30 立ち向かっちゃった!?鏡水の間の大奮闘!
滝の裏に隠された洞窟を抜けると、ひっそりと広がる大きな水盤があった。
灯りはないのに、水面だけが青白く輝いている。
「ここはどこなんだろう?ホンホン、わかる?」
「ここはキュリシアの中でも、特に神秘的な”鏡水の間”だホン。
ただの水じゃないホンよ。世界のすべてを映す魔法の鏡なんだホン!
影も、過去も、未来も、全部映し出すんだホン……あ、でも靴は濡らさないでねホン!」
水面に光の波紋が広がると、床からにょきっと水草が生える。
「草生えたーー!」ツバネが叫び、タリクは吹き出して肩を揺らし、セリアンは目を細めて微笑んだ。
「……なるほど。ここが、鏡水の間か」
しかし次の瞬間、水面が揺れ、僕たち四人の影がゆらりと歪む。
「……こ、これは――試練の気配だホン!」ホンホンが羽を震わせる。
「ここで…試されるのか」
やがて、澄んだ光の中に祖師の意思が影となって浮かび上がる。
目はないのに、その存在感は胸の奥に直接響いてくるようだった。
「剣を継ぐ者よ、旧きを継ぐ者よ、歌を継ぐ者よ、流れを継ぐ者よ――己の力と心を試される時が来た」
その声に促され、僕たちは水面に映る自分自身と向き合い始めた。
ホンホンも小さく羽を震わせ、胸のページを輝かせる。
「サポートはお任せホンホン!みんなで応援するホン!」
「四人ともー!影に負けるなー!きっとできるよー!」
仲間たちの声が重なり、水面に響いていく。
その音は僕たちの胸を満たし、影に立ち向かう力となって溶け込んでいった。
「剣の影は、己の覚悟を映す鏡……乗り越えよ」
水面に映る剣がきらめき、闇から抜け出したように輪郭を帯びてツバネの前に立ちはだかる。
「……剣の影。拙者の心を写すか」
ツバネは低くつぶやき、半身に構えた。
刹那、影の刃が振り下ろされる。水飛沫とともに鋭い気配が走り、一太刀ごとにツバネの迷いや恐れが映し出される。
「影狩りの血を引く者が……影に怯むわけにはいかぬ」
影を斜めに受け流し、ツバネは静かに踏み込み、すぐさま背後に回り込む。動きは速く、無駄がない。
「拙者の剣……闇を裂き、道を拓く」
何度も襲いかかる影を、ツバネは気配を読むようにかわし、流れるような太刀筋で応じる。
剣閃が水面に軌跡を刻み、その光が揺れる影を徐々に追い詰めていった。
「影よ、斬り捨てはせぬ。拙者が呑み込み、己の力とする……!」
最後に交錯した刃の一閃が水面を照らし、影は波紋に溶けるように霧散した。
ツバネの眼差しには、忍びの覚悟を秘めた光が宿っていた。
水面に無数の古文書や巻物が浮かび上がり、ゆるやかに渦を描く。その中から声が響いた。
「旧きを継ぐ者よ、過去の記録に隠された真実を読み解け」
タリクは一枚の巻物に手を伸ばす。指先が触れた瞬間、映像のように祖師や先人たちの記録が彼の眼前に流れ出した。
過去の失敗、選択の重み、そして隠された真実――それは、闇に押し込められた歴史の叫びであった。
「……こ、これは……! なんと偉大で、なんと痛ましい!」
タリクは息を呑む。
次の巻物を開けば、迫害を逃れて隠れ里に身を潜めた同胞の記録。さらに別の文書には、彼らの声なき声が滲んでいた。
「妹も……同胞たちも……ずっと闇の中で息をひそめてきたんやな」
その瞳が揺らめく水光を映し、静かに熱を帯びる。
「せやけど――もう隠れるだけの時代やない。ワイが記録を継ぎ、光の下へ連れ出す!」
タリクは巻物を次々に繰りながら、胸に決意を刻む。その姿はもはや“読む者”ではなく、“導く者”であった。
「ワイは観察師で終わらへん。妹も、隠れ里におる仲間も――日の光の下で生きられるように! ワイが……ラグ・ノートリアになるんや!」
水面に浮かんでいた巻物の文字は次第に安定し、やがて光の帯となってタリクを包み込む。その心は、仲間を照らすための灯火となって揺るぎなく燃えていた。
