の世界では、“失う”ことは終わりじゃない。流れ落ちたものは、次の流れを生む。別れは、芽生えの前ぶれにもなる。


 青い光は、未来を選ぶ魂の色。流域の願いを映し、川の記憶を運び、見る者の胸に痛みを落としていく。その痛みは、時として“愛しさ”だったり、“憧れ”だったり、“誰かを思う強さ”だったりする。


 そして――その痛みに気づいたとき、初めて「大切なこと」を知る。


 セセラギも、俺も。

 それぞれの流れの中で何かを失い、何かを見つけ、誰かを思う痛みと温かさを知った。


 青鮎の伝承は、悲しくなんてない。それは“流れ続ける命”の物語であり、“つながりを選ぶ心”の証だから。






 いつからなんだろう。

 ――いつから「セオトの隣にふさわしいのは人間なんだ」なんて、そんな風に思うようになったんだっけ。


「……セオトを守りたい。それだけで良かったはずなのに……俺、いつの間にこんな考えしてんだよ……」


 胸の奥がじん、と熱い。闇精霊としての体は、何も変わらず軽いはずなのに、心だけがやけに重かった。


 そうだ。囮鮎として生きていた頃――あの流れの中で。


「……俺も、セセラギのような青鮎になりたかったんだよな」


 セセラギの背に寄り添って泳ぎ、相棒としてすぐそばで流れを切り、一生懸命に生きて、必死でアイツを守りたくて。


 そして、上流まで辿りついて、力尽きた。


 あの最後の瞬間は苦しかったはずなのに……なぜだろう。思い返すたび、胸の奥がふわりとあたたかくなる。


「……あれを、幸せだったって言うのかな……」


 闇となり、再び流れに戻れた今の自分。セオトの隣には、どんな時だっていられる。影のように寄り添って、彼の呼吸の揺れさえも感じ取れる距離。


 ――それなのに。


「……なんで、こんなにもやもやしてんだよ……」

 満たされない。その理由に気づくのは想像以上に痛かった。


 リウラが嫉妬していたのは知っている。でも――


「俺だって……人間になりたいって、ずっと葛藤してんだよ……」


 言葉にした途端、胸がつまって声が震えた。青鮎だった頃の夢。“相棒として隣にいられる自分”への憧れ。

 そして今、セオトの隣にいるのに、なりきれない“何か”。


「……闇精霊って……なんなんだよ……」

 闇精霊のままでは届かないものがある。その事実が、静かに刺さった。




 記録師協会が崩れはじめたのは、クロムとオルグの過ちが原因だ。最初は建物の軋みだと思った。けれど、それは違った。


 ――“記憶の穴”が開いたのだ。


 黒とも青ともつかぬ深い闇。形があるのかも分からないのに、確かにこちらを見返してくる何か。


「……見ちゃいけない。分かってるのに……!」


 心の奥から警鐘が鳴る。だが、思えば思うほど抗えなくなる。視線は引き寄せられるように、穴の中心へ――。


「っ……やめろ、俺……!」


 闇が呼ぶ。吸いこむように、手を伸ばしてくる。

 ああ。

 暗黒に惹かれるだなんて、ほんと――


「……闇精霊らしいじゃないか、俺」


 皮肉のつもりで笑おうとしたのに、喉が乾いてひび割れた声しか出なかった。それでも目は離れない。


 穴に落ちて終わるくらいなら。こんなふうに抗ってみせるくらいなら。


「……はは。素直になっておけばよかったよなぁ……」


 伝えたい気持ちも、未練も、隠したまま。中途半端なまま、生き方の形も変えられなかった。

 笑うしかなかった。

「アハハ……! 煮え切らない自分に笑えるわ……」


 闇が足元をさらう。視界が落ちる。それでも、最後の最後まで――負けはしない。


「大丈夫だ。次も……必死で、生きてやるから」


 そこから記憶が……ない。

「カゲミ」って呼んでる声が聞こえたような……気もする。

 落ちていく感覚も、苦しさも、痛みも――何も覚えていない。


 ただ。


「……え?」


 目を開けたとき、目の前には濁った水の色があった。淡水。水草。小さな虫。ゆっくりと流れる、見覚えのない川。


 自分の手足を動かしてみる。手? いや、ヒレだ。

 背中の形もおかしい。体の感触が、以前の鮎とも違う。


「……ちょっと待て。俺、これ……外来種じゃね!?」


 しかも、よりによって。

