29 落ちちゃった!?おにポチャの再来!?
森の奥へ足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
木々のざわめきが次第に大きな水音へと変わり、やがて目の前に広がったのは――
「……滝つぼ、だ。本当にあったんだ」
ごうごうと落ちる水が白布のように広がり、飛沫が霧のように漂っている。
近づくだけで頬が濡れ、心臓の奥まで冷やされるような清涼感だ。
「おおー……!なんか、冒険者っぽい場所に来たって感じするじゃん!」
カゲミが胸を張る。だが体はぷるぷる震えていて、飛沫がかかるたびに「冷たっ!」と小さく跳ねた。
僕は笑いをこらえきれずに、口元が緩む。
「はは……。でも確かに、この雰囲気は特別だな」
水面には青空が映り込み、落ちた滴が波紋を広げる。
差し込む光はきらめき、水の底へ誘う入口のように見えた。
「ねぇ瀬音、飛び込むなよ!」
「いや、ちょっと待て!カゲミ!冷たすぎて心臓止まるぞ!」
「冗談だよ……この水量でこの流れ。生きて上がれる気がしないってば」
カゲミはつんと顔を背けるが、その尻尾(?)は期待で揺れていた。
――やっぱり、前世の川魚の記憶のせいだよな。僕もどこか懐かしさを感じる。
滝つぼの前に腰を下ろすと、涼やかな飛沫が頬に降りかかる。
自然の迫力に包まれていると、ついお腹が鳴ってしまった。
「……そういえばさ」
荷袋をごそごそ探り、包みを取り出す。
「キャラバンチルで買ってきたんだよな。ツナマヨおにぎり」
「なっ……!ツナマヨ!? ずるい!いつの間にそんな美味そうなもん仕入れてんの!」
カゲミが目を丸くして飛びつく。
「こ、これがウワサの……」ゲルがジト目でおにぎりを凝視する。
「いや、普通に屋台で売ってたから。みんなも、一緒に食べよ」
そう言って差し出すと、カゲミはじっとにらみつけ――いや、一瞬だけ感謝の目を見せてから、ぷいっと横を向いた。
「べ、別に……仕方なくもらうだけだからな!俺は腹減ってないし!」
言いながら、ぱくっと一口。
「……っ!? んまっ……! ちょっと待て、これ……滝の音と一緒に食うと余計に美味しいんだけど!」
――滝を眺めながら食べるおにぎりなんて、贅沢の極みだ。
だが次の瞬間、僕の手のおにぎりが、つるり――と滑った。
「……あっ!」
目の前でツナマヨおにぎりが地面をコロコロと転がり、そのまま滝つぼの縁へ。
「ま、待ってぇええええ!!」
気づいたときには、僕の体も勝手に前に飛び出していた。
ドボォォォンッ!
冷たい水しぶきが全身を打ちつける。息が詰まるほどの水圧、視界いっぱいの泡。
「お、おい!ば、ばか!!なにやってんだよおおおお!!」
滝の上から、カゲミの絶叫が響いた。
「セオトのどあほー!命がけでツナマヨ追うやつがどこにいるんだよ!」
――ごぼごぼ……!
滝つぼの中は、泡としぶきで何も見えない。けれど、不思議と息苦しさはなかった。
「……え?」
胸元で揺れる《水紋のペンダント》が青白く光っている。
その輝きに包まれ、肺の奥まで澄んだ水が満ちていく感覚。水の中で呼吸できるようだった。
光に導かれるように視線を向けると――滝の裏側に暗い空洞が口を開けていた。
「……洞窟、か?」
ただの滝つぼじゃない。そう思った瞬間――
「セオトーーー!!お前が沈んだら……俺、……俺……どうすりゃいいんだよ!!」
涙混じりの声。威張ってばかりのカゲミの、あまりに素直すぎる叫びが胸に刺さる。
僕にはホンホンのようなテレパシーは無い。
だからセリアンにもらった水音鈴を取り出し、ゆっくりと振った。
チリン……チリン……三々七拍子のリズムで澄んだ音が響く。
自然界には存在しないそのリズムは、水を通して不思議なほど鮮やかに広がった。
「……これで、届くよな」
上の岩場。必死に身を乗り出すカゲミが、はっと顔を上げた。
「……あの音……!馬鹿!無事なら無事って言えよなぁぁぁぁ!!」
滝の轟音にかき消されそうになりながらも、声はしっかり胸に届いた。
俺は小さく笑って、もう一度鈴を鳴らした。
――チリン、チリン、チリン。
「ちょっと探検してくる! すぐ戻るから!」そう叫んで、俺は滝の裏の暗闇へと、足を踏み入れた。
ドボーン――!
