76 目が合っちゃった!?ぐるぐる仲間のルーくん!?
キュリシアにやさしい風が鳴り響いた。次の瞬間、スイタンの“流域の歌”が、世界を包みこんだ。
水路を走る光、街を照らす水面の反射、耳の奥まで響くやさしい旋律。それはどんな魔法よりも速く、キュリシア全土に広がっていった。
子どもたちは泉のまわりで手をたたき、職人たちは歌いながら槌をふるう。そして――信じられない光景が起きた。
「ツナマヨだーっ!!」
「ツナマヨおにぎりが美味しいぞーっ!!」
「“流域の歌”ばんざーい!!”マヨネーズ”ばんざーい!!」
ツナマヨも蘇り、街じゅうが歓声と笑い声であふれた。パン屋の煙突からはマヨパンの香りが漂い、噴水の水しぶきが虹をかける。楽しいと美味しい――それは、いつだって世界を救う。
「2位は……母さんとミラさん、同率だ!」
「やったわね、ミラ!」
「ふふっ、エイミさんこそ!」
3位は父さん――薄々は感じていたみんなに、負けず嫌いがバレた瞬間だった。
「ぐぬぬ……くそっ、次こそ一位だ!」
4位はルミア。
ツバネ、タリク、リウラ、ゲルは仲良く5位。そして――最下位は禁書ホンホン。
「ホ、ホンホーン!?すごろくは、ホンホンが締めくくったホン!?」
みんなが笑った。いろんな出来事がキュリシアに反映されたこのゲーム。そこに僕たちがいて、支えあって、乗り越えてきた。
きっと――“流域の歌”は、その記録そのものなんだ。
ふと、ルーレットを見上げると――。
……目が、合った。
「……え? え!? ルーレットに、目が!?!?!?」
信じられなくて二度見した。けれど、見間違いじゃない。
カチリ、と針が動いた瞬間、盤面の中心でギョロッとつぶらな瞳がこちらを見返してきた。
「ひ、ひぇぇ……!?おまえ、生きてたのか!?」
ルーレットは、無言のままぐるりと一回転。その表情(?)は、どこか得意げで――いや、まるで「やっと気づいたか」とでも言いたげだ。
光沢のある数字の並びが笑っているようにも見えて、僕は思わず一歩あとずさる。こうして見ると、盤面全体が“顔”みたいだった。
「……やっぱりこのすごろく、ただのゲームじゃなかったんだな……」
僕がつぶやいたそのとき――。
「いやぁぁ!?なんだかキモコワカワイイですわ……?」
リウラが目をまんまるにして叫んだ。その妙な言葉のチョイスに、思わずうなずく。
「……なるほど、キモコワカワイイ、か……確かにそんな感じだな……」
ルーレットはくるくると回りながら、こちらをじっと見ている。無表情のはずなのに、どこか嬉しそうに見えるのが余計に怖い。
そのときだった。
「ふふふふふ……ルーレット君を迎えに来たぞぉぉっ!」
――ドバァァァンッ!!
どこからともなく水しぶきが舞い上がり、空気が一瞬でびしょ濡れになる。笑い声が水面をはねながら、盤の上にこだました。
「やあ諸君!」
水の渦の中から、陽気な声とともに現れたのは――。
「わっちは、シヴァ・テンスイ!シバテン、転スイでシヴァ・テンスイ!」
肩から水をしたたらせ、奇妙な神様が現れた。額にはしずくの宝石、背中には波模様の羽衣。そして、頭頂のお皿と背中の甲羅。どこかふざけているのに、見ているだけで空気がきらめく。
「し、シヴァ・テンスイ!?――神様!?!な、なんか登場が派手すぎませんか!」
あきらかに転スイ門のときより派手――というか、おめかししてる!?僕が叫ぶ間にも、冷たいしぶきが顔や背中をつたっていく。
水の粒が光に変わり、シヴァ・テンスイの笑い声があたり一面に響いた。
「神様~!?」
あっ、僕と一緒に転スイしてないみんなが一斉にビックリしてる。
「うん。この方は――遊びが大好きな、キュリシアの神様だよ!」
僕が慌てて説明すると、父さん母さん、ミラさん、ツバネたちは目をぱちくりさせたまま固まっていた。
「スンスン……ふむ、相変わらずセオトはいい匂いがするな」
「ちょ、ちょっと!?また匂いかがないでくださいってば!」
慌てて距離を取ろうとする僕の肩を、シヴァ・テンスイが愉快そうにポンと叩く。
「はっはっはっ!良い香りは良い流れを呼ぶのじゃよ、セオト!」
その瞬間、空気がぷるりと震え、盤の上に水紋が広がった。
ルーレット君の目が、じっとシヴァ・テンスイを見つめていた。まるで「だれ、この派手な人?」とでも言いたげな、つぶらな視線。
「おやおや?そこの丸い君、いい回転しておるのぉ!」
シヴァ・テンスイがにこにこと笑いながら、ルーレット君の縁を指先でつついた。
カチリ。
ルーレット君がひとりでに一回転して、「キュルルル……!」と高い音を鳴らした。
「おおっ!?照れたのか!?かわいいやつじゃ!」
テンスイ様が大げさに拍手すると、盤の光がきらりと跳ねた。ルーレット君の目が、まるで嬉しそうに細くなったように見える。
「ふふ、気が合うみたいだね」
僕が笑うと、テンスイ様は得意げに胸を張った。
「当然じゃとも!遊び、回る者同士、波長が合うのだ!」
「波長……?」
「うむ!わっちも流れを転がす神、彼も運命を回す盤――つまり“ぐるぐる仲間”じゃ!」
そう言って、テンスイ様はルーレット君の針を指ではじいた。
カチ、カチ、カチ……ピタリと“7”で止まる。
「7か!ラッキーセブンじゃのう!」
「ルーレット君、まさか狙って出したの……?」
僕が半信半疑でつぶやくと、ルーレット君が「キュピっ!」と音を鳴らして、得意げに回転した。
「はっはっはっ!いいぞ、ルーレット君!」
テンスイ様が笑うたび、空から小さな水滴がぱらぱらと舞い落ちる。それは光の粒になって、盤の上でくるくると踊った。
「まあ……意外と、いいコンビかもしれませんわね」
リウラが頬に手を当ててつぶやく。――キモコワカワイイコンビってこと!?
「うむ、今日から君は“ルーくん”じゃ!」
テンスイ様が宣言すると、ルーレット君――いや、ルーくんがカチカチと回転して喜んだ。
「ははっ……神様とルーレット、まさかの親友誕生だな」
笑いながら空を見上げると、そこにもぐるぐると光の輪が広がっていた。
「じゃ、みんなで転スイ門へ移動するのじゃ!」
「キュビっ!」
早くもいいコンビになったルーくんが、カチ、カチ、カチ……ピタリと“777”を出した。
「すごろくを飛び越えて、全員が転スイ門まで移動する!」
「は!?」
「諸君!出発進行じゃ♪」
――流れは止まらない。
キュリシアに、新しい“めぐり”が生まれていた。
ふぅ……やっと今日の大騒ぎも落ち着いたみたいだ。
みんな、スイタンの“流域の歌”に夢中で、ルーレットのことなんて忘れてる……フフフ、僕の秘密はバレてない。
そう、僕はただのルーレット――生きてるけどね。
くるくる回るだけじゃなくて、ちゃんと目だってあるし、感じることもできる。
どうしてただのルーレットとして存在してるのかって?
キュピっ!
それは、またいつかどこかで話すね。
――ルーくん




