50 おまたせしちゃった!?転スイ門の神様!?
「リヴァー・プリスティン!」
僕たちの行く先を照らすように、水紋のペンダントが淡く光りはじめた。
その瞬間――タリクの胸元で揺れていた水龍のウロコが、まばゆい光を放つ。
淡い青白の輝きが、まるで息をしているみたいに脈動し、水の紋様を描いて広がっていった。
「な……なんだこれ……!」
タリクが思わず後ずさる。だが、その光は優しく彼を包み込み、やがて水龍さまが姿を現した。
「記憶の穴へ入れば、リヴァー・プリスティンとはいえ、記録が消えてくじゃろう。加護を授けよう」
「水龍さまが、守ってくれるんですか!ありがとうございます!」
僕は暗い穴を見つめながら、静かに言葉を返した。
「たとえ“記憶の穴”に落ちても……消えない!カゲミを助ける!」
うなずくと、セリアンと目があった。彼も覚悟を決めている。僕には頼れる仲間たちがいる。
「ツバネ、タリク、後のことよろしく!行ってきます!」
――飛び込んだ瞬間、世界が裏返った。
音も、光も、何もない。
ただ、果てのない闇が、僕の体をやわらかく包みこんでいる。
どこまで落ちているのか、わからない。上も下もない。息をしているのかさえ、あやふやだった。
「うわ、こわ……!」
思わず声が漏れた。
だけどその時――水龍さまの流れがそっと包むように寄り添ってきた。冷たさの奥に、あたたかい気配。見えなくても“守られている”とわかる。
すると、どこからか声が響いた。
「――ツナマヨおにぎり、旨かったぞ!」
「えっ!?……あ、あの滝つぼで落としたおにぎり……!」
思わず苦笑いする。
「まさか、水龍さまが食べたんですね……」
「……うむ、あのおにぎりとお酒――衝撃じゃった!」
暗闇にふっと光の粒が浮かび上がる。それはやがて、水と砂がまじり合うように形を変え――水砂の道が現れた。
足元に、波のように揺れる光の砂。見上げると、遠くに淡い月の輪が浮かんでいる。そこが――境界。
「……川と海の、境目だ」
声に出すと、言葉が水面に波紋を描いた。その先に、光の門が現れる。水紋が重なり、渦を巻くように形を変え――転スイ門が姿をあらわした。
僕は深く息を吸い、光の門へと一歩、踏み出した。
光の門をくぐった瞬間、まぶしい水の泡が弾けた。
目を開けると、そこは――水面が空に浮かぶ、不思議な場所だった。魚たちが逆さに泳ぎ、雲の間からは川が流れている。現実とも夢ともつかない、透明な世界。
「ここ……どこだ……?」
思わず呟いたその時――
「ふふふ……おまたせ、諸君!」
澄んだ笑い声が、どこからともなく響いた。次の瞬間、水柱が立ち上がり、その中から一人の存在が現れた。金色の水流をまとい、背には小さな甲羅。どこかカッパのようで、どこか人のようでもある。
「カッパ様!?に、似てる……」
セリアンが叫ぶ。
その存在はくるりと回転し、片目をウインクさせた。
「わっちは、シヴァ・テンスイ。シバテン、転スイでシヴァ・テンスイ!」
軽やかに名乗るその声は、まるで水琴窟の響きのように心地いい。
「ここで遊んでおる神様じゃ!」
「か、神様……?」
僕たちは思わず息をのんだ。確かに、ただの存在ではない。周囲の水が彼の呼吸に合わせて踊り、世界そのものがリズムを刻んでいる。
シヴァ・テンスイは手を叩いた。
「何があっても楽しもう♪諸君!」
その声に呼応して、水の道が虹色に光りだす。魚たちが舞い、光の泡が笑い声のように弾けた。
「ちょ、ちょっと待ってください!遊ぶって……何を――」
言い終わる前に、足元の水砂がふわりと浮き上がる。
「さぁ、転スイの宴じゃ!退屈なんて、ここにはないぞ♪」
気づけば僕たちは、水の上でくるくると踊らされていた。僕とセリアンの胸元に隠れていた禁書たちが笑い声をあげる。
「ワハハ、なんだ。この遊びは!?新しい歌詞が降りてくるぞ!」
禁書スイタンがページを開きだした。
「瀬音はダンスも上手いホン!ホンホンも記録するホン!」
ごきげんな禁書たちと神様の笑い声が、光の粒になって降り注ぐ。
「スンスン。セオトはいい匂いがするな」
シヴァ・テンスイが、僕の肩に顔を寄せて、鼻をひくひく動かした。
「わっちは旨いものが大好きなのじゃ!」
そう宣言した瞬間――空からカラフルな粒が、雨のように降ってきた。丸い、四角い、星のかたちの、見たこともないお菓子たち。光を反射してきらきらと舞いながら、ふわりと地面に落ちると、水の波紋の上でくるくる回ってキャンディーに変わっていく。
「うわぁ……!美味しそう、いただきます!」
思わず手を伸ばして、ひとつ口に入れた。甘くて、すこし冷たくて――まるで水の味のするペロペロキャンディー。セリアンも隣で舐めている。