水面が揺れると、竪琴の澄んだ音が波紋のように広がり、セリアンの前に幾重もの幻影が立ちはだかった。
「歌を継ぐ者よ、己の心を声に乗せよ」
現れた幻影は、セリアンの不安や迷いそのもの。
過去の失敗、恐れ、そして「自分の歌は誰かを傷つけてしまうのでは」という影が彼を嘲るように囁く。
「……これは、俺の……弱さ……」
セリアンは苦しげに目を伏せる。
だが次の瞬間、彼は竪琴を抱きしめ、深く息を吸い込んだ。
「違う……歌は呪いじゃない。俺が信じる限り、祈りにも希望にもなれる!」
弦が震え、一音一音が水面に反響していく。
その響きは幻影を揺らし、やがて光へと変えていった。
「もう迷わない! 仲間のために、未来のために……俺は歌う!」
歌声は空間に広がり、波紋のように仲間たちへ届く。
ツバネの剣に寄り添い、タリクの記録を支え、涼とカゲミの心を強める。
「聞いてくれ! 俺の歌は一人のものじゃない。みんなで紡ぐ調べだ!」
光に包まれた幻影は静かに消え、残されたのは確かな響き。
セリアンの歌は水面に反射し、空間そのものを明るく照らしていった。
水面に映った自分の影が、ゆらりと揺らめき、やがて独り歩きするかのように立ち上がった。
「さあ……自らの影と向き合え」
その声とともに、影は僕を取り囲む。
青鮎だった頃――ただ流れに抗って必死に泳いでいた日々。
日本で過ごした頃――居場所を探しても見つけられなかった不安。
幻影は容赦なく過去の迷いや恐怖を映し出してくる。
「……怖くなんかない。僕は、流されても進む!」
強く言い放ち、一歩を踏み出す。
だが影も同じ動きをし、進路を塞ぐように立ちはだかる。
振り返れば、後悔や心配が形を変え、波のように押し寄せてきた。
「僕は……弱い。弱いけど、それで終わりじゃない!」
胸に手を当て、深く息を吸い込む。耳の奥に、仲間の声が響く――。
ツバネの鋭い覚悟。タリクの熱き叫び。セリアンの歌声。
そして兄の声――「お前は一人じゃない」。
「そうだ……僕だけじゃない! みんながいる! 一緒に進んでくれる仲間がいる!」
叫びとともに、僕は影へと踏み込んだ。
恐怖を押しのけるたびに、水面に映る自分の姿は揺らぎを失い、澄んだ瞳を取り戻していく。
「影よ――僕はもう逃げない! 仲間と、この流れを進むんだ!」
最後の一歩を踏みしめたとき、水面の影は砕けるように波紋となり、静かに消え去った。
残ったのは、確かに前を見据える自分の姿だった。
「みんな、やったホン!胸のページがあつくてもう大変だホン!」
ホンホンが目をうるませながら、羽をぱたぱたさせる。
「よかった……本当に。ツバネなら、大丈夫って信じてましたわ!」
リウラは胸に手を当て、ほっと息を吐きながら微笑む。
「ゲル、ドキドキして怖かったです。でも……タリクかっけぇ……です!」
ゲルは拳を突き上げ、子どものように目を輝かせた。
「セリアンさんいい声ー!」
「ツナマヨおいし~!」
「みんながんばった!」
みるん・きくん・はなすんが両手を広げ、飛び跳ねる。
「ふん、当然!瀬音が負けるわけないんだから……!」
カゲミは頬を赤らめ、そっぽを向きながらも尾びれを揺らしていた。
仲間たちの声は、水面に残る光に溶け込み、さらに強い輝きとなって四人を包んだ。
その温もりは、どんな影よりも確かで、揺るぎない絆の証だった。
久しぶりに洞窟からの扉が開き、鏡水の間の水鏡に四人が映った。
忍者のような身のこなしと刀さばき。あの一太刀に込められた鋭さと凛々しさが、水鏡の心を撃ち抜く。
片目が義眼のラグ・ノートリアを継ぐ者の魂からの叫びが、ビリビリと水鏡の心を震わせる。
吟遊詩人の歌と高らかな宣言は、水鏡の心を鮮やかに染め上げる。
青鮎の魂のノートリアは、やさしさの中に勇気を芽生えさせ、水鏡の心に火を灯す。
――見ているだけで、もう胸が熱くなっちゃう。総じて、惚れてまうやろ!




