49 消えちゃった!?僕の光――カゲミ
カゲミは小さく唸り、真っ暗な記憶の穴を見ていた。
(カゲミ視点)
ゾッとするよな。――水がこんあ穴を開けたのか。あんなに優しく包んでくれるくせに、怒るとこんなにも世界を裂くなんて。……水も大きくなると、怖いもんだ。
ハッ!恐れちゃいけない。闇精霊なら、闇を恐れるなんて論外だ。本当なら喜んで飛び込んで、影を泳ぐぐらいじゃないと。
……だいたい、“闇精霊”って何なんだ。水精霊の中で、俺だけ闇。誰もはっきり説明してくれない。光の裏、影の役目、って言われても……そんな立派なもんじゃない。
俺はただ、流れに乗れなかっただけだ。瀬音みたいに前を向けず、光に憧れて、けど近づくほどに焼かれる気がして。“精霊”って、何なんだ。生まれた意味があるのか?与えられた形を、信じていいのか?
……そうだ、前世の俺――鮎だった。流れの中で泳いで、囮にされて、それでも水の匂いが好きだった。あの頃は、“闇”なんて言葉、知らなかったのにな。
闇精霊なんて呼ばれても、俺の中にあるのはただの川の記憶だ。それを闇って呼ぶなら……水の奥底も、きっと同じなんだろう。
「……セオト」
呼んだのか、心が呼んだのか、自分でもわからなかった。次の瞬間、足元がふっと軽くなる。
世界が裏返る。光が遠ざかる。闇の水が、ゆっくりと口を開けて、俺を飲み込んだ。
その刹那――水面に、銀色の鮎が一匹、跳ねた。月を映すように、きらりと光って、消えた
(主人公・瀬音視点)
ホンホンは小さく紙を震わせる。
「わ、わぁ……焦げちゃったホン!……でも、ホンホンたち、みんなを守れたホン……!」
焦げ跡の残ったスイタンは満足気に言った。
「……これくらい構わん。我が意思を侵す者に、従うことはない」
セリアンはスイタンを抱き寄せる。
「君の意思は守る。絶対に、無理やり従わせたりはしないからね!」
ゲルの背中に走る呪の刻印が消えていく。クロムの呪縛から解き放たれたのだ。
「ゲルは……ここにいてもいいのですね」
「ああ、もちろんだ」
タリクがまぶしい笑顔を見せる。
――間に合った、はずだった。
しかし、穴の縁は“記憶”そのものを喰っている。水流は反転し、形を保てない。
その瞬間、何かを察したように目を見開いた。――“あの音”が、呼んでいる。
轟音。裂け目が広がり、記録の穴が暴走する。
「カゲミーーー!!」
僕が手を伸ばす。けれど――手が触れる寸前、カゲミの身体が光に包まれた。小さな影がひとつ、穴に落ちていく。
「……セオト」
――静寂。
目の前で、あの黒い水がぱっくりと裂けた。底のない闇の穴が、まるで“誰か”を呼ぶように吸い込んでいった。
――僕の光が、消えた。
「……なんで……どうして……」
反射的に手を伸ばした。でも、届かない。あんなに小さな手のひらが、もう見えなかった。
胸の奥で、何かがひび割れる音がした。さっきまで隣にいた。小さな声で文句を言って、いつも僕の歩調に合わせてくれていた。なのに――たった一歩の距離が、取り返せないほど遠い。
風が、焼けた記録の灰を巻き上げていく。空の裂け目から、青白い光が射しこんで、まるで世界そのものが泣いているようだった。
水が、ひとしずく、頬に落ちた。雨じゃない。――記録の穴から、逆流した涙のような雫だ。
その光の中で、ほんの一瞬だけ見えた。水底を跳ねる、小さな銀の影。まるで鮎みたいに、軽やかに、きらめいて。
「……カゲミ……」
