67 罠にかかっちゃった!?マイナスからのスタート!?
「我ながらナイスアイデア。二人でやると、どうも退屈なんだよね」
フレクシアはにやりと笑った。
「僕は――やるつもりありません!」
思わず声が上ずる。
「なんで?ただのゲームだよ。すごろくみたいなもんさ、簡単だろ?」
まるで、ガラス越しに見下ろすような視線だった。
「こんな、クセつよゲームで……キュリシアが“へんてこりんな世界”になるなんて、許せません!」
フレクシアは、静かに笑った。
「へんてこりん、ね。いい表現だよ、タクミ君」
唇の端だけで笑いながら、盤上の駒をひとつ指で弾く。
――コトリ。
その音に呼応するように、どこかの流域がかすかに震えた。
「でも、君はまだ知らない。“遊び”と“現実”の違いなんて、誰にもわからないんだよ」
「……え?」
「自分で回したルーレットが運命を動かす――それが、記録者のゲームさ」
その瞳はどこまでも澄んでいて、底冷えするほど冷たかった。まるで神様が、退屈しのぎに世界をひっくり返そうとしているみたいに。――何様のつもりなんだ。
そのとき。
「みんなでやろう!」
セリアンが、ぱんっと手を叩いた。その声は、張りつめた空気を割るように明るく空気を変えた。
「沢海、ひとりで背負うな。みんなでピンチを切り抜けるんだ!」
「母さん、クジ運良いんだから任せといて!ワンットウ!アタックよーっ!!」
「やってみよう、私の音でルーレットを回してみせる!」
「もちろんだホン!ボードゲームと聞いたら禁書魂が燃えるホン!」
「助けがいるなら、遠慮なく頼れ。仲間を信じろ、タクミ!」
声が重なり合う。その瞬間、盤上の光があたたかく揺れた。
「セリアン……父さん母さん、ミラさん、ホンホン、スイタン……ありがとう」
胸の奥で、なにかがほどけていく。そうだ、僕は一人じゃない。頼れる仲間がいる。僕を信じてくれる人たちがいる。
「僕たちは“流れ”をつくるんです。ルーレットが決めるんじゃない。僕たちが、次のページを選ぶ」
盤上の光が脈を打つ。まるでキュリシアの記録そのものが、僕たちの意志に応えているようだった。
「……あーあ、やる気になっちゃったか。フレクシアの思うツボだけど、まあいい」
ルミエが静かに言った。その手の中のルーレットが淡く光を放つ。
「ようこそ、《キュリシアの世界》へ」
「じゃあ――まずは初期ステータスの設定だね」
ルミエが盤を指でなぞると、各プレイヤーのマスがふわりと光る。
「タクミ君は……“新米ノートリアで収入ゼロ”。だからマイナスからスタートね」
指を鳴らすと、僕のコマが“借用記録地帯”にぽとりと落ちた。
「なんですか!?その設定ーっ!」
「現実を反映してるだけさ」
フレクシアが、冷たい笑みを浮かべる。
「ああ、吟遊詩人の稼ぎはいいから、セリアンはここからスタートでいいよ」
そう言って、ルミエは中央近くの“金貨の泉”マスにセリアンのコマを置いた。
「えっ、なにそれズルい!」
「努力の成果だよ、努力の!」
セリアンは笑って肩をすくめる。
配置が決まった。
僕以外はプラススタート。僕だけマイナススタート。目に見える差が、盤上にくっきりと刻まれる。
「僕はやりたくない!こんなの、ゲームじゃなくて罠だ!」
叫んだ声を、盤面の風がさらっていく。
「罠かどうかは――プレイしてみればわかるさ」
ルミエが笑った。その瞳は、まるで世界そのものを支配するプレイヤーのように冷たかった。
次の瞬間、盤の目が淡く脈動し――床の文様が動き出した。
マス目が浮かび、駒が光り、部屋全体が“すごろく盤”に変わっていく。
「さあ、ゲーム開始だ」
ルミエとフレクシアの声が重なった瞬間、僕たちの足元から光の流れが走った。
床の文様が脈動し、まるで大河が逆流するように、空間の境界がねじれていく。
視界が白く、淡い水色の光に包まれた。
「うわっ……!? な、なにこれ――!」
