85 キュンしちゃった!?恋のはじまりは囮鮎!?
(カゲミ視点)
いつからだったろう。
キレイな青鮎を見つけて、気になって……気づいたら、彼のなわばりに入っていってたのは。
「なんで、あいつ……あんな光、まとってんだよ……」
囮鮎として何度も生まれ変わってきた。そのたびに、芽生える思いなんて一度もなかった。
ただ、必死だっただけだ。生きるのも、寝るのも、泳ぐのも、全部が命がけだった。
明日には力尽きてもおかしくない。 鳥に食われるかもしれないし、もっと大きな魚のエサになるかもしれない。囮鮎として、捕まってない鮎にアタックするのも……そう、致し方ないこと。
“生き残る”以外の意味なんて、考えたこともなかった。
なのに。
「……あいつ、なんで俺なんかを見たんだよ」
彼――青鮎のセセラギは、見つけた。弱くて、ちっこくて、すぐ流される囮鮎の俺なんかを。
逃げると思ったのに、泳ぎ去ると思ったのに。あいつは、ゆっくり近づいてきて……ただ、静かに俺を見た。水に差し込む陽の色みたいな目で。
その瞬間、胸の奥がずきんとした。囮鮎のくせに、そんな痛み、知らなかった。
「……バカだろ、あいつ」
思わず口からこぼれた言葉は、水面にほどけていく。けど胸の奥では、何度も反響していた。あいつの目の光も、近づいてきたときの水の震えも、全部が離れなくて。
――その“バカ”が、俺にはどうしようもなく気になったんだ。
そして、そのバカが言った。
「一緒に逃げよう」
たったそれだけの言葉なのに。水の流れより速く、胸がきゅん、と鳴った。
囮鮎は生き残るために、誰かに寄りかかっちゃいけない。
身にしみてわかってるはずなのに――その言葉を聞いた瞬間だけは、世界の流れがふっと止まった気がした。
(……なに言ってんだよ、お前……そんなの、ずるいだろ)
追いかけられるのが当たり前の俺が――初めて、誰かを追いかけた。
青鮎セセラギも、記録師セオトも、ぼんやり抜けてるし、めんどう事には巻き込まれるし、口下手だし、考えなしで行動するし、すぐ流されるし……。
「……なのに、なんでだよ」
呟きが、水面に落ちて弾ける。
どうしても目が離せない。あいつが笑えば、胸の奥がふっと温かくなる。困ってたら、気づけば手を伸ばしてる。誰かに褒められると、こっちまで嬉しくなる。
“囮鮎”だった俺には、そんな感覚、知らなかった。
命なんて軽くて、明日もあるかわからない世界で生きてきたのに――なのに、セオトだけは別だった。
「バカなヤツなのに……」
気づけば、笑っていた。自分でも気づかないうちに、頬が緩んでいた。
川面の光が揺れる。そのきらめきの中で、あいつが笑っている幻が見えた。呆れるほど優しくて、不器用で、あたたかくて。
俺は、あの光をずっと追いかけていたんだ。
「……ほんと、不思議だよな」
心の奥がじんわりと熱くなる。
バカだけど。弱いところもあるけど。でもあいつは、流れの中でひときわ光ってる。
俺には――どうしようもなく、キラキラ光って見えるんだ。
まるで、未来へ導く“青”みたいに。
精霊たちは、おしゃべり好きだ。水面にふわりと浮かんで、風に揺れるみたいに喋り続ける。
「青鮎を見た者は、大切なものを失うが、大切なことを知る〜♪」
どこか歌うような、響く声。――ドキッとした。
俺は、前世で青鮎を見た。いや、それどころか……青鮎だったこともある。
胸の奥がざわつく。あの透き通る光、あの泳ぎ。セセラギを見つけた瞬間の、あの痛みに似た感覚。
たまらず、精霊に声をかけた。
「なあ、それ……どういう意味なんだ?」
精霊は、ぽちゃん、と小石を落とすように笑った。
「そのまんまさ。失って、知る。 流されて、残る。 “青”はそういう色だよ」
やわらかいのに、逃げ場のない言葉だった。
俺は思わず、拳を握りしめる。
「……俺は、何を失って、何を知ったっていうんだよ」
精霊はただ、川風に吹かれながら言った。
「それは、まだ途中なんだろうね。でも――心が痛くなるほど誰かを想うなら、もう答えは半分出てるよ」
胸の奥が、またずきんと鳴った。
精霊の言葉が、水底の石みたいに沈んでいく。胸の奥に落ちて、重たくなる。
「心が痛くなるほど誰かを想うなら、もう答えは半分出てるよ〜」
そんなふうに言われても……俺は、何を想っているんだ?
