41 再会しちゃった!まさかの面接官!
ひんやりとした空気に包まれた、異様な喧騒だった。瓦礫の間から漂う埃と、微かに光る文字の残滓。
そして、かすかに聞こえる囁き――僕とカゲミ、そしてセリアンを待っていたのは大混乱だった。
「落ち着け!何が起きているんだ!」
記録師協会の廊下や階段では、文字の渦や倒れかけた書架により、幹部たちも慌ただしく駆け回っていた。
「うわぁ、あんなに外は静かだったのに……」
僕は慄く。カゲミも小さく震えながら、僕の背を追った。
セリアンが前に一歩踏み出す。「皆、気をつけて……!」
『……流れを止めるな……』
『汝らの行動次第で世界は変わる……』
声は館全体に響き渡り、まるで僕たちを監視するかのようだった。
水面のように揺れる床、ちらつく灯り、倒れかけた書架――
そこに待ち受けていたのは、ただの書物ではない、禁書たちの異形な力と、それを操る影の存在だった。
大講堂では、協会長オルグが威厳ある姿勢で立ち、緊急声明を出そうとしていた。
「記録師諸君、冷静に……状況を把握せよ……!」
だが声は館内の混乱にかき消され、幹部たちの指示も思うように届かない。
遠くからは、廊下で倒れた見習い記録師の悲鳴や、奔走する仲間たちの足音、書物の落下音が響く。
「上層部でもこの混乱だ……!」
一人の幹部が顔をしかめる。
「これでは協会全体が統制を失いかねない……!」
廊下の端から文字の渦や水の波紋が迫り、幹部たちも身をかわしながら指示を出す。
「ここを押さえろ!奥の禁書庫へ行くな!」
「全員、避難経路を確保せよ!」
しかし大講堂の窓越しには、崩れゆく館の一部が見え、瓦礫と光の渦が幹部たちの視界を覆う。
協会長オルグは深く息をつき、なおも声を張る。
「……我らは記録の守護者だ!混乱に飲まれるな!話を聞かんか!」
協会内のざわめき、悲鳴、振動――すべてが重なり、協会全体が制御を失いつつあることが、誰の目にも明らかだった。
僕たちは混乱を抜け、静かな廊下に出ると、そこにはかつて僕の採用試験の面接官が立っていた。
「あ!採用試験ではお世話になりました」
「……瀬音くんの水の祈りのおかげなのかな?」
微笑みを浮かべながら、面接官は静かに言う。
「協会に従順であれ、と思っていた呪縛から、解放されたよ」
軽く首をかしげ、ふっと笑う。
「君、覚えてるかな?前に言ったこと?」
「……前に?あ、『もし世界が枯れても協会の指示に従えるか?』でしたよね?」
「そうそう、それだよ」
面接官の表情は穏やかで、どこか寂しげでもあった。
「多分、世界は枯れる。だから私はここを去って、故郷に帰る。屁のカッパだ、君も元気で」
言葉の向こうには、協会という重圧からの解放と、新しい旅立ちの決意が感じられた。
僕は頷き、面接官の道中が無事であるよう祈る。
「はい、ありがとうございます。どうかお気をつけて……」
静かな廊下に、ふっと面接官の姿が溶け込む。崩壊と混乱の中で、ほのかな希望と別れの瞬間だった。
「なんで屁のカッパ?」不思議そうにカゲミがつぶやく。
僕たちは大講堂の前で立ち止まった。講堂内の混乱が見てとれる。
スイタンが重い口を開く。
「……来るのが遅かったようだな。ラグ・ノートリアの祖師に選ばれた古株が仕掛けたんだろう。
ここはもうダメだ。逃げよう」
その言葉に、僕の胸がざわつく。「……それって、どういうこと?」
僕は少し声を震わせながら尋ねた。
スイタンは、ぐるり見渡す。瓦礫や文字の渦、まだ渦巻く禁書の光。低く、静かに続ける。
「ここはもう、協会の秩序が効かない。禁書たちも暴走し、館の力も崩れている。……止められない。」
カゲミが小さく震えながら、僕の袖を握る。
「え……どうなるんだ?」
スイタンは僕たちを見据え、声を強める。
「今は逃げるしかない。だが、君たちにはまだやれることがある……この混乱の中で、生き延びろ。」
その言葉は、警告であり、希望でもあった。僕はカゲミとセリアンの肩を軽く叩き、覚悟を決める。
「……分かった。逃げるよ。でも、何もせずにはいられない」
スイタンは頷き、光を帯びた。必死で僕たちを守る策を探してくれていた。
館内の崩壊は迫る――しかし、僕たちはまだ、前に進むしかなかった。
スイタンの声を背に、僕はカゲミとセリアンを促す。
「急ごう!でも、気を抜くな!」
文字の渦が再び床から立ち上がる。光の粒が僕たちに向かって飛び、瓦礫が崩れ落ちる。
カゲミは小さく悲鳴を上げ、僕の袖を握る。
「うわっ……こっちくるなぁぁぁ!」
セリアンが竪琴を構えると、文字の渦が襲いかかる。「くっ……幻影が!」
触れた文字の光は、心に映像を映し出す。恐怖と疑念――だが、セリアンの力でかき消される。
僕は咄嗟にリヴァー・プリスティンの力を呼び、足元の水面に流れを生む。
文字の渦は流れに押され、飛び散った光が壁に反射して消えていく。
瓦礫の間を駆け抜けながら、セリアンが声を上げる。
「右! 瓦礫が落ちる!」
僕は素早くカゲミを抱え、反対方向へ跳ぶ。
「ひゃあっ!」
間一髪、巨大な書架がカゲミに倒れかかるところだった。
振り返ると、館全体が文字と光の渦に覆われ、瓦礫が跳ね回る。
「……これは、魔の世がやってくるぞ!早く逃げろ!」
(魔の世って何だよ)
スイタンの言葉を胸に、僕たちは必死で奥へと進む。
館の奥から、低く唸るような声が響く。
「――来るか……」影のような存在が、文字の渦に包まれて姿を現そうとしていた。
息を整え、僕はカゲミの肩を軽く叩く。
「しっかり掴まってろ。これからだ、本番は――これからだ!」
まさか、あの混乱の中で、再び彼に会うとは思わなかった。
あの目を見た瞬間――
なかなか消えずにいる胸の奥に張り付く“従順であれ”という言葉が、ふっと溶けていった気がする。
――もし世界が枯れても、従えるか?
あの質問をした日の自分を思い出す。
今なら分かる。答えは「いいえ」だ。
世界が枯れるなら、私はその流れを見届け、祈りのひとしずくになりたい。
さあ、帰ろう。懐かしい川のせせらぎと、まだ見ぬ春の花のもとへ。
――屁のカッパだ。軽やかに笑って、生きていこう。
記録師エイラン(面接官)




