42 説得しちゃった!?記録師協会の崩壊!?
図書館内に、瓦礫の崩れる音と人々の悲鳴が響き渡る。
壁や天井にひびが入り、天井からは小さな瓦片や埃がパラパラと降ってきた。
床を滑る文字の渦が仲間たちの足元をかすめ、水紋の揺れが足をすくうように広がる。
「うわっ、落ちてくる!」
タリクが瓦片を払いのけ、ツバネは剣を握り、文字の渦を斬り払う。
「幻影に惑わされるな!足元も気をつけろ!」
天井のひびは広がり、光を帯びた文字の渦が館内を駆け巡る。
声と悲鳴が反響し、瓦礫と文字の音が混じって混乱の旋律を奏でていた。
ツバネは仲間をかばいながら前進する。
「図書館はまだ耐えてる……でも油断はできない!」
タリクも頷き、構え直す。
「幻影も文字も、振動も――全部が敵だ。気を抜くな!」
ゲルが落ちついた声で告げた。
「この崩壊、記録師協会が原因では?」
リウラもうなずく。
「えええー!」
「引き出しに飴ちゃん入れてたの思いだしたー!」
「それはまずいよ」
みるん・きくん・はなすんの声も真っ青だ。
小さな瓦片が仲間たちの肩をかすめ、埃が舞う。
それでも彼らは互いに助け合い、幻影や文字の渦に立ち向かう決意を固めた。
「ここは俺に任せろ!」
正体不明の青年が前に一歩踏み出す。
水紋が足元から立ち上り、文字の渦を弾き返す。
タリクはその背に信頼を込め、拳で光を散らす。
「行くぞ、ツバネ!」
ツバネは瓦片を避けながら幻影を斬り、叫んだ。
「惑わされるな! 狙いを見極めろ!」
青年は両手で水を操り、渦巻く文字を押し広げ、瓦礫の落下を防ぐ。
「みんな、ここだ!一気に進め!」
仲間たちは声を合わせ、幻影の影を斬り、文字を避け、水紋を踏みしめながら前へ進む。
瓦片が肩をかすめても、青年の周囲には不思議な静寂――安全圏が広がっていた。
「もう少しだ!」「乗り切るぞ!」
タリクの声にツバネが応え、それを見たリウラも笑顔を浮かべて駆け抜ける。
文字の渦は圧力を増すが、青年の水紋が盾となり仲間を守る。
連携の攻防によって渦は徐々に薄れ、瓦礫も散るばかり。
息を整えた仲間たちは視線を交わす――
正体不明の青年の存在が、いまや彼らの希望そのものだった。
――記録師協会の執務室奥、禁書庫。
長いあいだ人の手に触れられず、古びた禁書たちが静かに眠っていた。
その中の一冊が、かすかな光を帯びて揺れる。
誰かの囁きが、静寂を裂いた。
「これからここは……魔の世へ進化する」
影のような男の声。姿は見えない。
だが禁書は反応し、ページが自らめくれ、淡く光る。
「さあ……協会を魔窟にしようか」
『仰せのとおりに、主様』
光の震えが協会全体へと伝わり、水紋が空間を歪めた。
空気が重くなり、魔の気配が満ちていく。
「もはや流れは止められない。……あとは任せたぞ」
そう言うと、男の気配は消えた。
『ついに生まれ変わるのですね、お任せを』
その瞬間――崩壊のスイッチが押された。
記録師協会は、かつての秩序を失い、ダンジョンとして生まれ変わる運命を歩み始めた。
「やめるんだホン!壊しちゃダメだホンー!」
禁書庫に飛び込んできたのは、禁書ホンホンだった。
――その頃、僕たちは協会内で足止めされていた。
「うわっ、床が割れる!」カゲミが咄嗟に僕を押しのける。
セリアンは崩れゆく通路を駆け抜ける。
「幻影も瓦礫も、水流も――全部相手か!」
「協会はもたない!外へ出よう!」
僕たちは必死で逃げた。
崩壊していく目の前で文字が渦を巻き、瓦礫が宙を舞う。
「間に合ったかな、ホンホン。無事でいてくれよ!」
――再び、禁書庫。
壁に刻まれた紋章がひび割れ、光の糸のようなインクが、棚から棚へと流れ出していた。
「やめるんだホン!壊しちゃダメだホンー!」
まっしぐらに飛び込んできた禁書ホンホン。
「ここには嫌なやつもいたけど、ホンホン達の居場所だホン!」
しかし、光の奔流は止まらない。
背後に立つのは、一冊の古びた黒革装丁。
名も、書き手も、すべて削がれた禁書――それが、低く笑った。
『壊す?いいや、これは“再生”なのだ』
その声は、まるで人間の青年のように澄んでいた。
ホンホンの綴じ糸が震える。