足元がすべる。地面が水面になった。波紋の上に、サイコロと駒の影が浮かんでいく。
「みんな、しっかり!」
セリアンが手を伸ばしたが、その腕が光に飲まれ、形を失っていく。
フレクシアが微笑みながら、盤上の天へと舞い上がる。その姿はもう人ではなく、“プレイヤー”という概念そのものになっていた。
「この盤では、すべての行動が記録になる。誰かが前に進めば、誰かが沈む。サイコロを振るたびに、世界がひとつ、塗り替えられる」
「そんなの……神様ごっこじゃないか!」
僕は叫んだ。声は波紋になって消え、かわりに目の前のマスが光る。
「第一ターン、開始」
ルミエが宣言した瞬間、巨大なルーレットが空中に浮かび上がった。透明なその中で、星のような粒が瞬いている。出目が決まるたび――流域が震える。
僕のスタート地点、借用記録地帯のコマが光る。足元のマスに数字が刻まれた。
《−3:借用記録地帯 影を背負う》
「うわ……なんだ、この感じ……身体が重い……!」
光が足に絡みつく。まるで、過去の罪や未記録の思い出が、沈泥のように僕を引きずり戻しているようだ……。
「ただいま」
誰もいない家に帰ってきた学生の僕。兄さんが帰ってくるまでじっとしてることしかできない。
ドン、ドン、ドン――!
誰かが玄関を叩いてる。知らない人は家にあげちゃいけないんだ。よし、居留守を使おう。ドンドン叩く音から逃げたくて耳を塞ぐ。
(ハァハァ……ハァ。僕は今、過去の嫌な記憶を思い出してた?)
「借用記録地帯で、”過去の影”と対峙する。完了したね」
ルミエの声が響く。まるで水晶の中から語るような、冷ややかな音だった。
「タクミ君、人生ってそんなもんさ。スタートがマイナスでも、遊び方次第で勝てるかもよ?」
「ふざけるな……!これは”遊び”なんかじゃない!」
ぐぬぬ、僕は拳を握りしめた。その隣で、セリアンが立ち上がる。
「タクミ、焦るな。出目が悪くても――進み方は自分で選べる!」
「次のコマに行こうか」
その言葉に呼応するように、“金貨の泉”がぱっと光り、水音が音楽のように鳴り響いた。セリアンはキュリシア金貨を得た。
「なるほど。加護を得たってわけか」
ルミエが唇の端を上げる。
「だが、この盤は甘くない。絆も、記録も……すべて、代償を伴うのさ」
「ホンホン!?ホンホンの体が――ボードの駒になってるホン!」
「ま、待って!水が……違う、これは“記録”の流れだ!」
ミラさんの竪琴が共鳴し、弦の音が光と重なって震える。――音が、形を持った。
音符が空中に漂い、ひとつひとつが小さなマス目になっていく。
「ルーレットの出目によって……世界が再構築されてる?」
父さんの声が、やけに遠く聞こえた。
「止まらないと現象が見えないのがつらいわ。スイちゃん大丈夫?」
「捨てられた運命から救われたのを、思いだせたから平気だ……」
どうやらスイタンはラグ・ノートリア村の草むらに埋まってしまったらしい。
「さて、すべての配置完了」
空に巨大なルーレットが再び浮かび上がった。その一面に、ゆっくりと光の文字が滲み出す。
「では――最初のルーレットをどうぞ」
本日は文化の日なので、スイタンの絵描き歌をお届けします。
「スイタンの絵描き歌」
♪ まるを ひとつ かきましょう
みずのつぶ ぴとんと ひとつ
♪ まるのなかに ひかりをいれて
つめたい こころを あたためましょう
♪ つぎに せかいのはしを すこし
そっと まげて すじをひとつ
♪ それは ながれる かわのあと
スイタンの こころの えのみち
♪ みずが うたえば いろが うまれる
セリアンが わらえば わたしも はなさく
♪ かけた ところは けっして わるくない
にじが のびる はじまりの しるし
♪ ほら、これで できあがり――
「水声抄スイタンの うたのスケッチだ!」
(今日も だれかが こころに まるをかく)




