54 明かされちゃった!?青鮎の魂と父と母の真実!?
夜、青木家の縁側。
涼しい風が吹き抜け、風鈴の音がやさしく響いていた。母は昔のアルバムを膝にのせて、ふとつぶやいた。
「ねぇ、タクちゃん。そろそろ話しておこうかなと思って」
僕は湯飲みを手にしたまま、動けなくなった。母の横顔が、いつになく静かで、でも少し笑っていた。
母はアルバムをぱらぱらとめくった。古い写真――緑の濃い山、苔むした祠、滝の前で笑う父と母。 その中に、見たことのない紙片が挟まっていた。半透明の葉に、淡い光の線が浮かんでいる。
そのとき、襖の向こうから足音がして、父が現れた。白いシャツの袖をまくり、手には小さな盆栽を持っている。
「話しておこうって……あのことか?」
母はうなずき、僕を見た。
「そう。幼い子を家に残して、全然帰ってこなかったお父さんと、お母さんの“本当の仕事”のこと」
父は盆栽を縁側に置き、ゆっくり腰を下ろした。沈黙のあと、低い声で言う。
「沢海。おまえ、覚えてるか?小さいころ、四国の山で見た光る木を」
「うん……あれ、夢じゃなかったの?」
父は少し笑った。
「夢じゃない。あれは“緑脈”だ。森の中を流れる、目に見えない命の道。俺たちはその流れを聴き、傷んだ場所を癒すために、この国に来た」
母がアルバムから光る葉を一枚取り出した。葉脈がほのかに光を宿している。
「これね、あなたがまだ小さかったころ。四国の山の奥で撮ったの」
母は光る葉を指でなぞる。
「父さんは“森のノートリア”なの。母さんは水の巫女。土地の記憶を聴いて、それを言葉にしてきたのよ」
「ノートリア……巫女……」
僕はその響きを繰り返した。口にすると、不思議と胸の奥が静かに震えた。
「……じゃあ、あのとき山で見た光る木、あれも?」
母は目を細めて笑った。
「ええ。あれは“緑脈”が目を覚ました証拠。森があなたに名前を呼びかけたのかもしれないね」
「僕に?」
「そう。あなたの中には、水と森、両方の声が流れてる。私たちはこの世界に“転スイ”して、この土地の記録を繋ぐために来たけれど……」
母はそっとアルバムを閉じ、僕のほうを見た。
「ねぇ、タクちゃん」
母の声が、少しだけ震えた。
「いつか、水が道を示す日が来る。そのときは迷わないで。森と水は、あなたをちゃんと知っているから」
父は静かにうなずき、葉脈地図を折りたたんで瀬音の手に乗せた。光はすっと消え、葉はただの緑に戻る。
「いつか、おまえが旅をするとき、この音を思い出しなさい。森は水に映り、水はおまえに映る。どんなに遠くへ行っても、流れはひとつなんだ」
僕は言葉を失った。虫の音が、まるで遠い記録のざわめきのように聞こえる。
風鈴がもう一度鳴った。
僕は湯飲みを握りしめたまま、ただその音を聴いていた。風が通り抜けるたびに、縁側の影が揺れる。その揺らぎの中で、葉脈の光がほんの一瞬、淡く灯った気がした。
父は空を見上げながら、静かに言葉を継いだ。
「この世界――日本には、もう何百年も前から“向こう”の声が届いていた。でも、誰もそれを記録できなかった。だから俺たちは、キュリシアから転スイしてきた。森の記録を、この地の言葉で残すためにな」
「……じゃあ、父さんと母さんは、向こうの人?ということは、青木家はキュリシア生まれなんだね」
母は笑顔でゆっくりうなづいた。
「そうだけど気分はもう、こっちの人よ。この土地の風と水に生かされてるんだもん」
夜の森は、ざわめくたびに呼吸しているようだった。
窓の外では、虫の音と水のせせらぎが重なって、まるでひとつの長い歌みたいに響いている。
父は葉脈の地図を広げ、母はその傍らで湧き水を入れた器を抱えて説明する。
「この光の筋が、森の記憶だよ。木々は土の中で水と話をし、風と歌を交わす。だが、その言葉が乱れると、森は迷子になる。わたしたちはその迷いを聴き取り、またつなげてやる。それが“森のノートリア”の仕事だ」
母が、器の水面を覗き込みながら続けた。
「この水も森と同じように、言葉を覚えているの。昔の人たちは“水占い”って呼んでたけど、本当は水の声を聴く祈りなの」
「わたしたちはこの森に、人と精霊の橋をかけるために来たの。キュリシアの人たちは“任務”って呼ぶけれど……あなたにとっては、“帰る場所をつくる”仕事になると思うわ」
父は湯飲みを手に取り、ふっと息をついた。
「沢海。森の声を聴くのは、怖いことじゃない。人が見失った“つながり”を思い出すだけのことだ。おまえが水を好きなのも、川の音に惹かれるのもその血のせいだ」
