66 閉じこめられちゃった!?しずく堂のパーティー!?
「……そうだ、みんなでパーティーでもしよう!」
雫さんの一言で、駄菓子屋しずく堂にてお別れパーティーを開くことになった。ありがたくも、少し照れくさい提案だった。
ホンホンは嬉しそうに飾りつけを手伝い、スイタンは風鈴を下げながら鼻歌をうたっている。
「こういうの初めてだけど、いいね」
うきうきしているセリアンに、雫さんがコーヒーを片手に微笑んだ。
「旅の途中でちゃんと“区切り”を作るのは、悪くないさ」
僕はうなずいた。
たとえ別れがあっても、流れは続いていく。きっとまた、どこかで会える――そんな気がしていた。
「カゲミちゃんの旅立ちを祝って、そしてタクミくんの新しい冒険のはじまりを!」
「かんぱーい!」
駄菓子のラムネで乾杯して、たこせんの上にアイスをのせて、もぐもぐ。外では、夏の終わりの川風が涼しく流れていく。
「きっとどこかで、カゲミちゃんも笑ってる。“みんなの声”は、流れを越えて届くからね」
雫さんが、やわらかく言う。
「良いこと言うね!雫さん、お招きありがとう。おにぎり握ったからいっぱい食べてね!」
母さんは大皿を抱えてやって来た。お茶も、氷がカランと鳴る冷たい麦茶だ。
「エイミさんのご飯、いくらでもいける!」
ミラさんとセリアンが、口いっぱいに頬張りながら笑っている。
「ホント!じゃあ肉じゃがも持ってくるね!」
父さんと母さんは、鍋ごと肉じゃがを運んできた。
「ふああ!味がしみしみ!郷愁を感じる~!」
甘じょっぱい香りがふわりと広がって、みんなの笑顔も一段とやわらぐ。
雫さんが淹れたハーブティーの香り、セリアンの笛の音――すべてが柔らかく響き合う。
――ああ、旅立ちって、泣くものじゃないんだ。
笑いながら、思い出を味わいながら、次へ進むための時間なんだ。
ラムネの泡がはじける音が、まるでカゲミの笑い声のように聞こえた。
テレパシーで亀様に肉じゃがの素晴らしさを伝えていたホンホンが、突然、耳をつんざく声を上げた。
「激ヤバだホン!“キュリシアがおかしくなっちゃってる!?”って、泉萬介くんが慌ててるんだホン!」
「えっ……キュリシアが?」
「す、水面が――空になってるホン!」
「守ー!そんなことが起こってるって……!?」
母さんの声に、父さんは眉をひそめ、肩にそっと手を置いた。
「キナ臭いな……誰の策略だ?」
僕はいてもたってもいられなくなった。
「ねえホンホン!ツバネやタリクは?無事なんだよね?」
「二人とも、あれから泉に来てないって……行方不明ってことだホン!」
ホンホンの声が震えている。胸の奥が、石を投げ込まれた水面のように波立った。
「急いだほうがいいね。ツバネたちが心配だ」
セリアンが立ち上がる。いつもの穏やかな瞳の奥に、鋭い決意が宿っていた。
「――キュリシアに、戻ろう!」
「大混乱だホーン!」
ホンホンの声が裏返る。
その瞬間、しずく堂の灯りがふっと揺れた。外の川面に、見たことのない紋様が浮かび上がり、ゆらめいている。
「……光が、乱れてるホン。まるでこの世界そのものが、記録の途中で“上書き”されてるみたいだホン!」
「上書き、だと……? ホンホン、それは“流域”が歪んでいるという意味か?」
父・守杜の声が低く響く。
「いいか沢海、よく聞け。これは……誰かが“書き換え”を始めたんだ!」
足元の影が浮き上がり、まるで記録の文字みたいに形を変えていく。
「“流記録再構成プロセス”」
――それは誰かの声でも、呪文でもなかった。ただ、この世界そのものが言葉を発している。
「ここに結界を張ってみよう」