瀬音が滝つぼに落ちたその瞬間。水飛沫の中で鮮やかな青の光がひらりと弾ける。
「ちょ、ちょっとセオトー!水気厳禁って言ってるのホンッ!」
慌てる声の主は、水への防御覚醒した禁書ホンホン。
次の瞬間、小さな紙の姿――“ブックマーカー”へ変じた。
「完全防水モード、起動ホンッ!ホンホン印のシールドでございます!」
パシンッ!と光の膜が弾け、仲間たちやセリアンの竪琴までを包み込む。
水の一滴すら通さない透明な結界が、滝つぼの中にありながら風船のように膨らむ。
「すげぇ……楽器が濡れない!」
「俺たちも防水されてる!」
「ふふん、これで瀬音を追いかけられるホン!みんな楽器に触るホン!」
ホンホンは軽やかに水面へ飛び込み、シュポンッと滝の中へ。
飛沫と泡に包まれながらも、竪琴を守るように滝の裏へと沈んでいく。
「……すごいですわ、ホンホン。完全にプロ仕様ですの」リウラもゲルも完敗の顔で見送る。
こうしてみんなは濡れることなく滝をくぐり、洞窟へとたどり着いた。
その勇ましい背中(?)に、思わず全員で拍手を送った。
洞窟の奥へと進んでいくと、やがて行き止まりに突き当たった。
岩壁は滑らかで、どこにも抜け道はないように見える。
「……なんだよこれ。せっかく潜ってきたのに、袋小路かよ」
悔しさと拍子抜けが混じった溜め息を吐いたそのとき――背後から声が響いた。
「おーい! セオト! 無事かぁっ!」
「よかったぁ……! 声が聞こえたから、急いで来たんだ!」
振り返ると、洞窟の入口に仲間たちの姿が見えた。
ランタンの灯りがゆらゆら揺れて、彼らの顔が浮かび上がる。
「やっと追いついた……!」
「ほんっとに心配かけさせんなよ!勇気あるのか無鉄砲なのか……!」
「水に飛び込むなんて、転スイしたのかと思ったよ!」
カゲミは駆け寄るなり、僕の胸をポカポカ叩いた。
「バッカ!ツナマヨ追いかけて滝に飛び込むなんて聞いたことないぞ!
どんだけ心配したと思ってんだ!」
「ご、ごめん……」
苦笑しながら頭をかく僕を見て、仲間たちの緊張もやっとほどけたように笑みが広がる。
――そのとき。
洞窟の奥の岩壁が、ぼんやりと光を帯び始めた。
誰も触れていないのに、波紋のように光が広がっていく。
「な、なんだ……!?」
「光って……動いてる?」
思わず後ずさる僕たち。
だが、タリクが一歩、光に近づいた瞬間――岩壁が低く唸りを上げ、亀裂が走った。
ズズズ……ッ!
重々しい音を響かせて、岩壁が左右に開いていく。
まるで古の門が、主を待っていたかのように。
「……タリクに、反応して開いた?」セリアンが息をのむ。
そして洞窟に低く響く声。
「待っておったぞ。ラグ・ノートリアを継ぐ者よ……」
タリクは片目を細め、じっとその扉を見据えていた。
「……やっぱり、水占いの場所はここか。ワイを導く声の主よ――」
光に照らされたその横顔は、なぜか少し寂しげで。
胸の奥がざわめくのを、僕は抑えられなかった。
洞窟の声が聞こえた途端に、人工水精霊ゲルの鼓動が異常数を叩きだした。
「こわいです……ゲルはなぜ、こんなにドキドキしているのですか?」
扉の奥から響いた声と、それに応えるタリクの横顔。
――その二つに、ゲルの胸は高鳴りすぎて破裂しそうだった。
(ネタバレ回あとがきです。ご注意くださいませ)
ツナマヨおにぎりが滝に飲まれていった――。
と見せかけて「ごっくん!」お口でキャッチさ。
なんじゃ~こりゃ!ウマウマサイコー!モグモグ最強!しあわせいっぱい!
そのうち、誰が食べちゃったのか――明かされる日が来るかもしれませんね。
今日もおつかれさまでした!幸せなキュリシアでまたお会いしましょう。