声が、水に吸い込まれていく。届くはずのない呼びかけを、それでもやめられなかった。
呼んでも、返事はない。闇に溶けたあの声も、もう届かない。水を通じて繋がっていたはずなのに。
精霊であっても、こんなふうに消えるなんて――思いもしなかった。
足元には、ぽっかりと口を開けた“記憶の穴”。水面のように揺らめきながら、奥底では誰かの記憶が泡のように浮いては消えていく。
――静寂。蒼光が消えた後の世界は、まるで息を潜めたように凪いでいた。
ツバネが、崩れかけた梁の上から、ぽつりと呟く。
「……まったく。お前はいつもそうやって、自分ひとりで背負うんだな、瀬音」
だが、その声音には皮肉よりも、どこか懐かしさが滲んでいた。視線を逸らし、ツバネは片目を閉じる。
「……まぁ、そういうとこ嫌いじゃねぇけど」
タリクは拳を握りしめ、地面を叩いた。
「あほちゃうか!……もっと仲間を頼れ!みんなお前の言葉を待ってるんやぞ!」
拳から血がにじんだ。
リウラは震える指で、まだ熱を帯びた水晶の欠片を拾い上げる。
「これ……“記録の断片”ですわ。まだ、カゲミの残響が……」
涙を浮かべながらも、彼女は崩壊した記録を拾い集めるように手を止めなかった。
「……きっと繋がってます!カゲミの“記録”は……消えてなんかいませんわ!」
ゲルは静かに分析を続ける。
「これが記憶の穴……。この現象、もはや自然現象ではありません。クロムとオルグの“記録干渉”が、層構造を破壊したのが原因と推測されます……」
その声は静かだったが、底に怒りを秘めていた。
「このままでは、カゲミさん。記録そのものが崩壊します」
「行け!瀬音!カゲミを救うんだ!」
ツバネの声が空気を震わせる。
「カゲミを助けてやれ!瀬音!お前なら乗り越えられる!」
タリクが背中を押すように叫ぶ。
僕は深呼吸をひとつ。心臓が跳ねる。だが、迷いはなかった。
「協会をどうするのか、大変な時にごめん。だけど……」
声が震えながらも、確かな熱を宿す。
「僕は記録師だ。“消えた記録”を追うのが、僕の仕事だ!……僕が、カゲミを追う!」
「ホンホンもついてくホン!」
小さな声が耳元に響く。禁書ホンホンが肩に飛び乗った。
「ツバネ、タリク!泉萬介くんにテレパシーで報告するホン!ホンホンはどんな闇でも、瀬音から離れないホン!」
「いいぞホンホン!メリフル村と水底図書館は、拙者に任せろ!」
「おう!任せとけ!ワイはラグ・ノートリア村へ向かう」
ツバネとタリクの声が響く。
「亀様とテレパシーだって!」
「聞こえた!」
「きっとみんな、また会えるよ!」
みるん・きくん・はなすんは心配そうに待機していた。
仲間たちの声が、背中を押す。恐怖も、不安も、すべて溶けていく。
僕は一歩を踏み出した。渦巻く光と闇の境界――記憶の底へ。
「カゲミ、待ってろ。今、行く!」
声が届いたかどうかもわからない。けれど、その瞬間、胸の奥で確かに感じた。――きっと“共鳴”だ。
その頃、泉萬介(亀様)は甲羅をお日様に当てて、のんびり甲羅干しをしていた。
ぽかぽか、ぽかぽか。
事件も戦いも、遠い世界の話のように感じながら、萬介は目を細めていた。
けれど、水面に映る光がふとゆらいで、どこかの歌声が聞こえた気がした。
「気のせいかの?さて……もうひと眠りするのも、よかろうのう」
空は澄み渡り、泉の面には金色の光が踊っていた。
今日も、記録は続いていく。
――甲羅干しをしながら、萬介は小さくあくびをした。
(ほのぼのしていただければ幸いです)




