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おにポチャで転スイ(転生)しました!?  作者: (万寿)ぷりん
第2章

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56 教わっちゃった!?製造終了のヒモつき飴!?






 久しぶりに、風の匂いが懐かしく感じた。乾いた石畳、午後の日差し、遠くで子どもたちが笑う声。


「……ここだ!」


 僕が立ち止まったのは、曲がり角の小さな店。木の看板には、手書きで「しずく堂」とある。

 色あせた屋根、風鈴の音。駄菓子の甘い匂いの中に、どこか水の清らかな気配が漂っている。看板の色はすっかり薄れているけれど、形はそのままだ。――放課後の僕が何度も通った、あの駄菓子屋。


「わぁ~、これ全部食べれるのホン!ここは沢海の世界の“記録の味”なんだホン!」

 ホンホンが目を輝かせて棚をのぞきこむ。

「……なんか甘い匂いがするね!とってもワクワクしてきた」

「ここは昔、百円玉ひとつで幸せになれた場所だよ」

 目をキラキラさせてるセリアンとホンホンを見て、思わず笑った。――その気持ち、よくわかる。


「いらっしゃい。――あれ?前にも来たことあるよね?」


 店の奥から現れたのは、穏やかな目をした男。

 瑞野 雫( ミズノ  シズク)。この町では“しずく堂のおじさん”と呼ばれているが、父さんとかつてノートリアをしていた人物だった。


 僕は思わず目を瞬く。

「あ、はい。子供のころ毎日来てました。青木守杜(マモリ)の息子、沢海です」

 店主の雫さんは一瞬だけ目を細めてから――ふっと笑った。

「……やっぱり守杜さんの息子さんか。あの坊やが、もうこんな立派になったんだな」


 その声に、店の中の空気が少し揺れた。駄菓子の包み紙がカサリと鳴り、風鈴がひとつ音を立てる。


「父さんのこと、覚えてるんですか?」

「もちろんさ。君たち一家は目立ったからね。……あの人は不器用だったけど、流れを見る目は確かだった。“水の言葉”を聞ける記録師だったからな」


 雫さんの視線が、僕の肩のあたり――カゲミの潜む影を、ちらりと見た気がした。

「君も、その血を継いでるんだろ?……清流の眼を持つ者の目だ」


 胸の奥が少し熱くなる。この人の声には、不思議と温かさがあった。父さんが教えてくれたのは、僕に足りない勇気と覚悟。僕はこの人から学ばなければならない。


「……でも、僕はまだまだなんです。記録をしても、全部が“薄い”。本当の流れを教えていただけませんか?」


 雫さんはしばらく棚の奥を見つめていた。やがて、静かに笑みを深めて言った。


「――川へいこうか」



 そう言って、店の札を裏返す。〈休みます〉の文字が風に揺れた。僕たちは無言のまま、川のほうへ歩き出した。

 水面には、空のかけらのような光が浮かんでいた。雫さんはその光を見つめながら、ぽつりとつぶやく。

「……なぜ、人は過去を思い出すんだと思う?」


 懐から細い竹の筆のようなものを取り出した。

「これは“水筆”。過ぎた日を写す筆だ」

 そう言って、筆先を川面にそっと触れさせる。


 波紋がひとつ、ふたつ――やがて、その輪の中に幼い僕と笑う両親の姿が浮かんだ。

「ふふ、ちっちゃなタクミくんかわいいね」

 川風が少し冷たくなってきた。雫さんは筆を握ったまま、穏やかに言った。


「君の記録には修練が足りないんじゃない?」

 その言葉に、胸がちくりと痛む。

「……修練、ですか」


「そう。観るだけじゃだめ。流れを“写す”んだ」

 雫さんは腰の巾着から、青く光る小石を取り出す。それを指先で弾くと、石はふわりと浮かび、川面に落ちた。


 ――ぱしゅん。


 水が光を帯び、波紋の中に記憶が浮かびあがる。幼い頃の雫さん。川のほとりで、元店主の祖母と笑っている。


「俺の祖母は、観察者だったんだ。君が“記録師になれる子”だって、よく話してたよ」

「お祖母さんは……僕のことを?」

「うん。ばあちゃんは流れを読む目を持ってたからな」


 店主は一歩、川に近づく。その瞳がきらりと光った。

「さあ――本気を見せてみな。流れが君を試してる」