精霊がくるりと宙を回って、にやりと笑った。
「ねえ、闇精霊カゲミ。あなた、前世の青鮎に……とても惹かれていたんでしょう?」
「……惹かれて……?」
思い返す。あの光を追った。流れに逆らってでも、そばに行きたくて必死だった。
囮鮎の“本能”なんかじゃ説明できないくらい、ただただ気になって……。
精霊が言う。
「青鮎はね、“未来を選ぶ魂”なんだよ。青い光は、川の記憶と、流域の願いの象徴。だから惹かれたのは、ただの偶然じゃないんだ」
「……偶然じゃ、ない……」
瀬音の姿が浮かぶ。水龍さまの光を受けて、いつも眩しいくらい前を向いてて、気づけば、俺はあいつに引っ張られてばかりだ。
精霊は指先で水面を弾き、波紋が広がる。
「大切なものを失う……それは“前の生”の自分や、囮としての役目。でもね、大切なことを知る……それは“誰と流れたいか”なんだ」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
「俺……セオトの“青”を見たとき……たぶん、もう……」
言葉が喉で止まる。でも、精霊は微笑んで続けてくれる。
「そう。きみはもう、決めてたんだよ。“失ってもいい”って思えるくらい、誰かを大切にしたいってね」
心臓が跳ねた。胸が熱い。ああ、そうか。
俺は、もうずっと前から――。
「……セオトと、一緒に流れたかったんだ」
やっと言葉になった瞬間、川面の風がすっと頬をなでた。
精霊たちがちりちりと光りながら、小さく拍手する。
「やっと言えたね〜。大切なことを“知る”って、こういう瞬間だよ」
俺は深く息を吸う。ゆっくりと吐き出す。心の奥の濁りが、ひとつ流れ落ちていく気がした。
「でも……闇精霊だもん。人間と同じようには生きれないよ」
そう思って心にフタをした。セオトに告白したって意味がない。隣に立つ未来なんてない――そう言い聞かせて。
だけど。
記録師図書館で、リウラと一緒に少女の姿に変わったとき。鏡に映った“人間の自分”は、あまりにも自然で。驚くほど、違和感がなかった。
同じ高さにある視線。同じ足で踏みしめる床。人間として息をして、人間として歩く感覚。
あのとき――胸の奥で、何かがはじけた。
「……もしかして、俺、“人間として”あいつの隣を歩けるのかって……」
言葉にしてみた途端、顔が熱くなる。まるで、誰にも触れられたくなかった弱い場所を、そっと晒してしまったみたいで。
「そんなこと、考えるようになるなんてな……俺も変わったよな」
ぽつりと漏らした声は、どこか苦くて、でも温かかった。
「……なんだよ、これ。俺、人間になっちゃった……!?」
鏡の中の自分が、そっと瞬きを返す。
静まり返った読書室の奥、ひっそり置かれた古い姿見がある。
その前で――カゲミは、そわそわしていた。
瀬音と並んで歩ける“高さ”に、心臓が変な音を立てる。
「……あいつの隣に立つのは、人間がいい……と思う。闇精霊なんかじゃなく……」
可能性を見出してしまったけど、即効打ち消したカゲミであった。




