47 流れに逆らっちゃった!?外来の王ブラックバス!?
(オルグ視点)
わしは、黒き“異質な水”なり。この世界の“水脈”にとって異物でありながら、その異質さゆえに新しい知識や変化をもたらす存在。
記録は流れを固定し、わしのような「流れに逆らう異種」を排除してしまう。
その影は、夜の水面を泳ぐ黒い魚のようだった。――ブラックバス。
かつて流れを壊した外来の王。その瞳には、誰よりも深い“淀んだ孤独な水”が宿っていた。
「ここには光が多すぎる。だからわしは、ここを暗くしてやるんだ」
わしは、何でも食う。たくさんの子を呑み込んだ。小さな命のきらめきが、次々と水に消えていった。
――それでも、わしは流れを愛していた。濁った水に棲む者として。
それでも同じ水の中に、青鮎セセラギがいた――。
ある日、川の水が澄みきっていた。知らない匂いが、川の奥からやってきた。
川底で、青い鮎と黒い体のわしが目を合わせる。
「君の色は、陽の光を吸い込むような黒い影だね。夜をまとっているみたい、すごくキレイだ」
――なんだ、コイツ!?言われた意味はわからなかった。でも、胸の奥がざわめいた。
流れが止まり、泡がつまるような、そんな痛み。
(主人公、瀬音視点)
僕たちは爆音がした場所に到着した。ここに建っていたはずの大講堂は、瓦礫と巨大な穴に変わっていた。
「オルグ……あなたは……」
穴の淵に、崩れかけた協会長オルグが倒れている。
黒い瞳がこちらを向いた瞬間――その奥に、夜をまとった魚の影がちらりと見えた。
「黒き者は、流れを嫌っていた。でも……それでも、水に棲んでいた。だから僕は、忘れられなかった。光も闇も、同じ水の中にあったってことを」
沈黙。
オルグの指先から、蒼い炎が小さく揺れる。
「……お前、覚えているのか。」
声が、微かに震えていた。
僕はうなずいた。
「あのとき、あなたは言った。“ここには光が多すぎる”って。でもそれは、あなたが眩しさを知っていたからだよ」
光と闇が交じりあう瞬間――僕の手から、水紋が広がった。
祈りの言葉でも、術式でもない。ただ、“呼びかける”流れ。
「水は誰も拒まない!あなたが戻る場所は、まだある!――リヴァー・プリスティン!」
その声に、オルグの肩が、かすかに揺れた。燃えていた書板が、ひとつ、またひとつ、水に溶けるように光を失っていく。
「セセラギ……わしはキレイだったか?」
「うん。重く冷たい深みにいて、怖いくらい大きくて黒くて……」
その瞬間、風が吹き抜けた。蒼い光が溶け、崩れた天井から、光の粒が降ってくる。
それは、かつての川面の反射のようで――ぼくの瞳の奥で、ゆっくりと揺れていた。
「……傷だらけなのに、美しいブラックバスだったよ」
「……そうか」
そして、“彼”は還っていった。
空間が、螺旋を描くように歪む。
“記憶の穴”――その中心で、無数の破片が水のように浮かび、光と音を反射している。
ゆらり。
黒と銀のコートを翻して、クロムが現れた。
「やっとお出ましか……我が主役たち」
唇に笑みを貼り付けながら、彼は手を打った。金属のような音が響く。すると、空間の破片がゆっくりと舞い上がり、彼の周囲に円形の舞台を形づくっていく。
「ほら、立って。せっかくの舞台なんだ、立ち位置を間違えないでくれ。
私は――脚本家であり、演出家であり、そして観客でもある。
君たちの悲鳴を、どの角度から照らせば最も美しいかを、ずっと考えてきたんだ」
僕は拳を握りしめる。
「クロム……まさか、これを……!」
「“作った”と言われるのは心外だな」
クロムは肩をすくめ、笑う。
「この“記憶の穴”は、私と――オルグの共作さ。
欲と執着と、ちょっとした芸術的狂気を混ぜてね。
どちらが主犯かなんて、観客は気にしない。結末が美しければ、それでいい」
しかし――クロムの笑みが、一瞬、ひび割れた。
「……なのに、どうして君たちは、いつも“筋書き”を無視するんだ?」
「え?水族館?」
「ほら、水族館だ! あの廃墟! 囚われた者を救いに行く筋だったろう!」
「え、あそこにはもう誰も……」
「知っとるわ! ――ああ、また台本がズレた……!」
頭を抱え、ぶつぶつと独り言を始める。
「カット、カットだ……いや、リテイク? いや……舞台は一発勝負か……」
やがて、再び顔を上げる。
その瞳は焦点を失いながらも、狂気の輝きを放っていた。
「……いいだろう。アドリブで抗ってごらん、碧貴瀬音。次の幕の見どころは――君の“消えゆく記録”だ!」
足元の床が崩れ、僕たちの影が引きずり込まれていく。クロムの笑い声が、舞台の天井に反響した。
「幕は、もう――上がっている!」
最後の瞬間、わしは見た。
あの狂人――いや、あの芸術家を。
水が崩れ、記録がほどけ、流れが元に戻ろうとする中でも、クロムだけは“形”を保っておった。
まるで、消えることさえ演出にしたかのように。
あやつは変態だ。
己の痛みを台本にし、他人の涙を照明にする。
世界の崩壊すら、「美しい幕引き」にしようとする――
そんな、どうしようもない表現者だ。
……だがな。
わしには、その姿がほんの少しだけ眩しかった。
光を嫌いながらも、光に憧れ続けた者の背中。
わしと同じく、流れに逆らい続けた哀れな魚だな。
もし“観客”というものがまだどこかにおるなら、
どうか拍手してくれ。
あやつは、それを誰よりも欲しておる。
――幕は、確かに上がっているのだから。
――消えゆくオルグが見た、変態的!?芸術家クロム




