5 前世思いだしちゃった!ノートリアの清流
(三年目――清流にて)
秋、川を遡る日がやってきた。
上流へ、上流へ――嵐の流れを越えていく。
体はボロボロ。鱗は剥がれ、ヒレは裂け。
仲間が一匹、また一匹と流されていく。
「セセラギ~。まだ進むのかよ」
カゲミの声も、力尽きそうに震えていた。
「うん。だって、ここまで泳いできたんだ。星に届くまで、僕は泳ぐ」
水面にきらめく星明かりを見て、必死に身体を動かした。
ついに源流にたどりついた夜。澄みきった水底に身を横たえ、僕は空を仰いだ。
「……きれいだな……」
流れに映る無数の星が、僕に微笑んでいた。僕は気づいたんだ。
囮でも、青鮎でも――生きた証は、必ず流れに残る。その流れは、誰かに届く。
未来の誰かの命を、きっと支える。
だから――僕は、生きた意味があった。
「なぁ、カゲミ。僕、ちゃんと……泳げたかな」
「……ああ。お前は、立派な青鮎だったよ……またな」
声が、胸に響いた。ああ……この命は終わる。
けれど確かに、生きた証は残る。流れに溶けても、記憶は消えない。
仲間と共に泳いだ季節は、必ず次へと繋がっていく。
その声を最後に、僕の意識は水に溶けていった。
泡が弾けるように視界が白んで――
ハッ、川の水に浸された僕は、青鮎だったことを思いだした。
髪先から水滴が落ち、胸はまだ冷たく震えている。けれど寒くなんかない、胸熱だ!
――ああ……青鮎だった頃は、限りある「今」にすべてを込めて生きてきたんだ。
前世がわかっただけなのに、僕はもう、生きる意味を掴みかけている。
流されるままじゃなかった。泳いで、あがいて、必死で生きた。
だから僕は、キュリシアで水の流れをつなぐ。
清流の名を継ぐ称号――記録師=リヴァー・プリスティンになる。
(……ん?なぜこんなところに印章が……?)
目を開けると、濁りはじめた水底に「水紋が刻まれた銀の印章」が沈んでいた。
僕は協会の中庭に面した一角にあるカフェ「水紋亭」(通称:巫女チル)。
白石のカウンターと、水路を利用した小さな水車が目印だ。
キュリシアの巫女の仕事は多岐にわたる。
祈祷や水占いの他に、食事やサプリメントを提供してくれる。
記録師にとっては癒しの補給所である。
「ふふん、どうせ川で寝ぼけてただけでしょ?」
カゲミは強がってるけど、瞳がウルウルしてる。
「ほお、これが川の中にあった印章かー。拙者にはノートリアの印章に見えるな」
ツバネはにやりと笑い、僕とカゲミを交互に眺めた。
「オレは魚プレートな。塩多め!」
「ふふ、わかりました。では『清めの祝詞』を添えて」
水歌の巫女ソアが指先で水紋を描くと、食器の縁が淡く光る。
「……おおー!今、光った?」
「うん。食事に小さな祈りをかけてくれるんだ。ここではそれが普通」
「(すげぇな……)よっしゃ!追加で、星屑パスタにも頼むぜ!」
「おい!カゲミ、食べすぎだ!」
「お主、“欲張りすぎる心を鎮める加護”をつけてもらったほうがいいぞ」ツバネがからかう。
「腹の足しになって、バフもつく。ありがたいぜ!……あ、これ食うからな」カゲミが僕の皿から魚をひょいっと取った。
「ちょ、カゲミ!」
「はいはい、仲良しさん」ツバネはニヤニヤがとまらない。
ソアがテーブルにグラスを置くと、透明な水色のソーダが小さく揺れた。
「……さざめけ、水の鼓動。澄んだ流れを、心に――」
囁くような歌声。すると、ソーダの泡がふわりと舞いあがり、光の粒に変わった。
「わぁ……!飲み物なのに星が浮いてるみたいだ」
口に含むと、不思議な清涼感が胸いっぱいに広がった。
「……いい流れです。水も、笑顔も、記録になるんですよ」
水紋亭の巫女は曜日ごとに担当が変わる。本日の癒しの巫女に、男性陣はすっかりデレデレだ。
「ちっ、なんだこの雰囲気はー!!」
「いたっ!」プシューと湯気を出すカゲミが、僕に頭突きを食らわせる。
その時だった。
店の扉が、バンッ!と勢いよく開く。
「緊急だ!南の支流で“逆流”が起きてる!」
駆けこんできたタリクの声に、店内の空気が一瞬で張りつめた。
「逆流……じゃと?」
重々しい声と共に、水車の影からぬるりと現れたのは――カッパ様だった。
青黒い甲羅に、皿の水を湛えた古の守り神の末裔である。
「流れが逆巻けば、記憶は散じ、命は迷う。お主ら、腹を満たしている場合ではないぞ」
「か、カッパ様!?」瀬音が立ちあがる。
その瞬間、ふわりとテーブルの上に小さな光が灯った。
水滴のように透きとおった精霊がぷいっと横を向く。
「むー!カゲミばっかり仲良くしてずるいですわ!リウラだって、前からずっと瀬音を見てましたのに!」
ぷくぷくと泡を弾けさせながら、嫉妬心丸出しでプンスカしている。
「な、なんだこのややこしい空気はー!」
カゲミが慌てふためく横で、ツバネは肩を震わせて笑っていた。
さらに――
「おお~、精霊さん、かわいい~」
「でも怒ってるな……」
「やきもち?やきもち?」
カフェの常連三人衆が、声をそろえてひそひそ。
「お前らは黙っとけ!」カゲミが顔を真っ赤にして怒鳴る。場は緊張と笑いでざわめいた。
「南の逆流を鎮められるのは、“流れをつなぐ者”……青鮎の記憶を持つ瀬音、お主しかおらぬぞ」
カッパ様が重々しく言いはなつ――が。
「……っと、その前に腹が減った。キュウリのマヨネーズ和えを三皿!」
「えっ!?えええ!?」カゲミが椅子からズッコケた。
「自分で注文するんかい!?」
「しかもめっちゃ食うじゃん!」
「さっき『腹を満たしてる場合ではない』って言ってたよね!?」
みるん・きくん・はなすんは声を揃えて大爆笑。
タリクまで「ずるい!ワイの分も頼んで!」と割りこむ始末。
「おい!緊急事態だろ!?なんで飯タイムなんだよ!!」カゲミが机をばんばん叩く。
カッパ様は涼しい顔でソーダを飲み干し――
「ふむ、キュウリ風味か。ウップ、悪くないのじゃ。よし、吾輩も出陣するかの!」
「「「いや参戦すんのかよ!?!」」」店内総ツッコミ。
でも、笑いの中で胸の奥はわかっていた。――これから危険な冒険が待っている。
だからこそ、今は笑って強くなれる。
「瀬音、行こうぜ!」
「うん。僕たちの流れを、止めさせない!」
「り、リウラもきっと役にたちますわ!」
カフェを飛びだす僕たち。
背後でカッパ様が叫んだ。
「ちょっと待つのじゃ! キュウリマヨの残りは包んでおくれー!」
……どうやら、みんな一緒に来るらしい。屁のカッパだ!
ここまで読んでくださってありがとうございます。
評価していただけると、影でツバネのニヤニヤがとまりません(どうしよう)
それでは、また水の世界で会いましょう!