母が穏やかに笑い、僕の肩に手を置く。
「その血は呪いじゃない。記録を残すための灯なの。いつか、流れのほうからあなたを呼ぶ日が来る。そのときは、迷わないでね」
風鈴が鳴った。音が夜空へ溶けていく。ふと見ると、父が盆栽の葉に指を触れた。葉の脈が、淡く光った。
「ほら、緑はもう答えてる」
父が言った。僕は思わず息をのむ。
葉の光はすぐに消えたが、その残像は長く瞼に残った。風が通り抜けるたびに、どこかで小さなさざめきが聴こえた。まるで、森や緑そのものが僕の名を呼んでいるように。
母の笑い声が、風鈴の音にまぎれてころころと響く。
「実は、お兄ちゃんも前世が青鮎なのね。父さんはエルフだから子供は難しいって思ってたんだけど、お兄ちゃんとあなたが青鮎の魂を持っていたから、ぽんぽんとできちゃったのよ、ウッフフ」
ちょうどお茶をすすった瞬間に、爆弾発言が飛び出して、父は盛大にむせた。
「げほっ……!ちょ、ちょっと待て母さん……ぽんぽんって言い方やめてくれないか……!」
母は涼しい顔で笑っている。
「だって本当のことでしょ?あなたは“この身体では子は授からない”なんて言ってたじゃない。でもね、川の加護を持つ魂がふたつ、私たちのところへ来たの」
僕は思わず湯飲みを置いた。
「え、それって……兄さんと、僕……?」
母はゆっくりとうなずき、アルバムの一枚をめくった。小さい頃の兄――汐真(日本名、空湊)の写真があった。川辺で笑っている顔。背後には風に揺れる緑の木々。
「ふたりとも、“青鮎”の記録を持って生まれてきたの。水の流れが巡りあわせてくれたのね」
父は少し顔を赤くしながら、でも穏やかに笑った。
「森と水が、ちゃんと繋がってたってことだな。母さんが“あきらめない”って言わなかったら、出会えなかった命たちだ。……あの時も思ったけど、お前たちは“奇跡”だったんだよ」
母はおかしそうに笑いながら、僕にウインクをした。
「エルフと巫女のあいだでは、本来、魂の波が合わないの。だから子は授かりにくいって、キュリシアの医師にも言われたじゃない。でも――あなたたちが“青鮎の魂”を持ってたから、するっと流れが繋がったのよ。まるで川がひとつになるみたいに」
父はまた目が飛び出そうになっているが、母は悪びれず笑った。
「この子たちは、風や森だけでなく、水の記憶も継いでる。……だから沢海、あなたが“流れ”に惹かれるのは、当然のことなのよ」
僕は隣で黙って聞いていた。母の声には、懐かしさと少しの誇らしさが混じっていた。
縁側を抜ける夜風が、どこか遠い水の匂いを運んでくる。
僕はただ、小さくうなずいた。胸の奥で、何か古い記憶の水音がひそやかに揺れていた。
「汐真じゃなかった空湊もあなたも、キュリシアの森で生まれたの。転スイしたのはそのあと。日本に行こうって決めたのは、あなたたちがまだ小さかった頃よ。森の再生の研究のために、そして……この国の水や風の“言葉”を学ぶために」
母はにこにこと笑い、縁側の灯りが髪をやわらかく照らした。
父がうなずき、少し照れくさそうに笑った。
「まぁ、そのおかげで日本での暮らしにもすぐ馴染めたんだ」
「そうよ!愛は偉大よ!ワンットウアタックよ!」
風鈴が、ちりんと鳴った。
その音が、まるでどこか遠い水面を渡ってきた合図のように感じられた。
「お風呂に入ろうよ、セリアン!」
瀬音の声に、セリアンはちょっと戸惑いながらも頷く。
「ホンホンも行くのだー!」
――えっ!?禁書が一緒に入るって……濡れて大丈夫なのかよ!?
みるみる青ざめる禁書スイタン。
「ちょ、ちょっと待て!ホンホン!」
しかしホンホンは、まるで意に介さず、キョトンとしている。
そしてにっこり笑って――
「スイタンも行くのだー!」
「やめろー!」
するとホンホンは、ぽわっと光を放ち、防水加工を展開!
――おい、禁書がこんなこと出来るんかい!?
光の粒子がスイタンを包み込み、しっかりガード。
「えええええ!?禁書が自分で防水!?そんなことできるのか!?」
スイタンは目を見開き、思わず後ずさる。
「さあ、みんなで湯船へGO!」
ホンホンは楽しそうに光を放ちながら、部屋を飛び出した。
「……あっはは!ホンホン、今日もやりたい放題だな」
瀬音とセリアンは呆れつつも大笑いしながら、部屋を出ていった。
スイタンは転スイしてから、振り回されっぱなしで気持ちが追いつかない。
しかし、なんだかんだで、こうして一緒に笑える時間が、一番の記録――いや、宝物なのだ。