「な? うまいじゃろ!」
シヴァ・テンスイが得意げに腰に手を当てる。
けれどそのとき、空気がぴたりと静まり返った。どこからともなく、水の深いざわめきが響く。
光がゆらぎ、巨大な影が水面に映る。
「――酒のほうがいいのぉ」
重く、低く、それでいてどこか楽しげな声。見上げると、空の水鏡に水龍さまが姿をあらわした。その瞳は深い湖のように静かで、ゆっくりと開いた口の中へ――
僕たちが持っていたキャンディーが、ふわりと吸い込まれていく。
「えっ!? 水龍さま、食べた……!」
「おぬしらの遊びは、見ておるぞ」
低い笑いが、波のように世界を揺らした。シヴァ・テンスイは腹を抱えて笑い出す。
「はっはっは! ほらのぉ、あやつはすぐ食べたがるんじゃ!まぁええ、次は“おかわり遊び”じゃな、諸君!」
水面に、また色とりどりの光が咲いた。 甘い匂いと笑い声の中、僕たちは――神々の遊びに、すっかり巻き込まれていった。
「おかわり遊びじゃ!」
シヴァ・テンスイが両手をぱんと叩くと、水面がぱっと光に満ちた。
たちまち、あたり一面にお菓子の道具が現れる。貝殻のボウル、泡立つスプーン、砂糖のようにきらめく潮の結晶。空気さえ、ほんのり甘い。
「これは……お菓子づくり?」
僕が目を瞬かせると、シヴァ・テンスイはいたずらっぽく笑った。
「うむ。“記憶の味”をつくるのじゃ。わっちと水龍が、おぬしたちの心を味見してやる!」
「記憶の……味?」
セリアンが首をかしげる。
「そうじゃ。思い出の中に眠っておる“甘い瞬間”を形にするのじゃ。手を動かしてみぃ――水は心のうつし鏡じゃからな」
僕はそっと目を閉じた。思い出すのは――前世のこと。夏の河原、夕立のあと、冷たい水を浴びながら食べたツナマヨおにぎりの味。
気づけば、掌の水がきらめいて、淡い光の粒が混ざりはじめる。それはやがて、三角の形をした水のおにぎりに変わっていった。
「おおっ、出た!ツナマヨの記憶菓子じゃな!」
シヴァ・テンスイが大喜びで拍手する。
セリアンの前にも、水の渦が生まれていた。
彼の指先からは、潮風のような香りがして――現れたのは、塩キャラメル色の小さな貝殻クッキー。
「……オレのは、師匠と船に乗った日の味、かもな」
ぽつりと呟くセリアンの目が、どこか遠くを見ていた。
シヴァ・テンスイはうれしそうにくるくる回り、それぞれの菓子を手に取ってひと口、ぱくり。
「ふむふむ……なるほどのぉ!瀬音のは“やさしさの塩気”、セリアンのは“潮風の歌”の味じゃ!」
すると、水龍さまが静かに近づいてきた。大きな瞳がゆっくりと細まり、その口元がわずかに緩む――
「……どちらも、うまかった」
たった一言。けれど、それだけで胸の奥がぽっと温かくなった。
光の波が弾け、甘い香りが空へと昇っていく。世界がやさしく揺れて――
僕たちは、“神々の遊び”の中で、ほんの少しだけ、自分たちの記録を深めていった。
シヴァ・テンスイが、両の掌を広げて笑う。その背後では、水龍さまの巨大な影が、穏やかに水面を揺らしている。
「さて、水龍とわっちで諸君を見守ろう!」
金の波紋が光の門を包み、風がやわらかく吹き抜けた。
「行ってこい、瀬音!」
神様の声が、まるで祝福の笛のように響く。
僕の体が光に包まれた。指先が透け、水の粒へとほどけていく。胸の奥で、鼓動の代わりに“流れ”が鳴った。
――そうだ。これが僕の、本当の姿。
やわらかい青の光が尾びれになり、背びれが波を切る。世界が水の層に変わり、音が溶けていく。
「きれいなお魚だねぇ」
セリアンの声が、遠くで微笑むように聞こえた。
僕は尾をひとふりして答える。
「行くよ!」
光の渦が開き、僕たちは転スイした。
流れの中をくぐりぬけ、ひとすじの川音が胸に響く――
気がつくと、そこは青く澄んだ日本の清流だった。水底には石がきらめき、陽光がゆらゆらと踊っている。
冷たくも懐かしい水。鼻先に触れるのは、山の匂いと夏草の風。
僕は小さく泡を吐きながら、流れに身をまかせた。遠くの空で、誰かの笑い声が聞こえた気がした。
――転スイ門で出会った遊びごころに満ちた神様。きっと、水龍さまとシヴァ・テンスイ様だ。
あの異界の神々が、今もこの流れのどこかで見守っている。
僕は一度だけ水面へ顔を出し、青い世界を見上げた。
そこに光があった。
まるで新しい物語のはじまりを告げるように。
第1章 完
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次からローファンタジーへと変更するかもしれません!?
まだまだ瀬音たちのお話はつづきます。
それでは、また水の世界でお会いできるのを楽しみにしております。