(――この気配、かつて協会の中心にあった“始まりの書”だホン)
「再生……?嘘だホン!また記録を失うだけホン!」
『記録は残る。けれど、記録者が変わるだけ。……見えるかい、古い“記録の仕組み”が崩れていく』
黒い書がページをめくるたび、空気が裂け、そこに星々のような光が散る。
それは燃え尽きた記録師たちの記憶。涙や祈りや、まだ語られぬ夢たちの残り香。
「そんなのイヤだホン。みんなの声が、消えちゃうホン……!」
『消えないさ。流れを変えるだけだ。水はいつも、形を変えて生きていくだろう?』
黒い禁書がゆっくりと開かれる。
ページの隙間から、まるで水面のような光が広がる。
崩壊しかけた書架を包みこみ、ひとつの大きな流れとなる。
『記録師たちは“書く者”。けれど、次の時代は“映す者”が必要だ』
「……映す?」
『そう。流れそのものを、見つめる者だ』
ホンホンは震えながらも、その光に触れた。
冷たくて、あたたかくて、まるで遠い日の水底みたいな感触。
ページがひとつ、ふわりと剥がれ、光に吸い込まれていく。
「やっぱり壊れてるホン……でも、きれいだホン」
『美しい……それが、再生の証だ』
天井が崩れ、光の洪水が禁書庫を満たす。
ホンホンの小さな声が、最後のページに刻まれた。
――“記録とは、滅びてもなお流れ続けるもの”。
次の瞬間、世界が音をなくし、禁書庫は静かに沈黙した。
崩壊の震動が止み、紙の雪が静かに降っていた。
積もるたびに淡く光る文字たち。
それらはもう、誰の記録でもない。流れ去る前の、最後の記憶の泡。
禁書ホンホンはその中で、小さく息をした。
「お願いだホン……!全部、流さないでほしいホン!」
黒い書は微動だにしない。無数のページが風もなくめくれ、過去と未来の文が渦を巻く。
『これが終わりだ。形なきものに還す――それが再生だ』
「そんなのイヤだホン!」光の粒を散らしながら、ホンホンは叫ぶ。
「想いを刻んだ場所を全部なくすなんて……そんなの再生じゃないホン!」
黒い書の声が、わずかに揺れた。
『……おまえは、何を守りたいのだ?』
「瀬音や仲間たち!……み、巫女チルだホン!水紋亭ホンホン!」
ホンホンの声は、紙のひらめきにも似て澄んで響く。
「水の流れを語り、記録を交わす小さな巫女チル。そこでは誰もが、“自分の物語”を語れる場所ホン!」
黒い禁書は、静かに沈黙する。
やがて、黒革の隙間から微光が漏れる。『……水紋亭。あの飯の旨そうな巫女チルか』
「そうホン。あそこは、みんなの“心の余白”ホン。」
『余白……。余白とは、まだ書かれていない部分か』
「そうホン!書き尽くさないからこそ、次の言葉が生まれるホン!」
黒い禁書の表紙が、かすかに震えた。
怒りではなく、何かがほどけるような震えだった。
『おもしろい……余白を残すか』
やがて、その声が低くつぶやいた。
『よかろう。すべてを流すはずだったが――一滴だけ、残そう』
「……ホントに、残してくれるホン?」
『約束だ。だが、その約束はおまえが見届けろ。この流れの果てまで』
ホンホンはぴたりと動きを止め、やがて――笑った。
「まかせるホン。禁書ホンホン、約束は絶対に守るホン!」
黒い書が開かれ、光が奔流となって禁書庫を満たす。
崩壊の中で、ただひとつ――水紋亭の灯りだけが静かにゆらめいていた。
――あとがきホンホン――
はぁ~、ドキドキしたホン……!
まさか、禁書庫の最奥であんな話になるなんて。
ずっと昔に書かれた“古の禁書”たちは、長い時間の中で、寂しかったホンね。
読む人も、触れる人もいなくなって――
「だったらいっそ全部壊してやるホン!」なんて思っちゃったんだホン。
でも、ホンホンは知ってるホン。
紙も言葉も、水の流れと同じホン。壊れることで、新しい流れに変わっていくホン。
だから言ったホン。「壊さなくても、また流れを作れるホン!」って。
そしたら、あの古い禁書も少しだけ笑ってくれたホン。
水紋亭を残すって約束してくれたから、きっと、また新しい出会いがあるホン。
――再生のはじまり、ホン。
ホンホンも、まだまだ記録を続けるホン!
みんなの流れを、ちゃんと書きとめていくホンね。
次のページも、きっと希望でいっぱいホン!