 水面に映った影は丸っこくて、青黒くて、見慣れない体型をしていた。

 そう、異世界の川魚でも、清流の鮎でもない。


 ――外来種のブルーギルだった。


「……はぁ!?なんでブルーギル!? 俺、選べなかったの!?」


 軽くパニックを起こしながら尾びれをばたつかせる。水がばしゃっとひっくり返った。


 でも、どれだけ取り乱しても、現実は変わらない。体は小さくて、丸くて、ぴちぴちしてて。どこからどう見てもブルーギル。


「……マジかよ。これが“次”なのか?……鮎より生きやすいのかな?」

 ぽつりと呟いた声は、水の中で丸い泡になって小さく弾けた。期待でも楽観でもない、ただの自嘲。

 それでも、どこかで“今度こそ上手くやれるかも”なんて思ってしまった自分がいた。


 だが――現実は甘くなかった。


 ブルーギルは、嫌われ者だった。自分だって魚の世界の常識は知っているつもりだったが、ここは日本の川。清流に入れば追われ、石陰を狙えばつつかれ、縄張りに近づけば追い出される。


「ちょ、待てって……! 俺そこ通りたいだけなんだけど!?」


 追い払われ、また追い払われ、辿り着いたのは――水がほとんど動かない、重たい淀み。透明度は低く、泥が沈殿し、流れはほとんど感じられない。


「……うわー……俺、こんなとこ住むのか……」


 鮎の頃とは真逆の環境。きらきらした流れも、清らかなセセラギも、ここにはいない。代わりにあるのは、重たい静寂と、底に溜まった影のような暗さ。


 その“影”の正体に気づいたのは、淀みに一歩踏み込んだ瞬間だ。


 ――ゴボォッ。


 大気を震わせるような水のうねり。巨大な影が、ゆっくりと持ち上がる。


「……え?」


 視界いっぱいに広がる、黒い壁。いや、背ビレだ。続いて、無駄にデカい口。丸呑み特化の、あの悪名高き種。


 ブラックバス。

 しかも、ただのバスじゃない。

 目が合った瞬間――異様な迫力。精神の奥底をかき回すような圧。圧倒的捕食者の風格を纏いながら、どこか、こう……ひたすら自由奔放で、危険な匂い。


「……なんか、ちょっとイカれてね? このバス……」


 そいつは口角を上げた――ように見えた。そして、低く、ドスの効いた声が水を震わせる。


「久しぶりだな、カゲミ」

 ――え?

「……えっ、おま……誰!?」


 巨大バスは、深い淀みの底から浮かび上がるように姿を現し、ゆらり、ゆらりと尾びれを揺らした。その動きだけで、水全体が圧に震える。そして――妙に荘厳な声で名乗った。


「こう見えて、わしは協会長で”偉大なる記録師(マグナ・ノートリア)”オルグ」


「はぁぁぁあああ!?オルグって誰!?なんでブラックバスがマグカップって!?いや似合ってるけど!!」


 自分でも何を言ってるか分からない。けれど、それ以上に理解できないものが目の前にいる。存在感がデカすぎて、意味がわからない。何より――


「圧がすごいんだよ!!こえぇぇぇぇーー!!」


 水の中なのに喉がカラカラになっていく。ブルーギルの小さな体がビリビリ震える。

 巨大バス――オルグは、じっとこちらを見下ろした。その目は、深淀みそのもののように暗く、底を読めない。


「……覚えていないのか。つまらん」


 淡々と、しかしどこか失望を含んでつぶやく。次の瞬間――


 オルグの巨体は、影のように水中へ沈んでいった。尾びれの一振りだけで、淀みが闇に戻る。


 ゴボ……ゴボォ……。音だけが重たく響く。


「……え、えぇ……?置いてくの?こっわ……!」


 残されたカゲミは、濁った水の中でただ震えるしかなかった。淀みはひどく静かで、どこまでが水で、どこからが闇なのかさえ曖昧に思えるほどだ。


 ――本当に、ここで生きていくのか?

 小さなブルーギルの胸に、不安がじわりと染み込んでいった。












「覚えていないのか。つまらん」

 ――まったく、肩すかしもいいところだ。

 ……これだから外来種は――。



 ……わしも、外来種だった。


 ゴボ……ゴボォ……。重たい音だけが響く。



 ――ブラックバス、オルグ。







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