「――リヴァー・プリスティン!」


 僕は川面に手をかざし、心を静めた。流れの鼓動、風のざわめき、草の香り――すべてをひとつに溶かしながら、記録の詩を編む。


 水が光を帯び、淡い青の紋様がひろがっていく。やがて中心に過去の光景が浮かびかけ――ふっと、途切れた。


「……あれ?」

 波紋は散って、記録はうまく残らない。

 そんな僕の隣で、雫さんが静かに指を動かした。声ひとつ発さず、ただ風に合わせるように川面を撫でる。

 ――その瞬間。

 流れの中に無数の光の糸が立ちのぼり、ひとつひとつが記憶の断片を繋ぎはじめた。息を呑むほどの正確さ、深さ。まるで、川そのものが語っているようだった。


「これが……“本当の記録”?」

 僕の声は震えていた。同じ“記録”なのに、まるで次元が違う。


 雫さんは微笑んで言った。

「記録は技じゃない。心だよ。流れと同じ速さで、同じ深さで感じること」


 僕は拳を握った。胸の奥で、何かが確かに燃えあがる。

 雫さんは光の反射を見つめながら言った。


「もっと流れを読んでみて」

「流れを……?」


「そう。例えば“光”といっても、いろんな顔があるだろ。眩しすぎて直視できない光もあれば、そっと包んでくれる淡い光もある。“闇”だって同じだ。ただの黒じゃない。薄い影もあれば、底が見えないほど深い暗もある」


 川面を渡る風が言葉に合わせてゆらめく。光と影が溶け合って、まるで呼吸しているようだった。


「それを見分けて、君の“清流”の精度を上げるんだ」

 雫さんは軽く笑った。

「それが、俺からのアドバイス」


 その笑みの奥に、どこか厳しさが滲んでいた。僕は頷きながら、心の奥でそっと呟く。


 ――光も、闇も、どちらも流れの一部なんだ。




「ヒモつき飴の中から、当たりを探してごらん」

 店に戻ってきた雫さんは笑いながら、小さな箱を差し出した。中には、カラフルな飴玉がいくつも詰まっていて、それぞれ細い紙ヒモがついている。


「この駄菓子、もう製造が終わっちゃってね。二度と手に入らない、貴重な飴ちゃんだよ」


 思わず笑ってしまった。

「そんな貴重なもの、当たりを引いたらもったいないですよ」

「いや、当たりを“見つける”ことが大事なんだ」

 雫さんの声が、少しだけ真剣になる。

「運でも勘でもない。君の“流れ”で引いてみな」


 冗談のようでいて――その目は、本気だった。


 僕は指先で一本ずつ、ヒモを撫でていく。ざらりとした紙の感触。飴の甘い匂い。心を静めて、風と同じリズムで呼吸する。


 ……駄菓子を作る業者さんも、減ってるんだな。

 そんなことを考えながら、ふとひとつのヒモをつまんだ。


「これかな……」

 そっと引っ張る。


 ――ぱちん。


 飴玉が光った。

 次の瞬間、川のせせらぎの音が耳の奥に響いた。飴の中に、水の流れが封じられているみたいだ。


「……え?」

 僕の手のひらで、飴は淡い水紋を描いていた。


 雫さんがにやりと笑う。

「それが“当たり”さ。記録を呼ぶ飴ちゃん――君の流れが選んだんだよ」











 (……なんなんだ、日本というすばらしい国は!)


 駄菓子屋「しずく堂」に入ってからのスイタンは――ピクリとも動かない。


 飴ちゃんの透明なきらめき、きなこ棒の香ばしい甘さ、麩菓子のふわふわした茶色の塔。


 美味しそうで、楽しそうで、あらゆるメロディが甘く響いてくる。


 口を開こうものなら、駄菓子ひとつひとつの思いや、自分のよだれやらがこぼれてしまうだろう。


 どこからか聞こえるのは、パチンコ玉の音やチリンと鳴る風鈴、ラジオの懐かしいメロディ。


 それらが重なり合って、まるで“昭和”という夢をそのまま味わっているようだった。


 (これが”甘い”ということか……!)


 スイタンの目は完全にとろけていた。


 異世界から来た禁書スイタンは、文明でも魔法でもなく――一本のヒモつき飴に夢中だった。


 こうして、彼の歌集には新たな章が加わる。


 その名も、《駄菓子集》。







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