80 行き先決まっちゃった!? それぞれの村!
「影巫女が蘇るって……そうか! 巫女さまのお祭りとかないのかな?」
ぼそっとこぼした僕の疑問に、父さんがぴくりと眉を動かした。
「各地で聞いたことあるぞ」
「え?」
父、守杜は木漏れ日のような視線をこちらに向けてくる。
森を渡って記録を残すエルフの旅人――その記憶の引き出しが、静かに開いた。
「お前には鬼門になりそうな村だ……鮎喰栄村の影巫女祭だろうな」
「すごい名前の村だね……鬼門って?」
ごくりと喉が鳴る。父さんは淡々と続けた。
「俺がいた頃は、にぎやかな祭りだった。影巫女の名のもとに、水の恵みを祝って、夜通し踊りが続いてな。
それはもう……無料で鮎の塩焼きがふるまわれる……いい祭りだった」
最後の「鮎の塩焼き」のところだけ、妙に目が輝いている。
「……父さん、そこだけテンション高くない?」
「酒も肴も、うまかったんだぞ。本当に」
苦笑したけど、胸の奥がざわざわした。影巫女。カゲミ。水龍さまが言っていた“蘇り”。
――そして、鬼門。
父さんの言葉の端に、ひっそりとした影が落ちていた。
「……その祭り、今年もやってるのかな」
「さあな。ただ――気をつけろ瀬音。祭りというのは、人が集まるぶん、何かが“目覚める”こともある」
風がひとすじ、僕の頬をかすめていった。胸の奥で、小さな影がうずく。
影巫女祭。そこには、カゲミの“秘密”が眠っている気がした。
「そうだ、私もその祭りに行って歌ったことがあるよ。道案内してあげる」
ミラさんがそう言ってくれて、道案内が決まった。
「そうだわ!水喜川村ってとこの水巫女のお祭りもあるわよ。久しぶりに行ってみたいわ~!」
母、詠水が嬉しそうに声を上げる。
へええ、“川の水が喜ぶ村”か……名前だけで、水面がきらっと笑うみたいだ。ちょっと行ってみたくなる。
父さんは苦笑しながらもやさしげに、「そうだな、行ってみるか」と頷く。
……うん、知ってた。母さんが楽しそうなら、父さんは基本“即肯定”だ。
「タクちゃ……んじゃなかったオトちゃん!……汐くんは、あなたを大切にしすぎだから、注意してね。ウフッ」
……ど、どういう意味?
母さん、たまに肝心なところで笑って誤魔化すんだよな。
“汐真兄さんが僕を大切にしすぎる”? まあ、なんとなくわかるような……?
確かに兄さんは過保護だった。帰り道で僕の分まで荷物を持とうとするし、知らない道を歩くときは必ず前を歩いてくれるし……いや、それはちょっと嬉しいけど。
「うん、わかった」
返事をしたら、母さんはぱっと花みたいに笑って手を叩いた。その音だけで、周りの空気が一段明るくなる。
――水喜川村の水巫女祭か。
「母さんは水喜川村の水巫女だったの?」
ふと思いついて聞いてみると、母さんは胸を張って、
「えっへん!そうよ~! 懐かしい場所を見てくるね!オトちゃんしか、カゲミちゃんは見つけてあげられないわ!
ワンットウッ! アタッック~よ!」
……で、でたー。母さん得意な掛け声。でも母さんらしい。妙にテンションが高いのも、懐かしい土地に帰れるからなんだろう。
母さんみたいな水巫女かぁ……どんな人たちが、どんな風に”水”と向き合ってるんだろう。
胸の奥に、小さな波がひとつ立った。わくわくと、不安が半分ずつ混ざったみたいな感覚。
何も起きなければいいけど……僕たちはともかく、母さん達がなにかを起こす予感しかしない。
「仲間に助力は惜しまない!行くぞ!」
「おーー!!」
ツバネがニッと笑って宣言すると、タリクが「任せとけ!」と胸をドンと叩き、セリアンは静かに竪琴をつま弾きながら微笑み、リウラは手をぐっと握って頷き、ゲルは「よき旅路……」と低くつぶやき、スイタンは緊張した面持ちで、ホンホンは「れっつらホンホン!」と跳ね回った。
「みんな!本当にありがとう!頼もしいよ!」
胸が熱くなっていると、不意にルミアと目が合った。
「俺はこの村に店を開くから残るね。瀬音くん……だっけ。 繊細な記録は綻びがあったり消えやすい。丁寧に刻むといいよ」
「……!? ハッ!ノートリアとしての未熟さ、忘れないようにします。お店、楽しみにしてます。ルミア」
「お前も、カゲミちゃんも食べられないようにな。元・青鮎なんだろ?」
軽口を叩きながら、ルミアはひらひらと手を振り、村の奥へ戻っていった。
……食べられないよね、僕。さすがに。
いや、でも“鮎喰”って名前だし……村の名物とか……え、僕……?
胸の奥で、さざ波だった不安が――少しだけ大きく揺れた。
――こうして僕たちは、鮎喰栄村へ向かうことになった。
ここまで読んでくださって、ほんとうにありがとうございます。
ふふっ、オトちゃんは食べられちゃいそうな村に行くことになったけど……
「ワンットウッ! アタッック~よ!! あなたの幸せを全力で応援してるの!」
だいじょうぶ、母さんはいつでも応援してるわ!
カゲミちゃんと会えるのを楽しみにしてる!
オトちゃんの旅に、たくさんの水音と笑顔が訪れますように。
――母、詠水




