59 執着みせちゃった!執務机の小箱!?
はぁ。……あ、ため息ついちゃった、ごめん。
もはやキュリシアにもいない、人間でもない黒い魚――ブラックバスになったオルグがみせる執着を、僕には理解できない。
だけど、カゲミがあの闇にとらわれているんだったら、できることをやるしかない。
あらためて、オルグの異様さとホンホンの万能ぶりを実感してる。
「そうか、カゲミはまだ見つかってないのか。希望はあるんだな、がんばれ」
昨日、僕の部屋でホンホンに泉萬介……亀様にテレパシーで連絡してもらって、近況と現状の協会のことを聞いていたのだ。
ツバネは水底図書館に残る墓守ゾルに会いに行ったり、東の都市ミラソムに記録師協会の新拠点ができるので長距離移動をしていた。
「週に一度、この村に来ている。ここは住みやすいから落ちついたら拙者はメリフル村に移住したいぜ」
タリクはラグ・ノートリア村を拠点にラグ・ノートリア協会を発足。妹のミレイは水巫女として成長し、戦力になっているという。
「料理をミレイに教えてるんや!近々チルもオープン予定や!」
2人は週に一度、メリフル村で会いながら、それぞれの活動を続けていた。ちょうど久潤の泉にいたところだった。
「水紋亭には一昨日行ったところだ。リィナが拠点にして活動してる」
ツバネが水紋亭の扉を押すと、柔らかな鈴の音が鳴った。
木の梁に水紋が反射している。風に乗って、どこか懐かしい祈り歌が流れている。
「おや、ツバネさん。お久しぶりです」
声の主は巫女リィナだった。白衣に薄青の帯を結び、髪には淡い水晶の飾り。研究用の巻物や瓶が並ぶ机の前で微笑んでいる。
「……リィナ。すっかり研究者だな」
「ええ。もう“協会”という形は残っていませんが、ここはまだ、水の記録が眠る場所です。私にとっては“祈りの研究所”みたいなものですね」
ツバネは室内を見回した。壁のひび、閉ざされた階段、そして奥の池。かつて記録師協会の研究棟とつながっていた通路は、今では苔に覆われている。
「……魔物が増えていると聞いた」
「ええ、確かに。地下にも地上にもたくさんいます」
リィナは淡い笑みを浮かべて首を傾げる。
「でも、不思議なんです。どの子も攻撃的じゃなくて。この場所を“守っている”ように見えるんです」
「守っている……?」
ツバネの眉がわずかに動く。
リィナは机の上の巻物を開いた。描かれているのは湖の地図――かつて記録師協会があった場所。
その周囲には光の輪のような印がいくつも重なっている。
「夜になると、この印の辺りに“水の影”が現れます。魔物たちは避けるでもなく、寄り添うでもなく――ただ静かに見守っているんです」
「……まるで祈ってるみたいだな」
ツバネの声に、リィナが少しだけ目を細めた。
「そう。祈り、でしょうか。私はこの現象を“水底の帰依”と呼んでいます。記録師たちが遺した思念が、魔物たちの心に染み、争う理由を忘れさせているのかもしれません」
「――“記憶の穴”に、今も辿りつけるのか?」
ツバネの低い声が、水紋亭の奥に響いた。リィナは手を止め、祈り札をそっと伏せる。
「理論上は……ええ、道は残っています。でも、今は封鎖されています」
「封鎖?」
「はい。協会跡地から、時々“記録の泡”が浮かび上がるんです。それに触れた調査員が、みんな同じ夢を見るそうです」
「夢?」
「――“底の方で、自分の名前を呼ぶ声を聞いた”と。目を覚ますと、全員、前日の記憶が抜け落ちているんです」
リィナの瞳が一瞬だけ震える。水灯の青い光が、揺らめきながら天井に波紋を描いた。
「協会跡は、今では立ち入り禁止区域です。魔物たちも、そこだけは近づかない。まるで“誰かがそこにいて守っている”みたいに……」
ツバネは無言で頷いた。
「……ということだホンホン!」
ホンホンと僕が黒きブラックバスオルグに協会跡の現状を伝え終えた。
――ドクン。
黒い水の底で音がする。
「……まだ“残っている”のだ!」
「えええ、オルグ……まだ納得できないの?」
低く、濁った水を通して響く声。底の泥が喋っているような重さだった。
「淀みがまだ残っているのだ。流れは、わしを手放してはくれぬ……」
黒い泡がゆらりと浮かび上がる。かつての協会長の面影が揺らめいた。冷たい眼光の奥に、かすかに執念の光。
「セセラギ……頼みがある」
「頼み?」
「協会長の執務机の――引き出しの奥だ。わしの“大事なもの”を隠してある」
「大事なもの……?」
「確認してほしい。誰にも触れさせるな。あれは、わしの記録の“はじまり”であり、“終わり”でもある」
声が濁り、水底が泡立つ。その執念は、もう人のものではなかった。
「記録師が見るとき、きっと“流れ”が動く。――それが、わしの望みだ」
最後の言葉が沈み、淀みは再び静寂を取り戻した。
ただ、僕の胸の中で冷たい予感が渦を巻く。
(……大事なもの、か。オルグの“心”か、それとも“記録”か……)
「任せとけ!カゲミのためならパシリも甘んじてやってやる!」
「ごめんね、ツバネ、タリク。本当にありがとう!」
崩れ落ち、魔物まで棲みついている協会跡へ向かってくれる二人に、僕は感謝しかなかった。
「ねぇ、何か食べたいものある?ホンホンから亀様に伝えてもらうから、言ってね」
「じゃあ……たい焼きとやらを、三匹!」
「拙者は、エイミさんが作った肉じゃがが食べてみたいぞ!」
ふたりの声が重なり、少しだけ場が明るくなる。
「えええ!もう日本の食べ物知ってる!?」
「毎日、泉萬介くんに教えてるホンホン!」
さすが禁書ホンホン!そりゃおしゃべりしたいか。
僕は笑ってうなずいた。
「うん、わかった。お礼できるものなら、なんでもするよ」
流れはまだ静かじゃない――けれど、確かに“仲間”の温度がそこにあった。
日々、にぎやかな禁書からのテレパシーが止まぬ。
「萬介くん!日本の美味しいモノ講座だホン!」
「たこ焼きの中にタコを入れるホン!外側はソースと青のりがかかってるんだホン!」
青空の中に丸い雲が浮いとる。ふわぁと薄い雲がかかった。あれがたこ焼きかの。
「今日はプリンの作り方を教えてもらったホン!
カラメルって“甘くてちょっと苦い”っていう、禁書にはない禁断の味ホン~!!」
嬉しそうじゃな、ホンホンは。ポカポカあったまるのぉ。
「明日はおでんを勉強するホン!大根と卵とこんにゃくの神々の集いホンホン!!」
にぎやかなヤツめ。この調子じゃと、午後も甲羅干しに絶好のよき天気じゃの。




