53 教えちゃった!?異世界の常識講座!?
母さんは、僕の話を静かに最後まで聞いてくれた。カゲミと出会ったこと。囮鮎だった前世のこと。そして、カゲミが記憶の穴に落ちてしまったこと――。
いつも明るい母さんの顔に、影が落ちた。しばらく何も言わず、そっと両手で顔を覆う。肩が小刻みに揺れていた。
「……そんなことが、あったのね」
震える声。涙の雫が、テーブルの木目に丸く光を落とす。
「カゲミちゃん……瀬音を守ってくれてたんでしょ?なのに、そんな大切な子が、記憶の穴なんかに……」
僕は何も言えなかった。ただ、拳をぎゅっと握りしめることしかできない。
でも――母さんは次の瞬間、涙をぬぐってパッと立ち上がった。まるでスイッチが入ったみたいに、目がキラキラと輝いていた。
「――よしっ!燃えてきたわ!!」
「えっ!?」
「泣いてる暇があったら動くの!これ、巫女の鉄則!」
母さんは拳を握って、ガッと空を突いた。
「前世の縁があるなら、今世でも“流れ”はつながってる!カゲミちゃんを探しに行きましょう、タクちゃん!」
「い、行くって……どこに!?」
「どこでもよ!神社でも滝でも夢の中でも!心の扉は――ゴリ押しでこじ開けるの!ゴリゴリスマッシュよっ!!」
……やっぱり僕の母は、強かった。涙を流しながら笑って、絶対に希望を捨てない。きっと、その強さが、僕の中にも流れているんだ。
「ありがとう、母さん。僕、見つかるまで探しに行くよ!」
「うん。その顔よ!」
母さんはにっこり笑って、エプロンの端で目元を拭った。
「泣いてもいいけど、止まっちゃダメ。流れは、止まらないんだから」
その言葉が、胸の奥に深く残った。
僕の部屋は、ふつうの六畳間。
「どうぞー、入って!」
けれど、セリアンとホンホンとスイタンが入ってきた瞬間――「おおおお……っ!」と三者三様に感嘆の声をあげた。
セリアンはベッドを指さして言う。
「これは……寝台か!?ふかふかすぎる!沈むぞ!?沈む!!」
勢いよく飛び乗り、そのまま転がり回っている。子どもみたいだ。
ホンホンは机の上の本をのぞきこみながら、
「禁書……禁書がいっぱいあるホン!ホンホン、鼻血でそうホン!」
と興奮状態。……禁書って……ああああ!、隠すの忘れてた。
スイタンはというと、窓から見える街の夜景をじっと見つめていた。
「すごいな。光の川が流れてる……人の国にも、星みたいな灯りがあるんだね」
その横顔は、どこか遠い世界を懐かしむように優しかった。
僕は苦笑して肩をすくめた。
「ここは“僕の世界”の部屋なんだ。狭いけど、居心地は悪くないよ」
セリアンが布団を抱えたまま、ニヤリと笑った。
「では今夜はここに泊まる!“ふわふわ修行”という歌ができあがるよ!」
「勝手に修行名つけないでよ!」
僕が叫ぶ横で、ホンホンはすでにコンセントをいじっていた。
「この小さな穴、魔力の通路ホン?うわああ、ピカッたホン!!」
え!?感電しない?
「ホンホン!危ないって!電気流れてるから!」
……とりあえず、日本常識講座を始めるのであった。
晩ご飯は、母の号令のもと、キッチンは大騒ぎになっていた。
「まずはごはんを炊くわよ!」
「了解ホン!ボタン押すホン!」
ピッ――♪
炊飯器のメロディが鳴ると同時に、スイタンが目を輝かせる。
「な、なにこれ!?土鍋じゃないのか!?この丸いのが……火の魔法装置!?」
「違う違う、これも電気!」
「でんき……“光の雷”のちからで炊くのか!?文明、恐るべし!」
その横で、セリアンが冷蔵庫を開けて固まっていた。
「……この箱、凍気を操る……?氷精の結界でも張られているのか……!?」
「はいはい、冷蔵庫ね。おかずしまってあるから、勝手に見ていいわよ」
「すばらしい……女神の箱だ!」
「あら、素敵ね!女神の箱って!さすがの表現力ね!」
母はゴキゲンで説明している。
ホンホンはというと――。
「この“電子レンジ”って、魔法書みたいな名前ホンね。禁書ホンホンの仲間ホンか?」
「違うけど、気に入ったなら名前シール貼っとく?」
「貼るホン!!!」「スイタンも!」
「はいはい!」
ペタリ。ペタリ。
「おおおお――!!」
母にホンホンの名前シールを貼ってもらってご満悦の禁書たちだ。
やがて、母が作りはじめたのは肉じゃが。甘じょっぱい香りが部屋いっぱいに広がる。
「うわぁ……!」
セリアンの目が潤んでいた。
「この匂い……なつかしい……“家庭”という匂いだ……!」
「セリアン、泣いてるの!?」
「泣いてなどいない……!ただ……胸が……うまそうで震えているだけだ!」
母は笑いながら鍋をかきまぜる。
「いっぱい食べてね。おかわりあるから!」
「うおぉぉぉ!日本の母、偉大!!!」
「……なんか泣けてきた。味って魔法を越えるんだね……」
「ホンホンも感動ホン~!」
静かに食べていた父が満足気につぶやいた。
「にぎやかなのも、ご飯が旨くなるな。沢海」
「うん」
――その夜、青木家の食卓は笑い声で満たされていた。炊きたてのごはんの湯気が立ちのぼり、窓の外では秋の虫が鳴いている。
まるで、異世界と日本がひとつの家族になったような夜だった。
異世界なのに瀬音(沢海)の部屋は、すごく落ち着く……木の香りと、ちょっとインクの匂い。
でも――落ち着いてないヤツが目の前にいる。
「ホ、ホンホンホン~!?こ、これは伝説の禁書ホン!?触っていいホン!?
いや、だめホン!?でも開きたいホン~!!」
……って、鼻息荒く目をキラキラさせて転がってる禁書ホンホンだ。
ページの端をそっとなでて、まるで宝物を見つけた子どもみたい。
瀬音(沢海)が笑って「それは!……昔の僕のノートだよ」って言った瞬間――
感極まって気絶してやがる……。
な、内容が気になるじゃないか……。
どれどれ?……ッ!
……気がついたら、禁書は仕舞われていた。残念だが、ホッとしている。
――水声抄




