75 大逆転しちゃった!?流域の歌!
「う……またスタートに戻ったのか……」
膝をつきながら、僕――沢海はため息をつく。ここは忘れもしない“借用記録地帯”だ。 どんよりとした空気が漂い、黒い影たちがざわざわと寄ってくる。体が重い。前へ進もうとするほど、心が沈んでいく。
――そんなとき。
セリアンの竪琴が、やさしく鳴りはじめた。
透明な音が盤の上を渡っていき、僕の胸の奥に響いた。
「叶えたい夢を忘れるなよ、タクミ!」
ハッとした。そうだ。僕は――カゲミに会わなくちゃいけないんだ!
「よーし……今度こそ、流されても取り返す!」
熱い思いを込めて、手のひらをぎゅっと握りしめる。
セリアンの音色が届いた村のマスが光を帯び、癒しの風が吹き抜けた。
沈んでいた大地に花が咲き、影が霧のように消えていく。
「……吟遊詩人、強っ!」
思わず笑いがこぼれる。
すごろくの上では、仲間たちもそれぞれのマスで動いている。
リウラは山間の村、“養生チル”で割れた水盤を修復していた。
「もう一度、流れをつなげますわ」
澄んだ指先が光り、水面に模様が浮かぶ。すごろくを通して、リウラはますます水の精霊らしくなっていった。少ししおらしく感じるのは……カゲミがいないせいかもしれない。
一方そのころ――
ゲルは水晶の洞窟で黙々と作業していた。
「緻密作業は、呼吸するようなものです」
淡い光が彼の手元で結晶し、クリスタルの薔薇が咲く。それを港町“潮風チル”に持っていった瞬間、大評判になった。
ホンホンは、立ち止まるマスに草を生やしながらピョンピョン跳ねている。
「ホンホ〜ン!緑があると映えるホン!」
「ねえホンホン。すごろくを森にする気か!?」
ルミア――いや、雫さんはラグ・ノートリアの村で新しい挑戦を始めていた。
「こっちの世界でもやってけそうだな」
懐かしい笑顔でそう言いながら、なんと駄菓子屋を開いていた。きなこ棒とカルメ焼きが人気らしい。
「子どもたちに“味の記録”を残したいんだ」――雫さんらしい言葉だ。
盤のあちこちで、誰かの行動が次のマスへと流れを作っていく。もう、これはただの遊びじゃない。
すごろくは、みんなで作る“生きる世界”になっていた。
――そして、何度目かの僕のターン。スタートからの再出発だ!
手のひらに汗がにじむ。もう何度も回してきたはずなのに、胸の鼓動はいつもと変わらない。
ルーレットを思いっきり回す!風切り音みたいな勢いで、色とりどりの目がぐるぐる回転する。
カチ、カチ、カチ……ピタッ。
――9!
「おっ、けっこう進める!」
けれど止まったマスを見て、僕は思わず息をのんだ。そこは――みんなのスタート地点だった。
風が吹き抜け、足元の草がざわめく。そのとき、一本だけ長く伸びた草がピョコン!と跳ねた。ホンホンがずいぶん前に生やした草だと思われる。
「……え?」
近づいてみると、草むらの奥に、ふにゃっとした寝起きの禁書が――。
「ス、スイタン!?こんなところで寝てたのか!」
「……んみゅ?あれ、タクミ?」
僕は慌ててスイタンを抱き起こす。
その瞬間、空気が震えた。ピピピピ――!
耳をつんざくような警告音が鳴り響く。
『7回スキップ分のルーレット権利をさしあげます』
「な、なんだそれ!? ボーナス? 罠?」
困惑する僕の腕を、スイタンがきゅっと握る。目が真剣だった。
「タクミ、私をしっかり握って離さないで!」
風が渦を巻く。スイタンが光に透けて、川の流れみたいに揺らめいた。
「行くよ――“流域の歌”!」
水音が、盤上を駆け抜けた。
透明な波紋がひとつ、ふたつ――そして無数に広がっていく。数字のマス目たちが、まるで呼応するように淡く光を放ち始めた。
「うわっ、な、なんだこれ!? 速っ――!」
足元がふわりと浮き、僕とスイタンの身体が光の流れに包まれる。風よりも速く、音よりも鋭く。盤の上を、爆速で駆け抜けていく感覚!
「タクミ、手ぇ離すなよ!」
「離すわけないって!」
叫ぶ声も、風に飲まれて遠ざかる。
目の前に見えるのは、ただまっすぐに伸びる光の道――ゴールの輝き。
――そして。
ぱあんっ! 光の破裂音とともに、僕たちはゴールの中心に飛び込んだ。
まるで水面を突き抜けた瞬間みたいに、空気がひんやりと変わる。
「や、やった……ゴール!? 本当に!?」
「ふふっ、これが“流域の歌”の力だよ」
スイタンがいたずらっぽく笑う。表紙には水の粒がきらめいていた。
結果――僕とスイタンは、大逆転ゴールを決めた。
その瞬間、盤上に描かれた水の紋様がキュリシア全土へと流れ出し、“流域の歌”は風に乗って、街から街へ、湖から空へ――世界中に広まっていった。
誰もが知らないはずの旋律を、今は誰もが口ずさむ。
まるで、それがもともとこの世界の祈りだったみたいに。
柄にもなく……寝起きからの展開は、ほんとに楽しかった!
盤の上を速足スキップで爆速かけぬけると、風が紙をくすぐって、体がふわっと浮くみたいに気持ちいいんだ。
しかも、タクミのあの驚いた顔!あはは!
一緒にゴールまで駆け抜けられたから、今はもう胸がいっぱい。
世界中に“流域の歌”が広まったのも、うれしいよ。
私は、歌ってはいけない歌集――スイタンだから。




