45 無事に再会しちゃった!水紋亭の次の拠点はラボチル!?
「……あの人が瀬音の兄貴、汐真だったのか。圧倒的だったな」
タリクが小さく息をつく。
あの静けさ、あの決意。協会のすべてを覆し、禁書たちを解き放った力。
その重さを、目の前で肌で感じていた。
リウラが遠くを見つめ、つぶやく。
「見てくださいな!あそこ!水紋亭は無事のようです!」
「……この世界は、まだ終わってないんだな」
ツバネは瓦礫を踏みしめて前に出る。そっと瓦礫の上に置かれた紙片に触れる。
焦げ跡の残るその頁から、微かな光がもれ、指先を撫でる。
何百年も封印され、語られることのなかった物語が、今、解き放たれたのだ。
風が巻き、紙片と光の粒子が舞い上がる。
まるで、空中で踊る星々のように――誰もが息を飲む。
ツバネは拳を握る。
「……拙者たちも、守らなきゃな。あいつがやったことを、未来に繋ぐために」
汐真の決意が、禁書たちの解放が、世界に小さな希望を灯したのだ。
崩壊の音が轟く。天井が裂け、無数の光の文字が滝のように降り注ぐ。
「崩れるんじゃないの?」
「命は大切!」
「間違いない!」
みるん・きくん・はなすんも危険を察知した。
タリクが叫ぶ。「水紋亭に退避するぞ!今すぐだ!」
「禁書たちの座か……。ごめん、僕にはよくわからないや」
崩壊を免れた水紋亭でかすり傷はあるけど、無事にみんなと合流できた。
「瀬音ならわかってるって言ってたぞ、お前の兄貴」
そ、そんなこと言われても……鼻をポリポリかきながらごまかす。
「図書館は半壊といったところだな。多分、水底図書館は無事だろう」
「こちら、研究用に調整したアクア・サプリメントです」
巫女リィナが差し出したのは、淡い青の液体が入った小瓶。
机に置くと、液体の中に幾何学的な水紋が浮かび上がる。
「記憶保持と体調管理に効果があります。飲み過ぎると逆に頭が冴えすぎて眠れなくなるのでご注意を」
「ほう……! 素晴らしい。調査のときに役立ちそうだ」
「いや絶対寝られなくなるだろ、それ」
水紋亭の研究熱心なメガネ巫女リィナは、水の紋様を“方程式”のように描き、祈りを宿す。
「水紋亭は無事ですが、今後ここはダンジョンの研究施設になります。ラボチルへ拠点を移すことになりました」
「ラボチル?」
リィナはメガネをクイッと上げて答える。
「ここから東にある研究塔“アクア・スパイラル”のある都市ミラソムには、研究者や冒険者が集うチルがあります」
ふぅん、いつかラボチルにも行ってみたいな。
リィナが水の祈りをはじめた。
指先は水面すれすれに揺れ、手首の動きに合わせて水が微細に波打つ。
そして、口を開く――
「……風に流れゆくものよ、名を記せ。流れに逆らわず、ただ輝く水の頁となれ」
その声は歌うような旋律ではない。むしろ落ち着いた、低く響く詩の朗読。
言葉のひとつひとつが水に触れると、文字の形を帯びて水面に浮かび上がる。
光を帯びた紋様がゆらゆらと揺れ、螺旋や波紋、星座のように複雑な模様を描く。
「記憶の水は、忘却を恐れず、今ここに存在する――そのひとしずくひとしずくが、祈りとなる」
朗読が進むごとに、紋様は増え、微かな光を帯びた。
「やっぱりここに来ると、安心します……」リウラは一層元気になる。
「お前、また羨ましがってるだろ!でもいい、俺も癒される」カゲミも一息つけて嬉しそうだ。
「休憩しつつ波紋も整えられる、最高の寄り道だな。……そういえば僕のお給料……」
「物々交換だな。ノートリアの任務で食料をもらうんだ」
えええ!……そうだ!転スイ者の知識で金儲け……!?