ミラさんの指先が弦をはじくたび、空気が薄く震えた。竪琴の音が水面のように広がり、部屋の周囲に光の膜が立ち上がっていく。その声は、静かで確信に満ちていた。
「ま、待って。これ……パーティーの結界が……?」
雫さんの声が震える。確かに結界は張られた。だが、その輪郭が“外”ではなく“内側”に閉じている。
「……おかしい。光の流れが逆転してる」
テーブルの上の食器が水に溶け、泡のように消えた。
光は外へ拡がるどころか、中心――ミラの竪琴へ吸い込まれていく。
「ミラさん、やめて!その音、結界じゃない……封印だ!」
竪琴の弦がきぃんと鳴った瞬間、空気がひっくり返るような衝撃が走った。風が逆流し、床の模様が浮き上がり、ひとつの“瞳”のような紋章が現れる。
「やっぱり……誰かが、内側から見てる」
ミラの瞳がわずかに揺れた。
――結界を張ったのではない。“結界の中に閉じ込められた”のだ。
「何かがおかしい……?」
僕ははっとした。しずく堂で起こる現象と、キュリシアの異常が――どこかで“つながっている”。
「ねえ、雫さん。おかしくないですか? どうしてキュリシアの記録の書き換えが、ここ“日本”で起きるんだろう」
雫さんは腕を組み、窓の外の川を見つめた。雨はもう止んでいたが、水面には何層もの光の輪が広がっている。
「ホントだね……」
少し間をおいて、雫さんはポケットから何かを取り出した。古びたボードゲームの箱――タイトルには、見覚えのある文字が刻まれていた。
『キュリシアの世界』。
「俺が友達と一緒にやってるボードゲームなんだけど、これ……ちょっと気味が悪いくらい現実と連動しててさ」
そう言って雫さんが盤を広げると、そこには“今まさに消えかけた”キュリシアの地図が浮かび上がった。
そして、マスの一つ――記録師協会跡の地点に、見慣れない光のコマが立っている。
「……これって……?」
「俺の友達のコマだよ。名前は――フレクシア」
その名を聞いた瞬間、空気が震えた。店内のランプが一斉に揺れ、ボードの中心から青白い光があふれ出す。
「やあ、ルミエ。続きを始めようか?」
その声は、機械のようで、人のようでもあった。フレクシアが――実体化した。
細い光の糸をまとった彼女の姿は、まるでデータが人の形を取ったようだった。
「タクミ君。キミにキュリシア名があるように、俺にも“キュリシアでは別の名前”が存在するんだ。ルミエっていう」
そして、雫さん――いや、“ルミエ”は静かに笑った。
僕は思わず後ずさった。胸の奥で、鼓動がガクブルと震える。
「あなたの大切な仲間がピンチだよ、タクミ君」
フレクシアの声は甘く、しかしどこか命令のように響く。
「君はどうしたい?――そうだ、勝ち虫のようにボードゲームをやってみるかい?」
その瞳は、まるで盤上の駒を見下ろす女神のように冷たかった。
あれは、しずく堂に足を踏み入れた時のこと。
机の上に転がっていた一本の――きなこ棒。
わたしは、そっと顔を近づけて……くん。
……ふわぁ。
やさしい、甘い、ほこほこの匂い。
焦がしきな粉と、黒蜜のような香りが、空気の中でまわって、
まるで古い本のページの間に、夕陽が挟まってるみたい。
食べられない。禁書だから。
けれど――「もし、味わえたら」って思ってしまった。
この香りを、言葉にできたら。
紙の上で、ちゃんと残せたら。
そうしたら、わたしにも少しだけ――“おいしい”という歌を
書き留めることができるのかもしれない。
……くん。
もう一度だけ、匂いを吸いこむ。
それで満足。
だって、これは禁書が味わえる、ぎりぎりの幸福だから。
――スイタン。




