78 やり残しちゃった!?転スイ門の手作りパーティー!?
そういえば――ツバネとタリクとの約束!
僕は、はっと顔を上げた。
「日本でやり残したこと、あった!たい焼きと、母さんの肉じゃが!」
転スイ門の空気が、ぱっと明るくなる。母さんが笑って、手を腰にあてた。
「タクちゃんたら~可愛いこと言うわね」
「ツバネとタリクとの約束なんだ!母さん、おねがい!」
「まっかせっなさ~い!特製肉じゃがね!たい焼きは、お店で買う?」
「いや、俺の店の倉庫に――祖母さんが使ってたたい焼き器があるはず」
雫さん――いや、ルミアが長く伸びた髪をひとつにまとめ、「取ってくるね」と言った、その瞬間。
――バッシャァァーン!!
転スイ門の水面からしぶきをあげて飛び出してきたのは、肉じゃがとたい焼きの材料とお鍋、たい焼き器と手袋、そしてコンロ一式。シヴァ・テンスイさまの、なんとも粋な計らいだ!
「楽しいことは大賛成なのじゃ!」
「よーし!みんなで手作りしちゃいましょうか!」
「おーっ!」
母さんの指導のもと、みんなで材料を切って、餡子を炊いて、たい焼きの生地を作る。
――が、けっこうみんな不器用だということが判明した。まあ、初チャレンジだもん。仕方ない。
ルミア(雫さん)は、祖母の手伝いで焼いたことがあるらしく、手際が見事で、たい焼きに関しては僕たちはもう“観客”状態だった。
「これが餡子!黒いけどコゲてるんじゃなくて、なめらかでいて甘い!」
タリクの料理人魂に火がついたようで、ずっとルミアを質問攻めにしている。
「中の餡が少し皮からはみ出しちゃって、カリカリになるのも美味しいんだよ」
ルミア。深い!
母さんの肉じゃがの作り方。はじめて見たけど、工程がいくつもあって、見ているだけでわくわくする。僕は一度に覚えられないから、記録していった。
「お肉は固くなっちゃうから、最初に軽く炒めたら取り分けて置いとくの。ほんの少しの焼き目が、お出汁になるのよね~♪」
――シュルルル。――シュルルルル。
ツバネは刀さばきの要領で、じゃがいもの皮を信じられない速度で剥いていく。
「悲しくないのに泣けますわ~!」
リウラは玉ねぎに泣かされ、
「こんなゴムのようなヒモが食べられるのですか?」
ゲルは糸こんにゃくに興味津々だ。
そのとき、祭りばやしのような音が聴こえてきた。セリアンの竪琴をミラさんが弾いて、セリアンとふたりで歌っている。シヴァ・テンスイさまは踊りだし、ルーくんはくるくるルーレットを回していた。
「スンスン。この煙と匂いが、すごいホン!まるで森だホーン!」
ホンホンの声の方へ行くと、父さんがスモークベーコンとチーズを燻製器で作っていた。
「燻製!?い、いつの間に!?」
「俺は、つまみが得意なんだぞ!お前にも教えてやるか」
父さんは胸を張って、得意げにレクチャーしてくれる。ありがたく記録する。
「スイタンもホンホンも、なんだか燻されてない?」
「虫よけにいいんじゃないか?」
……まあ、少し茶色になった気もするけど、楽しそうにしてるから父さんが言うように、気にしないでおこう。
そして――宴がはじまった。
僕の知らない間に燻製メニューがどんどん増えていく。まさかと思ったけど……やっぱり、酒盛りがはじまってしまった!
一番はしゃいでいるのは、もちろんシヴァ・テンスイさまだ。
「燻製されると、どれも酒に合うのぉ!これこそ屁のカッパなのじゃ!」
豪快に笑いながら、煙と一緒に杯を掲げる。
「肉じゃがはホッとする甘じょっぱさ!ホカホカのたい焼き!どっちも絶品じゃ!」
その褒めっぷりに、父さんと母さん、それにルミアの表情が、ちょっと誇らしげに見えた。
僕もたい焼きにかぶりつく。――絶品だ。美味しいものを、みんなで食べるって、こんなに幸せなんだ。
ツバネも、タリクも、みんなも満面の笑みだ。笑い声が火花のように弾け、湯気と香りが夜の空へ立ちのぼる。
ふと、スイタンを見ると、表紙がうるうるときらめいて見えた。きっと、いまのこの瞬間を、スイタンも感じ取っているんだ。
水の都でも、光の城でもない――ただの“家族の台所”。それなのに、こんなにも胸が温かい。
その瞬間、火の前で笑い合うみんなの顔が、まるで淡い水面のきらめきのように揺れた。
――きっと、この光景も、記録しておきたい。たい焼きの香ばしい匂いも、肉じゃがの湯気も、全部。
やがて、シヴァ・テンスイさまが両手を広げ、きらめく水流をまとった。
「よし、満腹じゃ!わっちは大満足なのじゃ!!キュリシアへ送っていくのじゃ! 諸君!また会おう~♪」
その声が響いた瞬間、転スイ門の水面がふわりと光を帯びる。
宴の明かりと、門の光とが溶け合い、世界がゆっくりと流れはじめた。
第2章 完
宴のあと。
転スイ門のほとりは、まだほんのり湯気のような匂いに包まれていた。
たい焼きの香ばしさと、肉じゃがの甘じょっぱさ、そして少しだけ、スモークの香り。
「……ふぃ~、よき宴であったのぉ……」
シヴァ・テンスイさまは、ほろ酔いの頬を赤く染め、ぽすんと水の上に腰を下ろした。
杯を傾けるたびに、水面が淡く光を返す。
「肉じゃがは優しい味じゃった……あれは、母のぬくもりの味じゃな。
たい焼きは、ほかほか約束の味。……そして燻製は、父の自慢の味じゃ」
ふと目を細め、空を見上げる。
星が、転スイ門の水に滲んで、ふわりと流れていった。
「タクミたちの笑い声が……まだ耳に残っておる。人の世の宴とは、かくも愛おしいものなのじゃな」
ゆらゆらと揺れる光を見つめながら、シヴァ・テンスイは静かに笑った。
その声は、まるで波が岩を撫でるようにやさしく、酔いの中に溶けていく。
「ふふ……わっちは転スイの主。
じゃがな、あの子らと笑い合うときばかりは、ただの“飲み仲間”でよいのじゃ……♪」
ぽちゃん、と杯を浮かべる。
それが小舟のように流れていき、水面に小さな光の輪を広げた。
「さあ、明日もよき流れでありますように……。わっちは少し、夢の底まで沈むとしようかのぉ……」
「キュピっ!」
「そうか、そうか。ハッハッハ!」
そうつぶやくと、シヴァ・テンスイさまの姿は、静かに水の光へと溶けていった。