「僕、新しいメニュー考えようかな」
「おっ!いいな、それ!」
禁書ホンホンが余裕の表情を浮かべている。
「ホンホンが買うホン!」
「え!?ホンホンお金あるの?」
「図書館に金庫があるのだホン!」
前途は明るくなったが……自由に使えるお金ではなさそうだ。
「ホンホン、そのお金はキュリシアのために使うお金だろ」
「……ホン!そうホンね!」
金庫か……落ちついたら探すのもいいな。
まずは、混乱の協会を見届けなければならない――
「色々ありがとう、リィナ。波紋を読める体力も整った」
「ご無事をお祈りします。私は研究者としてここに残りますので、またお会いしましょう」
記録師図書館で、汐真が解いた禁書たちの封印の代償が術者に返っていた。
轟音。天井のアーチがひび割れ、無数の書板と記録札が宙を舞う。
崩れかけた大講堂の中央に、男がひとり立っていた。
協会長オルグ――いや、自らを“偉大なる記録師マグナ・ノートリア”と名乗る男。
頬はこけ、目の下には深い隈。だが、その衣だけは金糸を惜しげもなく使い、威厳を誇示している。
オルグが膝をつく。かつて白衣のように清潔だった長衣は、黒いインクに染まっていく。
「……これは……まさか……」彼の指先が震える。
爪の隙間から、墨のような液体がにじみ出て、それがやがて脈打つように動き始めた。
「……終わりが見えてきましたね。マグナ・ノートリア様」
皮肉を込めたクロム・リーフの声に、オルグは鼻で笑う。
かつて民の信頼を集めた学匠の面影など、笑みには欠片もなかった。
「終わり? 終わりなど認めん!」オルグの声が響き渡る。
崩れた書架が共鳴し、埃が舞い上がった。
「この協会は、わしが築いた!わしが導いた!お前も記録師も、皆わしの道具にすぎん!」
「オルグ様の力量で仰られても、響かないですね。あなたが切り捨てきた者にも、記録すべき物語があったはずでしょ?」
「黙れ!」オルグが杖を叩きつけた瞬間、足元の紋章が蒼白く光った。記録札が破裂し、蒼い炎が柱のように立ち上がる。
「記録とは、選ばれた者が書き記すものだ!愚民の声など、記録に値せぬ!」
「……そうやって、オルグ様は自分の名だけを書き残そうとした。
でも、本当の記録は、“誰が残すか”ではなく、“何を見届けるか”で決まるのでは?」
「ほざけぇぇぇぇッ!」
オルグが咆哮する。衣の裾が裂け、隠されていた黒い魔紋が露わになる。
それは、禁忌の記録――魂を記す術式。
己の存在を世界の記録に刻み、永遠に消えぬ“偽の記録”を残すためのもの。
「この世界が崩れようと、わしは残る!わしこそが“真なる記録”だ!お前のような若造に、歴史は書き換えられん!」
「……あなたの時代は、もう終わりです。オルグ」
「わしは、マグナ・ノートリアだァァァァ!」
絶叫とともに、オルグの身体が魔力に呑まれていく。
記録を捻じ曲げる力――その代償として、彼自身の存在が“偽りの記録”として分解されていった。
そして、崩壊していく大講堂の屋根がついに落ちる。
空から差し込む光が、ひときわ強く――マグナ・ノートリアの名を、完全に焼き尽くした。
はぁ……もうダメだと思った。
崩れかける天井、飛び交う瓦礫、宙を舞う書板の嵐。
心臓が飛び出しそうになりながら、私はただ祈っていた。
「風に流れゆくものよ、名を記せ――」
指先で水紋を描き、言葉を紡ぐ。体中の力を、水に、祈りに、すべて注いだ。
……そしたら、奇跡が起きた。
水紋亭は無事だった。柱も瓦礫も、あの暴走の中で奇跡的に耐えてくれたのだ。
胸の奥の緊張が、一気に解ける。思わず肩の力を抜き、深く息をつく。
でも、ふと窓越しに外を見た瞬間――
そこには、崩れた協会の瓦礫と、空を焦がす蒼い光の柱。
世界はまだ、完全には終わっていない。
……えええ!私ってばラッキーすぎる!
ここを拠点にすれば研究材料は、め・の・ま・え!にあるじゃない!
アハハ、巫女は引退して研究者に戻ろう!
だけど、今日無事だったことを、ちゃんと心に刻もう。
私にできることは、ある!
――巫女リィナ




