82 協力しちゃった!? 影巫女の力!?
ガサッ。
音がした草陰から、ひょこりと小さな影が顔を出した。
「……あの!」
12歳くらいの少女。細い腕には、古びたお札が丁寧に巻かれている。
「あ、あたし……緋彩……。本当は、今年の“影巫女”に選ばれてました……。でも、こわくて……村の人が魔物を使おうとしてるのを見て、逃げちゃって……」
「ヒイロちゃん……」
ミラさんがそっと近づくと、少女はおずおずと続ける。
「儀式は……痛いとかじゃなくて……影が心に入ってくるみたいで……頭が割れそうに苦しいんです……。去年、友だちがそれで倒れて……」
リウラがぎゅっと拳を握りしめた。
「なんて無茶な儀式……!幼い子に背負わせるなんて……」
ヒイロは小さく震え、顔を伏せる。
「でも……村がなくなるのはもっと怖い……」
その時、洞窟の奥に残っていた魔物が「グル……」と弱く鳴いた。
怯えきった目。責められることに慣れた影のような瞳。それでも、奥にはかすかな意志が宿っていた。
「……この魔物、影を吸わされてたんだよね?」
僕が口にすると、村人たちの顔がこわばった。
「……ああ。影の濁りを押し返すためには、どうしても……」
ミラさんは魔物に視線を落とし、優しい声で言った。
「魔物は、影の流れを感じるのが得意なだけだ。本来は、誰かを守るために使われる存在じゃない」
魔物は僕に近づいて、ちょん、と額をつつく。
「ひゃっ……な、なに……?」
「ありがとうと言っているみたいだね」
ミラさんが微笑む。
そっか……僕を攫ったのは“間違い”だったけど、悪い子じゃなかったんだ。
「影溜まりは、今日の夕方に爆ぜる……!」
「急がねば村が……!」
村人たちがざわめき立つ。
その中で、ミラさんが静かに告げた。
「影巫女の血筋が絶えたのなら、儀式そのものを変えるべきだ」
「へ、変える……?」
「影を“ひとりで受け止める”必要なんてない。影は“流せばいい”。抱え込むから、心が潰されるんだよ」
ミラさんは、僕の方に目を向けた。
「瀬音。君は水の流れと相性がいい。影を“受ける器”じゃなく、“流す道”になれる」
「ぼ、僕が……?」
「君の水の気配なら、影を散らして外へ逃がせる。もちろん一人じゃない。リウラ、ヒイロちゃん、そして……魔物にも協力してもらおうか」
「この魔物も……?」
「ああ。影の流れを察知する役だ」
魔物が「グルッ」と力強く鳴いた。
「瀬音……ワタシたちみんなで、村を救いましょう!」
「……おーっ!!」
「グォーッ!」
影溜まりの中心は、村の外れの古い祠だった。黒い霧が渦巻き、地面は脈を打つようにぬらぬらと震えている。
「これが影溜まりか……!来る……!」
黒い影が塊になり、僕たちへ襲いかかってくる。
「セオトは中央へ。水の気配で影の通り道を作って!」
「リウラは後ろから気を送って、影がセオトに集中しないように散らす!」
「ヒイロちゃんは祠の封札を守って!魔物は影の揺れを知らせて!」
「はいっ!!」
祠の前に立ち、僕は深く息を吸った。
――水の流れを思い浮かべる。
澱んだ影を押し返すんじゃなく、ただ優しく道を通すだけ。
「……流れて、流れて……」
影が僕の手に触れた瞬間、冷たい痛みが走った。飲み込まれそうだ。
「っ……!」
「セオトっ!!」
リウラがすぐ背から力を送ってくれた。ヒイロは震えながら封札を押さえる。
魔物が「グルアアッ!!」と警告を上げると、ミラさんが光の紋を空に走らせた。
そして――
黒い影は、水路を流れる墨のように、さらり、さらりと僕の作った“道”を通って空へ昇り、薄れていった。
最後の一滴が祠から抜けた瞬間、影の脈動がぴたりと止まる。
「……終わった」
ヒイロが崩れ落ちるように泣き、魔物は大きく息を吐いた。リウラとミラさんはハイタッチしている。
「やりましたわ!セオト!!」
「う、うん……すご……ちょっとだけ、しびれてる……」
影溜まりが消えたあと、村人たちは深く頭を下げた。
「……本当に、すまなかった」
「わしらは、影を恐れすぎていた……」
ヒイロの父が涙ながらに言う。
「もう二度と、子どもに“巫女”なんて役目は負わせない……」
「影は悪じゃないよ」
ミラさんが優しく言った。
「流れが滞れば濁るもの。あなたたちも、怖がりすぎていたんだね」
魔物に対しても、村人たちは深々と礼をした。
「これからは……無理に影を吸わせたりはしない。どうか、村を見守ってくれ……ササメよ」
その言葉に、魔物の体がピクリと震えた。
「グッ……? グルッ!」
驚いたような、嬉しそうな、でもどう返せばいいか分からない声。
洞に響くその音に、村人は静かに微笑んだ。
「気に入ってくれたか?“ササメ”という名を、村人たちで決めたのだ」
その名が呼ばれるたびに、ササメの影がふわっと膨らむ。まるで胸を張っているようにも見える。
「グルル……グルゥ……!」
ササメは満足げに鳴き、ゆっくり森の奥へと消えていった。
その背を見送りながら、リウラが僕の腕をつつく。
「……少女に間違えられるほど可愛いのに、いざという時、頼りになりますわね」
「え、えへ……いや、そんな……それは、フォローになってるのかな……?」
ミラさんが笑って肩を叩いた。
「さあ、仲間も先にいって待ってる鮎喰栄村へ向かおう。……瀬音、今度こそ魔物に攫われないようにね?」
「っ!もう絶対大丈夫!……だと思う……」
湿った風がすこし軽くなり、窪底川村の空はゆるやかに晴れていった。
「これからは……無理に影を吸わせたりはしない。どうか、村を見守ってくれ……ササメよ」
その言葉に、体がピクリと震えた。
「グッ……? グルッ!」
(ササメって言った……おれのこと?もしかして……おれの……)
「気に入ってくれたか?“ササメ”という名を、村人たちで決めたのだ」
その名が呼ばれるたびに、ササメの影がふわっと膨らむ。まるで胸を張っているようにも見える。
「グルル……グルゥ……!」
(おれのなまえ!おれの!おれの!! もうマモノじゃない、ササメだ!!!)
「グッ……? グルッ!」
(心のなかが、ぽかぽかあったかくなる。名前って、ふしぎだな)
「グルゥ、グルル……!」
(さあ、おれの名はササメ。今日も平和を見守るのだ!)




